表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
234/404

多士済々 其之肆

さて、

近藤と土方がケンカを始めるのを、取り残された谷三十郎と耆三郎きさぶろうが青ざめた顔で眺めていた。

もっとも、血の気が引く理由はそれぞれ違っていたが。


「つ、ついに仲間割れを始めましたよ」

「ヌゥ、彼奴きゃつが土方歳三か!」

「…オ、オソロシヤ」

三十郎は、なぜか土方に敵愾心てきがいしんを燃やし、

耆三郎きさぶろうの方は、予想以上にガサツな浪士組の気風(きふう)気後きおくれしている。

「ひとまず、通りの向こうで成り行きを見ましょう」

三十郎は、耆三郎きさぶろうの手を引いて会所を離れ、野次馬やじうまたちの中に紛れた。



「まあまあ、局長も副長も……あ。」

ケンカを止めようとした島田魁が、会所の入口の方を見て、小さな声をあげた。

「お客のようですよ」


一同が振り返れば、不審な虚無僧こむそうが、玄関の中をのぞき込んでいる。

しきりとあたりを気にしていて、見るからに挙動きょどうが怪しい。


「あのー、応募者の方?」

沖田が近づいて行ってたずねると、虚無僧こむそう天蓋笠てんがいがさを少し持ち上げた。

現れたのは、五厘頭ごりんあたまのニヤけた中年男の顔だ。

男は中を指して、無言のまま”入っても?”と眼で問いかけてきた。


「いらっしゃいましー!」

近藤のお説教から逃れたい原田左之助が、一目散いちもくさんに駆け寄っていくと、

五厘男は、さも迷惑めいわくそうな顔で人差し指を口の前に立てた。

「シッ」

男は先に立って玄関をくぐると、原田の腕をつかんで引っ張り込んだ。

「…実は、追われててね」

ワケアリな様子で、外を気にしながら声をひそめる。

原田が、釣られて引き戸の陰から外をのぞくと、人相の悪い一団が、肥後橋ひごばしの方からやってくる。


会所の外では、藤堂平助がうれしそうな声をあげた。

「おいおい!侠客ヤクザの団体みたいのが、血相けっそう変えて来るぞお!」


もちろん、め事が大好きな原田左之助は、理由わけも聞かずにこの話に飛びついた。

「ほほう、なにやらお困りのご様子で。俺が、いっちょ追っ払ってやりましょうかい?」

すかさず、近藤が原田の頭をハタいた。

「ややこしくなるから、お前はこれ以上首を突っ込まなくていい!」

沖田がイソイソと帳場ちょうばに座り直し、男にすみを付けた筆を突きつけた。

「で?入るの?入らないの?」

「いや、だから入りますよ、入りゃいいんでしょ!なに?ここに名前書けばいいの?」

「入りゃいいんでしょって、おじさんねぇ…何があったか知らないけど、うちは駆け込み寺じゃないんですけど!」

「寺だって?とんでもない!たった今その寺から逃げ出してきたとこなのに」

男は怖気おぞけだったように身震みぶるいして見せた。



そうこうするうちに、侠客ヤクザの一団は、と言っても2、3人だが、安治川あじかわ方面へ駆け抜けていった。

入隊志願者、耆三郎きさぶろうは、通りを挟んだ場所に立ち尽くしたまま、その悪魔の軍勢を見送り、さらにたじろいだ。

「な、なんて入るきっかけの難しいところなんだろう」

ところが谷三十郎は、まるで反対の方角を眺めている。

「ときに妹君(いもうとぎみ)が、まだ帰ってこないが」

「アレはアシが早いので、大丈夫ですよ」

「それは頼もしい。ではまだ我慢がまんです。出ていくべきではありませんよ」



会所では、島田魁が虚無僧(こむそう)の書いた名前を見て、小首をかしげていた。

「…挙母藩ころもはん安藤早太郎?んー、聴いたことあるような…」

藤堂が軽くうなずく。

「ですよね?オレもどっかで…失礼ですが、どちらのお寺から?」

安藤は、親指で背中の方を指して、顔をしかめて見せた。

「一心寺、ほら、知恩院ちおんいんの」


近藤が、胡散臭うさんぐさげにアゴいた。

「いや、存じ上げないが、何か事情があるなら前もって仔細しさいを聞いておかなくては。隊に厄介やっかいごとを持ち込まれても困る」

「そんな大層たいそうな話じゃないんだよ。ただ、わたしゃ抹香臭まっこうくさい生活がしょうに合わなかったから、寺を抜けただけでね」

「しかし、あのヤクザどもの様子は、ただ事とは思えなかったが」

「いやまあ、有態ありていに言うとですよ。凡欲ぼんよくが捨てがたかったというか、人肌(ひとはだ)が忘れ難かったというかね」


「…私は戒律かいりつには詳しくないが、要するに女犯にょはんを犯した(女性と関係をもつこと)わけですね」

山南があきれ顔で意訳いやくした。

「キミたちねえ、そうあからさまに。世間じゃみんなやってることじゃないか」

「しかし、世俗せぞくを捨てたあなた方には、禁忌きんきでしょう。世が世なら、遠島えんとうの罪だ」


原田が、また安藤早太郎の顔に鼻づらを突きつけた。

「おーお、まさかヤクザの女房に手ぇ出しちゃったの?やるねえ」

たしかによく見ると、安藤は、なかなかダンディな伊達男ダテおとこである。

「島原の太夫たゆうと、しっぽり一夜を過ごしただけだよ」


土方が、耳の後ろを逆手できながら、鼻を鳴らす。

「ふん…さっきのありゃ、ヤクザじゃねえよ。腰のもんを見たか?長ドスじゃなくて、二本差しだったろ?」


安藤はニヤリとして、土方の前でパチンと指を鳴らした。

「おっとこちら、なかなかするどうございますな?連中、あのご面相めんそうで、れっきとした小野藩の足軽(あしがる)だってんだから、まったく笑っちゃうだろ?」


「んじゃ、あのゴロツキみたいのが、サムライだってのか?世も末だねえ」

原田が、わざとらしくなげいて見せ、

「あんた、寺の通報で、京から手配の触書ふれがきでも出されてんじゃねえのか。まったく、身から出たサビだぜ」

土方が説教めいた台詞セリフを吐くと、

近藤が、二人を冷ややかな目でにらんだ。

「お前らが言っても、なんの説得力もないがな…」


破戒僧はかいそうは、ゲンナリして肩を落とした。

「そりゃまあ、そうなんだがね。いやもう参ったよ。八軒家で舟を降りた途端とたんに、四方八方から追い回されてさあ。坊主が一人いなくなったくらいで、なんだってこんな…大袈裟(おおげさ)な騒ぎになんのかなあ?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ