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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
遊里之章
266/404

八木家の井戸端会議 其之弐

土方の提案に、近藤はあごでてうなった。

「そうしたいとこだが…実は大坂から帰る船中で、秋月様から釘を刺されてる。『今は微妙な時期なので勝手な行動はげんつつしむように』ってな」

と、そこへ母屋で飯を食べ終わった原田左之助が離れに戻ってきて、二人の間にどっかりと胡坐(あぐら)をかいた。

「おいおい!俺抜きで勝手にその話を進めんなよ」

「お前は黙ってろ」

近藤が原田を(にら)みつける。

「そうはいかねえ!この件は俺にも口をはさむ権利があるぜ?ここまで来て手を引くなんて言うなよな!」

すると土方が、珍しく原田を後押しした。

「そうさ。何も土佐屋敷に踏み込もうって(わけ)じゃねえんだ。相手はただの瓦屋(かわらや)だぜ?」

早飯ハヤメシの近藤は、動議(どうぎ)に耳を傾けながら朝餉あさげぜんをほぼ平らげてしまった。

「そうだが。この件には一考いっこうを要する…ああ、たまにゃ納豆と焼魚が食いてえ」

ゆったり食事をりたい井上源三郎は、味噌汁を一口すすってから、(はし)の先を近藤と土方の鼻先で行き来させた。

「しかしねえ、仮に運よくその吉村を捕らえたとしてだ、その後どうするんだい?奴の家はさ、庄屋しょうやだって話だ。村役人むらやくにんとはいえ、つまりれっきとした土佐の人間てこった。(あと)から扱いに苦慮くりょするのは会津じゃないのかい?」

土方は何か言う代わりに、胡座あぐらをかいたまま畳に後ろ手をつき、フンと鼻を鳴らした。

その無言の抗議を、原田左之助が代弁した。

「そこまで会津の顔色をうかがう必要があんのかよ?押し借りを引っ捕らえんのは俺たちの仕事だろ?吉村を吐かせりゃ、芋蔓イモづる式に性悪しょうわる素浪人(すろうにん)どもを挙げられんだぜ?」

近藤は、みなの意見は一通り聞き終えたと強調すように、パタンとはしを置いた。

建前たてまえ上は左之助の言う通りだ。しかし、いいか?この話はここまでだ。芹沢さんに聞かれた日にゃ、止める間もなくその瓦屋(かわらや)に押し込むだろうからな。とにかく少し考えさせてくれ」


土方が、山南敬介の隣に用意されたぜんの前にドスンと腰を降ろした。

「ちっ、煮え切らねえ。らしくないぜ」

山南が漬物をつつきながら苦笑いした。

「会津が、芹沢さんではなく近藤さんに指示したというところがミソですよ。せっかく風向きが変わろうとしているのに、今、我々が勝手に動いて近藤さんの顔をつぶすのは不味マズい。…ところであの紙は?」

「ああ、明里が角屋すみやのお座敷で仕入れてきたネタだ。おっと、俺とあいつの仲をかんぐるのは止めてくれ」

土方は茶碗に目を落としたまま何食わぬ顔で答えた。

山南がウンザリした顔で箸を置く。

「…別に心配はしてない」


中沢琴は、土佐浪士から情報を得たその日のうちに、禿かむろに書き付けを持たせて花君大夫はなぎみだゆうの元へ走らせていた。

同じ輪違屋わちがいや芸妓げいぎである花君が、その夜土方と過ごすのを知っていたからだ。


お茶を運んできたゆうが土方をにらんだ。

「土方はん、チャッチャと食べてや。早よ片付けたいんやから!」

「はいはい、分かったからあっち行ってくれ」

ゆうは口をとがらせて、そっぽを向いた。

「近藤はん、お茶は?」

「あ、じゃもう一杯もらおうかな。ありがと」

ゆうは近藤にお茶をそそぐと、去り際にもう一度振り返って末席まっせきに座る佐々木愛次郎に声をかけた。

「せや、愛次郎。裏にあぐりちゃん来てるで?」

佐々木愛次郎は、周りの隊士たちを気にして嫌な顔をした。

「やめてくださいよ、こんな時に」



祐が台所に戻ってみると、原田左之助と永倉新八と沖田総司が、ひたいを突き合わせるように座り込んでいる。

そして気の毒なことに、たまたま居合わせたあぐりも捕まっていた。

雅がイライラした様子でゆうに近づいてきて肩を寄せた。

「今度はあの人らが来て、なんやさっきからすみでヒソヒソ始めましたんや。もう、邪魔じゃまやさかい追い(はろ)うて」


原田左之助は、まだ納得がいかないようだった。

「近藤さんの立場も分かるが、モタモタしてたら機会を逃すぜ?俺が独断でやったことにすりゃいいだろ」

そもそも、八幡屋という油問屋を吉村らが強請ゆすっているというのは彼が突き止めてきた情報だったから、こだわるのもムリはない。

「バ〜カ言え!」

永倉新八が(いさ)めたが、原田は収まらない。

「一人で乗り込めば、そんな大事(おおごと)にゃならねえよ」

「中に何人いるか分からねえんだぞ。ねえ?あぐりちゃんはどう思う?」

「えっ!私ですか?」

帰ろうとしていたところを無理やり永倉に引き止められていたあぐりは、無茶振ムチャぶりをされて狼狽うろたえた。

そこへ、勝手口から現れた佐々木愛次郎が、助け舟を出した。

「そうなったら、屋敷の中でやり合うことになる。原田さんの長い得物(えもの)じゃ不利ですよ」

二人に嫉妬しっとしている永倉は、愛次郎を()めつけた。

「おめえにゃ聞いてねえんだよ!」

原田左之助は胸板むないたを叩いてみせた

「バーカ!任せとけって!てか、なんでおまえが此処ここにいんの?」

「え!いや…」

「あぐりちゃんに会いに来たんやろ?」

話を止めに来たはずのゆうも面白がって愛次郎を冷やかした。

「お、おゆうちゃんが大変そうなんで、おぜんを下げに来ただけですよ」

「ていうかさ。そもそも原田さん、場所知ってんの?」

沖田が脱線した話を引き戻した。

「問題はよ、そこなんだ。木屋町で大体の当たりを付けてきたつもりだったが、あそこは引き払っちまったのかなあ?」

「でもさ、その、瓦屋(かわらや)の五郎兵衛さん?聞き覚えがあるんだよなあ。誰かそんな話してませんでしたっけ?」

沖田は記憶の片隅にある何かを引っ張りだそうと、こめかみの辺りを押さえた。

その時、ゆうが何か(ひらめ)いたように、目を見開いた。

「あ…八木さんや!ほら、表の道場で棟上(むねあ)げの話してたとき、腕のええ瓦屋がおったけど隠居(いんきょ)してもうたとかうて!」

沖田もパッと表情を明るくしてゆうの顔を指差した。

「あww!言ってた!」


雅がゆうの肩を小突(こづ)く。

「これ!あんたも一緒になってダベっててどないしますのえ」

雅にそでつかまれて洗い場に引っ張られていきながらも、ゆうはさらに続けた。

「五郎兵衛さんの家やったら方広寺の南門前や言うてはったで」

沖田はあぐりの顔を見た。

「それ、どの辺り?」

洛東らくとうの方ですね。大仏寺言うて近所で聞かはったら誰でも知ってます」

とうとうあぐりまで話に加わり出したので、雅は話の輪の中心に踏み込んでみなを追い散らした。

「ほれ!あぐりちゃんも早よ帰りよし。お父はんにしかられますえ」

あぐり笑いながら(かご)(かつ)ぎ、みなに頭を下げた。

「ほな、また来させてもらいます」

「うん、じゃあね」

愛次郎が小さく手を振った。

「なあにがジャアネ〜だ!テメエこの野郎、堂々としやがって!あーヤダ、あーもうやってらんね!」

永倉は板間(いたま)に大の字になってフテ寝を始めた。

雅は永倉を睥睨(へいげい)して、床を踏み鳴らした。

「永倉はん!!こんなとこで寝んとおいて!」


「なあ、それやったら、うちら四人でコッソリ行かへん?」

ゆう悪戯(いたずら)っぽい目で皆をそそのかした。

原田が(ひざ)を打つ。

「そうだな、少数精鋭で行くか!あ、おまえはダメだけど」

「なんでやねん!うちも行くで」

沖田は、もうすっかりその気になって立ち上がった。

「バーカ、連れてくわけないだろ、危なっかしい」

「ウチが八木さんから聞き出したんやからな!だいたい、あんたら場所もよう知らんくせに!」

すっかり()ねてしまった永倉は動こうとしない。

「めんどくせえ、一抜イチぬけた!おれは行かねえからな!」

原田が愛次郎の(くび)に腕を回してグイと引き寄せた。

「じゃ愛次郎、おまえちょっと付き合え」

「付き合えって、え?なんです?」

愛次郎は嫌な予感を覚えた。

「お前はあのお転婆てんばの護衛だ」

原田は、有無を言わせず愛次郎を勝手口の外へ押しやった。

気の早い沖田とゆうは、すでに随分ずいぶん先を歩いている。


雅が勝手口から顔を出して怒鳴どなった。

「あんたら、帰ってきたら覚えときや!」


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