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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
下坂之章
220/404

脱走者に罰を 其之参

石塚は重大な秘密を打ち明けるように身を乗り出した。

「常安橋の会所かいしょから、川沿かわぞいに西へ少し行ったとこに、廻船問屋かいせんどんやがある。実は、そこの蔵元くらもとを手なずけてあってな?」

「その蔵に、お宝でもあんのかよ」

石塚は片眉を吊り上げて、ニヤリと笑った。

「薩摩の積荷つみにや」


「けど、あの辺りには、たしか薩摩の蔵屋敷くらやしきがあったろ」

「その通り。ほんでも、西から樽廻船たるかいせんが来るたび、薩摩藩蔵屋敷から人目をしのぶように、をかけた荷駄にだが、その廻船問屋かいせんどんやに出入りしとる」

「つまり、それは…」

「そう。おそらく抜け荷(ぬけに)(密貿易品)や。ええ目の付け所やろが?これなら発覚した後も、お上に届出られる心配はない」

「チェ、何のこたねえ。要するに、貸した金をたてに、またしても盗みを持ちかけてきただけじゃねえか」

「ああそや。ほんでも、もとから違法の品やと思えば、良心の呵責かしゃくも多少はやわららごうってもんやろがい」

「人の弱みにつけこみやがって!」


怒ってはみたものの、京に来て以来、阿部の道徳観念どうとくかんねん社会通念しゃかいつうねんは、すっかり麻痺まひしている。

「いったいどっからの情報だ?今度は信用できるんだろうな」

石塚は、大仰おおぎょう素振そぶりで、家里次郎をあらためて紹介した。

「ハ!ええか?この家里先生はなあ、つい最近まで幕府のお役目にいておられたんや。そのすじの情報によれば、(くだん)廻船問屋かいせんどんやは、以前からお(かみ)が怪しいと眼をつけとったらしい」


中沢琴はふすまかげ苦笑くしょうした。

「…幕府のお役目ね。ふん、違いない」


「ケッ、じゃあ、なぜさっさと捕まえねえ?」

阿部がはしの先端を石塚の顔に突き付けると、石塚は醤油しょうゆ差しをつまみ上げながらわらった。

「ガキやあるまいし、分かりきったこと聞くな。魚心うおごころあれば水心みずごころってなあ。ヤツら、西町奉行にしまちぶぎょう内山彦次郎うちやまひこじろうちゅう与力よりきそでの下(賄賂)渡しとんのや」

「まーったく!どいつもこいつも!」


石塚は、醤油しょうゆ皿になみなみと醤油しょうゆそそいだ。

「世の中ちゅうのは、そうやってツツがなくまわっとるちゅうこっちゃ。なあどないや、一枚()まへんか?」

阿部はハシを持つ右手で頬杖ほおづえをついた。

「あんたと?一緒にそのくらに忍び込むってか?ゾッとしねえな」

「おいおい、ええか?仕事にはそれぞれ役割ちゅうもんがある。わしは下調べをして、ここまでのお膳立ぜんだてをととのえたんや。あとは、あんたが蔵のへいを乗り越えて、中のものを運び出す。それでこそ五分五分の関係ちゅうもんやろ?」

石塚は両手の人差し指を立て、右から左にひょいと壁を乗り越えるようにを描いて見せた。

「そらきた!あんたは上前うわまえをハネるだけか。いいご身分だな?」

阿部は、肝心かんじんな時に居合いあわせない中沢九郎(琴)をのろった。

今こそ、あの男の腕にモノを言わせれば、この借金取りの小悪党こあくとうをギャフンと言わせた上に、おいしい仕事を丸ごとかっさらえるというのに!


わるう思わんといてや。わしはわしで、次の仕事の準備にいそがしゅうてな。このおかたと組んで、ちょっとした商売を始めることにしたんや。そっちの方も聴きたいか?」

石塚は勿体もったいをつけてウインクした。

「俺が聞きたくないと言っても、どうせしゃべる気なんだろ?」


石塚が得々(とくとく)と語った計画とは、要するに浪士組をかたるヤクザ者を組織化して、商家しょうかから踏み倒した金を上納金じょうのうきんとしてせしめようという、オリジナリティのかけらもない事業だった。


「今回のヤマをむなら、次も一枚()ませたるで?なんせ元手もとでがいるんや。あんたの分け前をつぎ込めば、なりすまし浪士をさらにき集めて、荒稼あらかせぎ出来る。あわよくば、わしら第二の浪士組の頭領(とうりょう)や」

「ゴメンだね。そんな商売を考え付いたヤツなら他にも知ってるが、あんたの(ざつ)算段(さんだん)は、(たくら)みと呼ぶのすらはばかられるぜ!」

阿部は例の佐々木六角源氏太夫ささきろっかくげんじだゆうというインチキ志士(しし)の顔を思い浮かべてしぶい顔をした。


と、今まで他人事ひとごとのような顔で食事をしていた家里次郎(いえさとつぐお)が、いきなり(はし)をピシャリと置いた。

「石塚君にも言っておくが、この浪士集団の話は金を(かせ)ぐための方便(ほうべん)ではない。資金を元手もとで精強(せいきょう)な部隊を編成し、我らが京の治安を取り戻すのが本意ほんいだ!」


「まあま、先生せんせ。こいつに先生の崇高(すうこう)な理念を聞かせたとこで理解できるもんでもなし。ここは分かりやすう損得勘定(そんとくかんじょう)の話を」

「けっ、崇高(すうこう)ときたぜ。笑わせんな」

阿部が頬杖(ほおづえ)をついてそっぽを向くと、

家里は色を()して声を荒げた。

貴様(きさま)!!これ以上の侮辱(ぶじょく)は許さんぞ」

石塚が、それにかぶせるように、

「わしはな、親切でこの話しを持ちかけてやったんや。別に、いきなり谷万太郎の道場を差し押さえたかてええんやで?」

と、太い腕でたたみをドンと叩いた。

その時、

入り口の(ふすま)がサッと開き、数名の浪士がなだれ込んできて、阿部たちの席を取り囲んだ。


平山五郎、平間重助、野口健司、佐伯又三郎。

いかがわしい集金の任務を終えて、さかり場へ繰り出した芹沢鴨一行である。


「うわ!」

ちょうど吸い物のわんを運んできた小寅が、入口のところで持っている盆をひっくり返しそうになってオタオタしている。

芹沢は小寅の肢体したいを支えると、わんふたをひとつつまみあげて匂いをかいだ。

美味うまそうだ。おさわがせしてすまんね」



「おやおや、聞き覚えのある声がすると思えば、家里次郎殿じゃねえか。大事なお役目をほっぽり出して、こんなとこで何をしておられる」

隻眼せきがんの剣士平山五郎は、床の間にかかっているじく値踏ねぶみするように眺めながら、わざと顔を(そむ)けたまま声をかけた。

風流男子ふうりゅうだんしとか呼ばれてただけあって、相変わらず小洒落こじゃれ格好かっこうをしてらっしゃるが、コソコソ逃げ隠れするならちっとばかし用心が足らんな。それじゃ遠目(とおめ)にもすぐわかるぜ?」

家里は黙りこくったまま、身をかたくして(ひたい)に汗を浮かべている。


身の危険を察知(さっち)した石塚岩雄は、ソロソロと立ち上がって手を挙げ、発言を求めた。

拙者(せっしゃ)此処ここへは商談に来たはずやが。なにやら取り込み中のようなんで、またの機会にした方がよさそうでんな?これにて失礼しまっせ」

断ると同時に小寅を押し退()け、

(おどろ)くべき逃げ足で、あっという間に姿を消してしまった。


「な、な、なにすんねん!」

小寅の手にしていた盆から、3つの(わん)が畳に転がり、生麩なまふ芋茎ずいきがあちこちに飛び散った。

芹沢鴨は、ただ面白そうに成行なりゆきを眺めている。


石塚は、抗議など目もくれず階段をけ降り、

紀ノ国屋から飛び出すと、

続いて芹沢たちをつけてきた沖田総司も往来おうらいの真ん中で突き飛ばした。


「気をつけろ!このクソガキ!」

「ク、クソ?…あ、こら!」

沖田は走り去る男の背に手を伸ばしたが、むなしく空をつかんだ。

「なんだあいつ、芹沢さん達が入ってった途端とたんに飛び出してきましたよ。ちょっと早すぎない?」

振り返り同意を求めたが、原田はニヤニヤするばかりだった。

「よくよくさわぎを起こすのが好きな奴らだなあ」


案の定、中からは平山の怒声どせいが聞こえる。


めますか?」

「めんどくせえ、やなこった。めんのは、もうちょっと面白くなってからだろ。せっかく金もあるんだし、カキュー的スミヤカに川を挟んだ向こうの料亭に移動して、お座敷ざしきから高見たかみの見物と洒落(しゃれ)こもうぜ?しょうがねえ、おごってやっからよ」

「…なんだよ、全然やる気ないじゃん」

沖田総司は、鼻の頭をいて顔をしかめた。


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