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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
138/404

野辺送り 其之弐

一方、その少し奥の廊下で弔問客を案内していたゆうは、沖田が見知らぬ女性と親しげに話す様子を見て、八木家の長男秀二郎に肩をよせた。

「あのひとは?」

「ああ、おいちさん?近くのお医者さんの助手をしたはるご婦人や」

秀二郎がそう耳打ちしたとき、導師どうしをつとめる壬生寺の住職が、祭壇をしつらえた座敷にゆっくりと姿を現した。

ゆうは二人の関係の方が気になって仕方がない。

「えらい仲良さそうやん」

しかし読経どっきょうがはじまると、秀二郎は話を打ち切って、

「あ、わたしもそろそろ行かな」

とあわてて座敷に入ってしまった。



それでも、なんとか式は無事進行して、遺族らの焼香しょうこうまでこぎつけた。


問題の芹沢鴨はというと、受付の帳場ちょうばに座ったまではよかったが、よほどショックを受けているようで、ぼんやりと放心したまま客の相手もろくにこなせない。

同じ水戸派の平間重助は、打ちひしがれる芹沢を尻目しりめに、客用の座布団ざぶとんをかかえて、帳場ちょうばの前を黙々と行き来している。

曰く、

「大人しくしてくれるに越したことはない。こうした席では、手が掛からないだけよほど始末がいい」

ということらしい。


そのおかげで、並んで受付に座った近藤勇は、弔問客ちょうもんきゃく途絶とだえるまで大わらわだった。


「…やれやれ、なんとか乗り切れたようですね」

ようやく一息ついた近藤が、ふととなりに目をやると、芹沢はボンヤリと頬杖ほおづえをついて、芳名録(ほうめいろく)の裏に筆を走らせている。

気になって手元をのぞくと、なにか絵を描いているようだ。

ほとんど無意識に落書きをしているらしい。


やがて、芹沢になついている近所の子どもたちが、その落書きを面白がって群がりはじめた。

「なあなあ、河童かっぱ描ける?河童カッパ描いて」

牛若丸うしわかまる弁慶べんけいは?」

リクエストが出るようになると、芹沢も急にはしゃぎだして、

「よーし、順番だ。並べ並べ!」

と、いつもの調子を取り戻した。

なかなか絵心えごころがあって、子どもからせがまれるまま、武者絵むしゃえやら物の怪(もののけ)やら、動物の姿絵すがたえなど、器用に描いてみせる。

「…おかしな人だな」

近藤はそうつぶやいて、微笑ほほえましげにその様子を眺めていた。



「どうやら式もつつがなく進行しているようですよ」

近藤が家の中をのぞいて、何気なく芹沢に声をかけたとき、

経をとなえる住職じゅうしょくの声をかき消すように、陶器とうきの割れる音が響いた。


「あ、ごめんなさい!」


手を合せていた人々がいっせいに声のした方を振り返った。

座敷ざしき中の視線を一身に浴びながら、頭を下げていたのはゆうだった。


焼香しょうこうをすませた秀二郎が、

「大丈夫?」

と歩み寄ると、ゆうはわれに返って廊下ろうかに散らばった湯飲みの破片をひろいはじめた。

「ホンマにごめんなさい!うち、近藤せんせに、お茶持っていこおもて…」

取り乱した様子のゆうを、秀二郎は優しく気づかった。

「ええよ、ええよ。お茶はわたしが持っていくさかい、おゆうちゃんも妹に焼香してやってください」

「いえ、うちは最後で…」

ゆうは逃げるように台所へ駆け込んでいった。


ゆっくりと後を追ってきた永倉新八が、気楽な調子でゆうの肩をたたいた。

「気にすんなよ」

「そやけど…」

口ごもって顔をあげたゆうの目に、たすき掛けをしたいちが洗い物を片付ける姿が映った。

そのキビキビした働きぶりが、さらにゆうを落ち込ませた。

そもそも、お茶をせた盆を取り落としたのは、沖田といちの様子に気をとられていたせいなのだ。


「しっかし秀二郎のやつ、ちょっと見直したよな?自分だって気落ちしてるだろうに、嫡男ちゃくなんとしてよくやってるよ」

永倉は指の先で数珠じゅずをクルクル回しながら、しきりに感心している。

同意をもとめられたゆうは、先ほどの失敗がことのほかこたえたようで、

「ごめんなさい。うち、あし引っ張ってもうて」

と、ガラにもなく、またうつむいた。

「あ~イヤイヤ!そんなつもりで言ったんじゃないぜ?おゆうちゃんは、芹沢の旦那よか、よ~っぽど役に立ってるよ」

永倉があわてて取りつくろうと、

そこへ沖田も加わって、ひとの気も知らずにはげました。

「そうさ。それに、おゆうちゃんがいてくれるだけで、おマサさんも心強いはずさ」

ゆうは黙りこくったまま、しょている。

「…あ、べつに、その、いるだけって意味じゃなくね?」

沖田は言葉が足りなかったと後悔して、とってつけたように弁明した。

「…ありがと」

ゆうはなにやら複雑なみを浮かべて礼を言うと、勝手口から出ていってしまった。



さて、そろそろ読経どくきょうも終わりに近づいたころ。


秀二郎が湯呑ゆのみをのせた盆を持って、近藤たちのいる帳場ちょうばへ顔をだした。

「ごくろうさまです。お茶でもどうぞ」

芹沢はあいかわらず子どもたちにわれるまま、絵を描いている。

秀二郎はその様子におどろいて、

「子どもには人気にんきあるんやなあ。ちょっと、見方みかたが変わりましたわ」

と小声で近藤に打ち明けた。

「たしかに。子どもたちには、あの人の本質が見えているのかも」

近藤も芹沢の無邪気むじゃきな笑顔につられてほおがゆるむ。

しかし、やがて出棺しゅっかんの時間が近づいて、子供たちが行ってしまうと、芹沢はまた思いつめた顔で黙り込んでしまった。



ずっとシオれていたはずの芹沢が、またひと騒動そうどう起こしたのは、よりによって、その出棺しゅっかんの段になってからだった。


「おいおい待てよ、おまえら!左手でヤリを持つなんてほうがあるか!」

野辺送のべおくりの行列が通りかかると、ひつぎを囲むようにやりをもつ男たちを見て、声を荒げたのである。

とうとう、平間重助の危惧きぐが現実になったわけだ。


怒声を聞きつけた喪主もしゅの源之丞が引き返してきて、困り顔で説明をはじめた。

「ここいらでは、昔っから葬列そうれつのときは左手でやりを持つゆうしきたりがありますのや」

馬鹿バカげてる!もしだ。いいか、これは仮定の話だが、もしそんな伝統があるんだとたら、あんたたちはそのおかしな伝統をあらためるべきだ」

芹沢は急にいつものわがままを発揮はっきして、無理難題むりなんだいを吹っかけた。

八木源之丞も村の長老として、衆目しゅうもく面前めんぜんでずっと守られてきた慣習かんしゅうを曲げるわけにいかない。

「いいえ!水戸ではどうか知りまへんけど、うちとこではこれが正しい作法なんどす!」

「分からず屋だな、あんたも」

「芹沢❘先生せんせこそ!」


近藤が割って入り、

「まあまあ、芹沢さん。不幸があったときにヤリを反対の手に持って死者を送るというのも、ありそうな風習じゃないですか」

そう取りなしたが、芹沢は聞く耳など持たない。

「うるせえな!てめえは引っ込んでろ!八木さん、ヤリを持つのは右手だ!」

ところが源之丞も意固地いこじになって、返事もしないまま葬列そうれつとともに行ってしまった。


芹沢は信じられないといった顔で近藤を振り返り、源之丞の後ろ姿をした。

「おい今の見たか?無視だよ!無視しやがった」


近藤はやれやれと首を横に振り、自らも葬列に続いた。

そして長男の八木秀二郎に追いつくと、

「ちょっと見直したそばからこれだ」

と苦笑いして、また小さくかぶりを振った。

「そやけど、妹のことおもうてくれはったんやろし。父も少し元気が出たみたいやさかい、今日のとこは大目おおめに見ときますわ」

秀二郎は意外にも寛大かんだいなところをみせて、さびしげに微笑み返した。



だが、こうした芹沢の横暴おうぼうな振る舞いこそ、浪士組にとって最も重大な懸念けねん事項だった。

土方歳三が、わざわざ葬儀を欠席してまで御幸町みゆきちょうに出かけた理由も、井上松五郎を頼って、芹沢鴨の専横せんおうを封じる策をるためである。


すなわちそれは、浪士組の主導権をひとり近藤勇が掌握しょうあくすることをも意味していた。


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