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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
変遷之章
197/404

落ちた偶像 其之壱

すでにかげっている。

会議が終わったあと、皆は食事の支度したくができるまでの間、銘々(めいめい)好きなことをして過ごしていた。


前川邸の薄暗うすぐらい部屋には、芹沢鴨と新見錦が二人、背中合わせに座っている。

雨は上がり、のきからのしずくがポタポタと音を立てていた。


芹沢が頬杖ほおづえをついて嘆息たんそくする。

「…清河の野郎、勝手にくたばっちまいやがって。張り合いのねえ」

だが新見はまったく別のことを考えていた。

「清河が死んだ…つまり我々の出番も近い」

「ふん。楽天的だな。ひと暴れするには、まだコマ不足だぜ。差し当たり仏生寺さんをまねき入れるのが先決だ」

「その件は心得ています。が、仏生寺さんは表向き長州の庇護ひご下にある。こちらから直接引き抜くのは不味マズい」

新見は腹心ふくしんらしく、阿吽あうんの呼吸でその案件に関する指針ししんを述べた。

「ちぇっ、こまけえこと気にすんじゃねえよ」

「…芹沢さん。わたしは明日にも吉成さんを訪ねようと思う」

「吉成って、あの吉成勇太郎か?」


それは、仏生寺弥助の付けねらっている会津の厩番うまやばんが、ここのところ頻繁ひんぱんに会っていると言う水戸藩士の名前だった。


「ええ。今は京に出て木屋町におられます。あの方は、仏生寺を呼び寄せた長州の桂小五郎とも通じている。口添くちぞえがあれば事を荒立てることもないでしょう」


桜田門外のへん攘夷じょうい先鞭せんべんをつけた水戸藩も、安政の大獄たいごく以来、すっかり主役の座を長州に奪われた感がある。

この吉成勇太郎という改革派の兄貴分的な藩士は、昨年から二条木屋町にじょうきやまち樋之口ひのくちクダルにきょをかまえ、地道じみちなロビー活動を行っていた。

彼は、のちに天狗党の旗頭はたがしらとなる藤田小五郎の剣の師であり、芹沢の出身地玉造村(たまつくりむら)の過激派からも一目いちもく置かれている。


貴方あなたも会うべきだ」

「あんなヤツに頼みごとをするなんてのは、金輪際こんりざいゴメンだね」

芹沢が忌々(いまいま)しげに顔をしかめる。

「またそんなにくまれぐちを。我々には命の恩人だ」


とその時。


「こんな暗い部屋でなんの相談スか?隊の話だとしたら、局長が一人足りないようだが」

突然口をはさんだ者がいる。

新見が顔を上げると、暗い廊下ろうかに藤堂平助が立っていた。


新見は、その顔をにらみ返した。

「立ち聴きか?」

藤堂は無視して芹沢に向き直った。

「芹沢さん。あんた、御三家の名をかさに着て、なしくずしに筆頭局長ひっとうきょくちょうなんてもんに収まっちまったが、会津からは、所詮しょせん桜田門で大老たいろうを殺した物騒ぶっそうな連中の一味いちみ見做みなされてるんだ。あんただって、本当は分かってるはずさ。それがご不満なら、身を切るしかねえと思うがね」

「何が言いたい?」

芹沢は胡座あぐらをかいたひざに目を落としたまま、低くつぶやいた。

「いるんだろ?木屋町きやまちにさ。長州のかつらや、土佐の武市たけちみてえに、気の荒い水戸の若衆わかしゅうたばねてるヤツが。じゃあ、そいつの首で、おかみ会津候あいづこうの信用を買えばいい」

見縊みくびるなよ、小僧」

芹沢の目がギラリと光った。

「親切で言ってるんスけどね?じゃあ、これからもずっと飼い殺されて、いずれ近藤さんに首をスゲ替えられんのがオチだぜ?お気の毒様」

貴様キサマ!」

「おーわ」

新見が腰を浮かすより先に、藤堂はヒョイと飛び退き、姿をくらました。

苦虫にがむしつぶしたような顔で、新見が再び腰を下ろすと、

障子しょうじかげから、また藤堂がヒョッコリ顔を出した。

「あ、そうそう。肝心かんじんの用件を伝え忘れてましたよ。おまささんが、ご飯の支度したくが出来ましたってさ」



新見は、藤堂の足音が遠ざかっていくのを確かめて、再び口を開いた。

「…私は浪士組を離れ、吉成様の周旋しゅうせん(政治活動)に手を貸すつもりです」

芹沢は、まだ新見に背を向けてキセルを吹かしている。

「…おだやかじゃねえな。まさか、あの雑魚ザコに言われたことを気に病んでるのか」

「ずっとというわけじゃない。芹沢さん、私はあせっているんだ。浪士組は次の段階に進まねばならん」


「勝手にすりゃいいが、俺は、あの吉成にまた頭を下げる気はねえ」

「そうじゃない。今度は我らがあの方に力を貸すのです。吉成様は、いま京を離れるわけにはいかない。私は彼の足となり、馬関の様子をこの眼に焼き付けてくるつもりです。奴らがどれ程のものなのか。いったい日の本はどこまで奴らと渡り合えるのかを」

「恩返したぁ律儀りちぎなこった」

「個人的な義理を果たすために行くんじゃない。すべてはこの国の為です。水戸にいた頃は、尽忠報国じんちゅうほうこくこころざしょを持って一緒にやってきた仲じゃないですか。芹沢さん、あなただってその気持ちにうそはなかったはずだ」

「ハッハッハ、あの頃は派手に暴れたもんだよな」

新見は小さく微笑ほほえんだ。

「…ええ。痛快つうかいでした」

「…楽しすぎて、ちとやり過ぎたが」


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