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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
236/404

今弁慶、徘徊御免 其之壱

そしてここで、上方言葉かみがたことばえば「どう見てもケッタイ」な、のちの新選組主要メンバーが登場する。


視点を常安橋から少し西側にズラしてみよう。


土佐堀とさぼり沿いを(いか)つい坊主頭の男がひとり、

いや、それぞれ六角棒(ろっかくぼう)薙刀(なぎなた)を持たされた、舎弟しゃてい二人を引き連れ、三人で常安橋会所の方へ向かっていた。



松原忠治-マツバラチュウジ-

のちの新選組四番組組長である。

柔術と棒術ぼうじゅつの使い手で、接近戦を得意とするやんちゃ者。

人好きのする性格で、京の人々からは今弁慶いまべんけいとあだ名された。

年の頃は20代後半、近藤勇らと同世代である。


「クソー。さっきからヤクザと金持ってそうな奴らしか、歩いとらんやんけ。ケッタクソ悪いのう、三次(サンジ)


辺りには、鴻池こうのいけや加島屋など、大阪でも指折ゆびおりの豪商ごうしょうが建ち並んでいる。

西横堀にしよこぼりにかかる西国橋の上で、そうボヤいて振り返ると、二人の子分はまだはるか後方を歩いていた。

「こらあーっ!三次―っ!六郎―っ!はよう歩かんかい!」


「ハッ、ハッ、ま、松ちゃん、もうええがな」

三次と呼ばれた男が、薙刀なぎなたかついで小走りに駆けてきたところで、松原はその頭をど()いた。

師匠(ししょう)呼べうとるやろ、ドアホ!雇われ(もん)の万吉が、大阪でブイブイいわしとんのに、れっきとした藩士のワシが活躍せんで、播州小野藩(ばんしゅうおのはん)面目(めんもく)が立つんかい、ボケ!」


小野藩は、現在幕府から大坂の治安を任されて、いや、押しつけられており、財政面の負担を軽減するため、アウトソーシングを採用した。

それが、中沢琴の大坂における自称後見人(こうけんにん)、大親分の明石屋万吉あかしやまんきちである。

彼らは、臨時雇りんじやといで足軽あしがるの身分を与えられ、つまり、安藤早太郎の追っ手が二本差にほんざしを許されていたのも、そう言うわけであった。


「め、面目(めんもく)て…勝手に小野藩を代表されても、藩の人らかて迷惑ちゃうんかなあ。それに、もう道場まで持っとるんやから、活躍は十分やんけ」

六角棒を抱える六郎と呼ばれた男が、かん気の師匠に、なんとか説得を試みる。

松原は、本来その小野藩士の家柄なのだが「徘徊御免(はいかいごめん)」という、あまり聞いたことのないような許可を藩からもらっていて、何処どこでも好きなところに行けた。

許可というか、つまり、厄介払やっかいばらいである。

「そや。道場はどないするねん?」

三次が、六郎の話に乗っかった。


「お前らみたいなヘナチョコしからんで、なにが道場じゃ。心配せんでええ。お前らも一緒に浪士組に入るんやから、いつでも稽古(ケイコ)付けたる」


三次は、慌てふためいた。

「な、な、なんでやねん!そんなこと、勝手に決めんといてくれ!」

「いや、別にわしらは、どっちかと言うと、あの道場から早よ解放されたいというか…」

この二人は、松原忠治が道場を開く際に、なかば無理やり弟子にさせられた経緯がある。

「なんやとワレー!もっぺんうてみい!シバいたろかー!」

「あかん。ヤブヘビやった…」



そこへ、先ほど常安橋会所の前を駆け抜けていった、侠客(ヤクザ)の一団が鉢合はちあわせた。

侠客きょうかくたちにとって不運なことに、松原の坊主頭や背格好せかっこうは、安藤早太郎とそっくりで、

彼らはその後ろ姿を見て、すぐにおたずね者の坊主と決めつけてしまった。


「あー!見つけたど清猷坊せいゆうぼう!」

神妙しんみょうにおナワ頂戴ちょうだいせんかい!」

「者ども、めしし取ったれ!」


ヤクザのれが、一斉いっせいに松原に飛びかかった。


「おんどれー!もう逃がさんからなー!」


「なな、なんじゃお前ら!」

松原は、野生のカンともいうべき本能で、とっさに身をかがめ、

飛びかかってきた一人の腕をつかむと、橋から投げ飛ばした。


「お前らヤクザやな!誰が逃げ隠れするかい!返り討ちじゃー!」


「まっちゃん、得物(えもの)得物えもの!」

六郎が、六角棒ろっかくぼうを渡そうとしたが、松原はそれをねつけた。

「アホか!こんなザコ、ステゴロ(素手のケンカ)で充分じゃ!」


「うわ!こいつ!播州屋敷ばんしゅうやしきに出入りしとる松原ガキや!」

「こいつ、清猷坊せいゆうぼうちゃうど!」

侠客きょうかくの数人が、小野藩では悪名あくみょう高い松原忠司に気付いたものの、

こうなっては、任侠(にんきょう)として後に引けない。

ヤクザたちは、ワラワラと松原にむらがった。

「かまへん、やってまえ!」


「なんか分からんけど、オモロいやないけー!ケンカなら()うたる!」

松原は、姿勢を低くして突っ込んでいくと、

一人の脚をつかみ、

グルグル振り回しはじめた。

そのまま遠心力を利用して、三下さんした数人をなぎ倒し、

最後は得物えもの代わりにしていた男を、西横堀にしよこぼりに叩き込んだ。


三次と六郎は、橋の下をのぞき込んで、プカプカと流されていくヤクザを目で追った。

「…いったい誰やねん、アレ」


松原は、鬱憤うっぷんを発散してすっきりしたのか、

高らかに笑いながら、さらに倒れたヤクザに馬乗りになった。

「カカカ!万吉の三下さんしたに決まっとるやないか。ワシが浪士組に入って、活躍するんが気に入らんのじゃ」

「そんなにヒマちゃうと思うけどなあ」

「なんしか、ワシらはその浪士組のえらいさんにナシつけたらええんじゃ!」

「あのなあ、まっちゃんはそんなん気にせえへんかも知れんけど、浪士組ゆうたら、会津おあずかりやで?まっちゃんが世話になっとる和尚おしょうは、長州贔屓(びいき)なんやから、こんなとこ来たんバレたら、また拳骨ゲンコツ食らうんちゃうか?」


和尚おしょう」という言葉ワードが、松原の怒りにまた火をつけた。


和尚あいつが長州にベッタリなら、ワシは逆のえ張らなあかんのとちゃうんかい、ドアホ!だいたい、本来藩士のワシがヒマしとんのに、ヤクザがマチ見回っとるて、どういうことやねん!」

松原はそう言って、怒り任せに、また一人をなぐり倒した。


「し、知らんがな」

三次と六郎の方も、それなりに腕に自信はあったから、渋々ながら加勢かせいして数人を倒している。

「わしら、巻き込まれて迷惑や」


(ちな)みに、冒頭登場する「加島屋」は、現在でも同じ場所に大同生命保険本社ビルとして存在し、朝ドラのモデルにもなりました。

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