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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
約束之章
164/404

Tumbling Dice Pt.2

母屋より少し大ぶりな離れ(カジノ)は、阿部が知るあの夜と同じく盛況だった。


むせ返るような熱気と、

渦をまく紫煙(しえん)

そして、喧騒(けんそう)


「いたぜ」

阿部は琴を肘でつつくと、盆ゴザの(すみ)胡座(あぐら)をかく()で肩の男をアゴで指した。

言われるまでもなく、琴の眼は仏生寺弥助の姿をいち早くとらえている。

一瞬、仏生寺が入口に視線を走らせたが、それは単に入って来た客に注意をひかれたのか、それとも琴の正体に気がついてのことなのか、定かでなかった。



そして程なく。

今度は仙吉に連れられた芹沢鴨が同じ屋敷の門前までやって来た。


「おいおい、どこまで行くんだよ」

しびれを切らした芹沢がボヤいたのと、頬傷の小男、仙吉が立ち止まったのはほとんど同時だった。

「ここですわ」

「なんだよ、随分(ずいぶん)シケた屋敷だな」

芹沢は塀越しに見える藁葺き屋根を指して、ややガッカリした声で言った。

「まあま、これでもこの辺りじゃ立派な部類ですわ。とにかく、中へどうぞ」


たしかに、中に入ってみると、この屋敷にも何処(どこ)かしら貴族趣味のようなものが感じられる。

しかし、それはなにも特別なことではなかった。


この時代も賭博は非合法の愉しみだったから、盆が敷かれるのは、もっぱら官憲(かんけん)の手が及ばない寺社や公家屋敷だったと言われる。

つまり、僧侶や貴族は、ヤクザに安全な場所を提供して、その上前(うわまえ)をハネていたわけだ。


むしろ芹沢に違和感を抱かせたのは、その妙にうらぶれた雰囲気だった。


「まさか俺をハメる気じゃねえだろうな。だったら、やめといた方が利口だぜ」

芹沢は警戒するそぶりも見せず言い放った。

「お〜お、怖い怖い」

仙吉はその脅しを軽く受け流し、見張り役にひょいと手をあげて挨拶すると先に立って門をくぐって行った。


「お腰のものを」

離れに着くと、入口に座っていた如何にも裏世界の住人と(おぼ)しき男が手を差し出した。

「ずいぶんと賑やかじゃないか」


芹沢の声を聴いた琴は、首を引っ込めて阿部の陰に隠れると、額に前髪を垂らした。


「どうした。会いたくない知り合いでもいたか」

阿部が横目で琴を流し見た。

「いや、なんでもない」


芹沢は無造作に刀を預けながら、部屋の中にひと渡り鋭い視線を走らせた。

彼の眼は、変装した中沢琴を通り過ぎ、やがて

そこに見知った顔を見つけて喜色を帯びた。


「よう!先生、なんだか羽振りがよさそうだな」


旧友、仏生寺弥助の目の前には、木札(コマ)が山のように積み上げられている。

どうやら一人勝ちの様子で、他の客はピリピリしている。

仏生寺はそんな周囲の気配に頓着(とんちゃく)する風もなく、愛想良く手をあげた。

「はは、奇遇だな。こっちに来なよ」


気を利かせた仙吉が、

「お知り合いですか?ほな、隣に席を作りましょ」

と芹沢を先導する。


阿部慎蔵は、仙吉の後に続く男の顔をマジマジと注視した。

「おい、あの、もう1人の男…どこかで…」

中沢琴は、珍しく深刻な顔をする阿部を訝しげに覗き込んだ。

「なんだ。お前もヤツを知ってるのか?」

「いや…だとしても昔の話だ。それにあっちは俺の顔なんざ覚えちゃいねえよ」

「あれは芹沢鴨、今や浪士組の頭だ」

「あいつが浪士組の頭領だって?悪い冗談だ…俺が知ってた頃のヤツはそんな名前じゃなかったがな。とうに死んだものと思ってたぜ」

阿部は手のひらをかざして、琴の問いかけるような視線を遮り、そのことには触れたくないという風に話を逸らした。

「もういいだろ、いま大事なのは仏生寺だ。だろ?」

そして、はぐらかすように琴の脇腹をつついた。

「それよりみろよ。吉田屋で会った男だぜ。なんて(つら)の皮の厚い野郎だ」

その大きな頬傷には琴にも見覚えがあった。

吉田屋の勝手口で自分を突き飛ばした男だ。


「あいつ、あんな目に会った後で、まだ敵のヤサに出入りしてやがんだぜ。どうかしてる」

阿部が耳元に囁くと、琴は小さく笑みを浮かべた。

その厚かましさが逆に気に入ったようだ。

「どこがおかしい」

「いざとなれば、腕ずくで切り抜ける自信があるんだろ。あるいは、死ぬ覚悟が」

「何が言いたい?ただの雇われ間諜(かんちょう)だぜ?…あ!ちょっと待った!丁!丁‼︎これ、丁に全部!」

阿部は手にした木札(コマ)の束を振り回しながら声をあげた。

琴は軽くため息をつく。

「どうかな。会津は幕府から押し付けられた浪士組とは別に、子飼いの諜報(ちょうほう)機関を持ってるのかも」

阿部はジッと前をみつめたままアゴをさすった。

「じゃあよ、浪士組は…あの島田魁とか、沖田総司とか、原田左之助は、何のために働いてんだ?」

「会津は幕府への体裁(ていさい)のために彼らを食わしてやってるに過ぎないってことさ。つまり、信用してはいないんだ」

琴は自身にとっても苦い現実を口にした。

そんな風に山南や沖田が飼い殺しにされているのなら、それは耐えがたい屈辱(くつじょく)だ。

阿部には浪士組云々(うんぬん)など興味の外らしく、唯々疑わしげに仙吉の顔を眺めている。

「どう目をすがめても、ただのヤクザ(もん)にしか見えんね」

辛辣(しんらつ)な物言いは、すでに持ち金の半分をスっているせいもある。

琴は肩をすくめた。

「なら、あなただって、しがない浪人だろう。けど、言ったじゃないか。この国はこのままじゃダメだと」

「で?やつも(うれ)いを同じくする同志だってか?よしてくれ」

阿部はわざとらしく身震いした。


「問題は、奴がどういう腹づもりでこんなところまで浪士組筆頭局長を引っ張りだしてきたのか…だ。ただの偶然とは思えない」

「あの男の動機なんてどうだっていいだろ…えっ?えっ?今のどっち?半?半なの?マジかよ、勘弁してくれよ!…あ〜と、なんの話だっけ?つまり、どういうことだ?」

琴はウンザリした顔で阿部をにらんだ。

「さあね。けどまあ、人は見かけによらないってことじゃないのか。もういいだろ?おしゃべりもほどほどにしろ」


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