表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
221/404

愚か者の舟 其之壱

原田左之助が、蜆川しじみがわに架かる橋をブラブラ渡り出したその頃。


「まずいことになった」

琴は座敷ざしきの騒ぎを見て、女中部屋にとって返した。

自分の荷物を押入れから引っ張り出し、中沢九郎に戻るために髪を(ほど)いていたところへ、バタバタとやってきた小寅がふすまをバンと開け放った。

「ちょ、ちょっと来て!上で誰かあばれとるねん!それと、なんか布巾ふきん代わりになるもん!、て、うわああああ!!!…な、な、な、なんやねんあんた!」

小寅は得体えたいの知れない男が、女中部屋で着替えているのを見て腰を抜かした。


「あれ?見られちゃった」

それは聞き覚えのある、しかも女の声だった。

少し落ち着きを取り戻した小寅は、恐る恐る男の顔をのぞき込んだ。

「えっ?だ、だ、だ、だれ?え?ひょっとして、あんた、お琴ちゃん?なんで!」

確かに、どことなくその面影おもかげがある。

「えーと、あのー…」

琴がにがり切った顔をしたとき、

不意ふいに小寅の肩越かたごしに野口健司が現れた。


「おい女中!これは我々身内の問題だ!人を呼んだりしたら…」

言い終わらないうちに、

琴が手にしていた刀の小尻こじりで、野口のあごを突いた。

軽い脳震盪のうしんとうを起こした野口は、そのまま仰向あおむけに伸びてしまった。


「そ。わたし!小寅ちゃん、ちょっと着替え手伝って」

琴は開き直って、小寅におびを押し付けた。

「え?なに?そやけどウチ、いま、そや!布巾ふきん布巾ふきん探さな!いや、まてよ。今それどころとちゃうんか?ていうか、あ、あ、あ、あんたそれ、なな、なに持ってんねん!」

新町遊廓しんまちゆうかくで沖田総司に自分の刀をあずけていた琴は、清河八郎の刀を押し入れに隠し持っていた。


だが、それを見て、小寅はようやく思い出した。

「…思い出した!あんた、さっき座敷におった浪人の片割れやんか!」

彼らは、つい最近追い返した二人連れだった。

琴は口をパクパクさせている小寅を軽く手で制した。

「説明させて。でも後でね。とにかく、二階の騒ぎを止めなきゃ。死人が出る」

「あ、あんた、あの連中の関係者か!」

琴はさも心外しんがいな様子で顔をしかめた。

「…関係したくてしてるわけじゃないけど、まあ、そうとも言える」



小寅は着替え終わった琴をしげしげ見てため息をついた。

「お琴ちゃん、なんでこんな事してるん」

琴はただ力なく笑って返事をにごした。

「まあええ。さっきは助けてもろたし、ここまで来たら一蓮托生いちれんたくしょうや。どうせここもそろそろ引き払う潮時しおどきやから」

「え?」

「昨日の客覚えてるやろ、桂はんとかいう長州のおサムライ。ヤモリの岩吉さんの口利くちききで薩摩に顔をつないでくれゆうて来たんや。もちろんご主人じゃ、なんのこっちゃ分からんから、うちが相手してん。…確かあんたもおんなじこと言うてたやろ」

琴はなんと答えてよいか分からなかったが、小寅も返事を期待していたわけではなかった。

「別に答えんでええ。多分、あんたも、桂はんも、ここに来るまで薩摩の誰と話をすべきなんか知らへんかったみたいやし」

小寅はしゃべりながらもいそがしく着付きつけの手を動かしている。

「ダメ(モト)で聞くけど、桂さんは、その薩摩の総代そうだいと連絡が取れたの?」

「いいや。ウジャウジャ小難しい前置まえおきが始まったさかい、紙に書いてくれて頼んだんやけど、昨日もおんなじ用向ようむきの客があったうたら、なんや警戒けいかいさせてしもたみたいで、逆に向こうから取次とりつぎの話を引っ込めてしもたんや」

「何もせずに帰ったってこと?」

「まあね。せやから話すんやけど。連絡を待ってるて。島原の輪違屋わちがいやにいる桜木太夫に手紙くれたらええからて。それだけ」

「桂というのは長州の祐筆(ゆうひつ)の名前よ。彼がその桂なら、なぜ堂々と薩摩の京屋敷を訪ねないで、貴方(あなた)や島原の太夫たゆうを通す必要があるの?」

「あんた、よおも物怖ものおじせんとズケズケ聞くなあ。寺田屋の話は聞いたことあるやろ?つまり、薩摩も一枚岩いちまいいわやないちゅうこっちゃ。ほんとの意味で総代(そうだい)なんちゅう(もん)()らん。あんたらみたいな得体えたいのしれんのが毎日訪ねてくるいうことは、うちのやってる連絡係(しごと)がバレんのも時間の問題やし、そろそろここもあやうなって来たから、薩摩の(つて)を頼ってどっか他所よその店に移ろ思てんねん」

小寅はそう言って、この話は終わりだと告げるように琴の(おび)をギュッと締めた。

予想していたことながら、やはりこの小寅も都の政争せいそう何某なにがしかの役割を果たしており、

なにやら身辺しんぺんが騒がしくなってきたことに危機感をつのらせている様子だった。

琴にはそれが何なのか引っかかったが、いま問いただしている余裕はない。

「ありがと!」

着替え終えるなり、清河八郎の刀を腰に差すと、

紀の国屋の裏手うらてに周り、

(もや)いであった小舟を躊躇ちゅうちょなく拝借はいしゃくして、

蜆川しじみがわぎ出した。

「やれやれ、勝手に抜け出したうえに舟なんか持ち出したら…もう完全にクビね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ