今弁慶、徘徊御免 其之壱
そしてここで、上方言葉で云えば「どう見てもケッタイ」な、後の新選組主要メンバーが登場する。
視点を常安橋から少し西側にズラしてみよう。
土佐堀沿いを厳つい坊主頭の男がひとり、
いや、それぞれ六角棒と薙刀を持たされた、舎弟二人を引き連れ、三人で常安橋会所の方へ向かっていた。
松原忠治-マツバラチュウジ-
のちの新選組四番組組長である。
柔術と棒術の使い手で、接近戦を得意とするやんちゃ者。
人好きのする性格で、京の人々からは今弁慶とあだ名された。
年の頃は20代後半、近藤勇らと同世代である。
「クソー。さっきからヤクザと金持ってそうな奴らしか、歩いとらんやんけ。ケッタクソ悪いのう、三次」
辺りには、鴻池や加島屋など、大阪でも指折りの豪商が建ち並んでいる。
西横堀にかかる西国橋の上で、そうボヤいて振り返ると、二人の子分はまだはるか後方を歩いていた。
「こらあーっ!三次―っ!六郎―っ!早う歩かんかい!」
「ハッ、ハッ、ま、松ちゃん、もうええがな」
三次と呼ばれた男が、薙刀を担いで小走りに駆けてきたところで、松原はその頭をど突いた。
「師匠呼べ言うとるやろ、ドアホ!雇われ者の万吉が、大阪でブイブイいわしとんのに、れっきとした藩士のワシが活躍せんで、播州小野藩の面目が立つんかい、ボケ!」
小野藩は、現在幕府から大坂の治安を任されて、いや、押しつけられており、財政面の負担を軽減するため、アウトソーシングを採用した。
それが、中沢琴の大坂における自称後見人、大親分の明石屋万吉である。
彼らは、臨時雇いで足軽の身分を与えられ、つまり、安藤早太郎の追っ手が二本差しを許されていたのも、そう言うわけであった。
「め、面目て…勝手に小野藩を代表されても、藩の人らかて迷惑ちゃうんかなあ。それに、もう道場まで持っとるんやから、活躍は十分やんけ」
六角棒を抱える六郎と呼ばれた男が、利かん気の師匠に、なんとか説得を試みる。
松原は、本来その小野藩士の家柄なのだが「徘徊御免」という、あまり聞いたことのないような許可を藩から貰っていて、何処でも好きなところに行けた。
許可というか、つまり、厄介払いである。
「そや。道場はどないするねん?」
三次が、六郎の話に乗っかった。
「お前らみたいなヘナチョコしか居らんで、なにが道場じゃ。心配せんでええ。お前らも一緒に浪士組に入るんやから、いつでも稽古付けたる」
三次は、慌てふためいた。
「な、な、なんでやねん!そんなこと、勝手に決めんといてくれ!」
「いや、別にわしらは、どっちかと言うと、あの道場から早よ解放されたいというか…」
この二人は、松原忠治が道場を開く際に、半ば無理やり弟子にさせられた経緯がある。
「なんやとワレー!もっぺん言うてみい!シバいたろかー!」
「あかん。ヤブヘビやった…」
そこへ、先ほど常安橋会所の前を駆け抜けていった、侠客の一団が鉢合わせた。
侠客たちにとって不運なことに、松原の坊主頭や背格好は、安藤早太郎とそっくりで、
彼らはその後ろ姿を見て、すぐにお尋ね者の坊主と決めつけてしまった。
「あー!見つけたど清猷坊!」
「神妙にお縄を頂戴せんかい!」
「者ども、召し取ったれ!」
ヤクザの群れが、一斉に松原に飛びかかった。
「おんどれー!もう逃がさんからなー!」
「なな、なんじゃお前ら!」
松原は、野生の勘ともいうべき本能で、とっさに身をかがめ、
飛びかかってきた一人の腕を掴むと、橋から投げ飛ばした。
「お前らヤクザやな!誰が逃げ隠れするかい!返り討ちじゃー!」
「まっちゃん、得物、得物!」
六郎が、六角棒を渡そうとしたが、松原はそれを撥ねつけた。
「アホか!こんなザコ、ステゴロ(素手のケンカ)で充分じゃ!」
「うわ!こいつ!播州屋敷に出入りしとる松原や!」
「こいつ、清猷坊と違うど!」
侠客の数人が、小野藩では悪名高い松原忠司に気付いたものの、
こうなっては、任侠として後に引けない。
ヤクザたちは、ワラワラと松原に群がった。
「かまへん、やってまえ!」
「なんか分からんけど、オモロいやないけー!ケンカなら買うたる!」
松原は、姿勢を低くして突っ込んでいくと、
一人の脚を掴み、
グルグル振り回しはじめた。
そのまま遠心力を利用して、三下数人をなぎ倒し、
最後は得物代わりにしていた男を、西横堀に叩き込んだ。
三次と六郎は、橋の下を覗き込んで、プカプカと流されていくヤクザを目で追った。
「…いったい誰やねん、アレ」
松原は、鬱憤を発散してすっきりしたのか、
高らかに笑いながら、さらに倒れたヤクザに馬乗りになった。
「カカカ!万吉の三下に決まっとるやないか。ワシが浪士組に入って、活躍するんが気に入らんのじゃ」
「そんなにヒマちゃうと思うけどなあ」
「なんしか、ワシらはその浪士組の偉いさんにナシつけたらええんじゃ!」
「あのなあ、まっちゃんはそんなん気にせえへんかも知れんけど、浪士組ゆうたら、会津お預かりやで?まっちゃんが世話になっとる和尚は、長州贔屓なんやから、こんなとこ来たんバレたら、また拳骨食らうんちゃうか?」
「和尚」という言葉が、松原の怒りにまた火をつけた。
「和尚が長州にベッタリなら、ワシは逆の目え張らなあかんのと違うんかい、ドアホ!だいたい、本来藩士のワシがヒマしとんのに、ヤクザが町見回っとるて、どういうことやねん!」
松原はそう言って、怒り任せに、また一人を殴り倒した。
「し、知らんがな」
三次と六郎の方も、それなりに腕に自信はあったから、渋々ながら加勢して数人を倒している。
「わしら、巻き込まれて迷惑や」
因みに、冒頭登場する「加島屋」は、現在でも同じ場所に大同生命保険本社ビルとして存在し、朝ドラのモデルにもなりました。




