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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
248/404

カッパ島の決斗 余談

以下は、余談である。


副長ふくちょう土方歳三は合格者を一列に並ばせると、卒業証書のように一人ひとり小さな紙包みを手渡していった。


「なんやこれ?」

松原忠司が、怪訝けげんな顔で手のひらの上を見ると、包みには「石田散薬」と木版刷りされている。


沖田が、それを指さして説明を加えた。

「それ、必ず渡されるんですよ、土方さんの実家で作ってる薬。まだ残ってたのか」

「ハハア、土方副長のご実家は薬屋さんなんですねえ」

河合は妙なところに関心を覚えている。


土方は、あらたまった様子で彼らを見渡した。

「いいか?これは土方家当主のみに製法の伝わる霊験れいけんあらたかな妙薬みょうやくでな…ちょっと、お前ら近くに来い」


「はあ?」

一様いちよう怪訝けげんな面持ちをした合格者の小さな輪ができると、土方は声を落とした。

「これは秘密だが、土方家には、代々こういう話が伝わってる。今から百年以上前、あの富士山が、火をいた頃のことだ」

「ということは、つまり宝永年間ほうえいねんかんですな?」

河合には、そういう細かい部分(ディティール)が気になるようだ。

「そうだっけ?まあ、だいたい、その頃の話だと思え」

同じ商人あきんど上がりでも、土方歳三には、どうでもいいことらしい。

「日野の、多摩川と浅川が合流するおか舳先へさきに、深いふちがあってな。そう、ちょうど此処ここみたいな地形だ。そこには、河童カッパみついてるってうわさがあった。

ある夕暮れ時のことだ。俺のご先祖にあたる土方隼人ひじかたはやとてえ男が、その日の行商を終え、家路いえじを急いでいた。帰り道には、くだんの淵の近くを通らねばならん。だが、淵の前に架かる橋を渡る頃には、もうすっかり陽も落ちていた」

「ほうほう」

なにやら、面白くなりそうだ。

その熱弁セールストークに引き込まれた松原と河合は、いつしか身を乗り出していた。

話術にけた土方は、二人が前のめりになったのを見計みはからって、声を張り上げた。

「その時!」

「う、うわあ!」

る二人。

「ザバーッ!!水しぶきを上げて、川面かわもからバケモノが姿を現し、隼人はやとの脚をつかんでふちの底に引きずり込もうとしやがった!」

大抵の人間は、このあたりで胡散臭うさんくさげに目を細めるものだが、まだ、松原と河合は食いついている。

「か、か、河童カッパや!」

河童カッパですね!」

「ああ。だが、隼人はやとあわてず騒がず、スラリと刀を抜くと、勇敢ゆうかんにも、そいつの腕をバッサリ斬って落とした!」

「ゲッ!!」

「橋の上は血の海、河童カッパは、奇声を発しながら、水底みなそこへ姿を消した。…隼人はやとは、なんと一撃で、バケモノを追っぱらったのだ」

「なな、なんたる猛者もさ!」

「で、隼人はやとは、河童カッパの腕を手土産てみやげに、石田村へ持ち帰った」

松原が、興味を押さえきれずにたずねた。

「やっぱり、水掻みずかきとかあったんけ?」

「知らん!」

土方は、言い切った。

「というのも、その夜、隼人はやと夢枕ゆめまくら河童明神(かっぱみょうじん)が立ってな。肩から血をダラダラとしたたらせながら、隼人はやとに、『腕を返してくれ』と懇願こんがんしたんだ」

「ほ…ほんで、ほんで?」

隼人はやとは、無造作むぞうさに枕元に置いてあった緑色の腕をつかむと、ヌッと差し出し、啖呵たんかを切った。『おうおう、このカッパ野郎。俺さまの尻子玉しりこだまを抜こうとしやがったくせに、うで一本、タダで返せってか?ずいぶんと厚かましい物言ものいいじゃねえか』」

「ひ、ひいぃぃ!河童カッパに、そんな口をいて、大丈夫なんでしょうか?」

「当然よ!腕を持っているご先祖の方が、立場は上だ。河童カッパは、カッパ語で謝りたおし、みずからの腕と引き換えに、冥界めいかいに伝わる万能薬の調合を隼人はやとさずけた。で、その秘法で作られたのが、この石田散薬というわけだ」


「…ご、ごご、ご先祖様は、カッパ語もかいしたですか?」

河合の当然の疑問を、土方は黙殺もくさつした。


「な?カッパつながりで、縁起えんぎもいいってもんだろうが?」

「なな、なんと面妖めんよういわれをもつ霊薬れいやくでしょう!して、効能こうのうは?」

家伝かでんでは、骨つぎ、打ち身に効くとされているが、ぶっちゃけ、なんにでも効く!」

「えっ?ええっ!!」

二人は驚愕きょうがくしたが、

元来、医者や薬というものが苦手な松原は、恐々(こわごわ)薬包をつまみあげて、遠慮えんりょを申し出た。

「い、いやあ、ワシはさいわい、病気や怪我ケガとは無縁むえんの身体やから、ちょっとこれは…」

われを聞けば、なおのこと気味が悪い。


「いいから!持っとけってば!とにかく、効くんだから!これはなあ、酒と一緒に飲むんだ。いざという時のために、あっても困らないだろ!な?」

土方の口調は、行商をやっていたころの強引なそれに変わっている。

「それじゃ、まあ…」

押し切られた二人は、渋々(しぶしぶ)薬を受け取った。



多摩出身組は、少し離れたところで声をひそめてささやきあった。

「…い、いつ聞いても、眉唾マユツバな売り口上こうじょうですよねえ…」

沖田総司が、近藤勇に耳打ちした。

「てぇか、どこまで本気でしゃべってるのか、さっぱり分からん」

井上源三郎も、同意するようにうなずいた。

「あたしにゃ、あれ聞いて試してみようかって奴の気が知れないがねえ」


土方歳三は、一仕事ひとしごと終えたような顔で戻ってくると、

沖田のてのひらにも、残った薬包やくほうをそっと握らせた。

「ほら、お前にもやろう。もっとけ!」

「え」

「遠慮すんな。今日はおまえ、よく頑張ったから、その褒美ほうびだと思え」

土方は、沖田の渋い顔を気にもかけず、

その手を包み込むようにして、ポンポンと叩いた。


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