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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
131/404

魑魅魍魎、跋扈 其之参

藤堂は胸をそらし、見栄みえを切るように両手を水平につきだした。

「お騒がせしてすみませんねえ、皆さん。いやご安心を。我々は浪士組です!」

永倉はツカツカと藤堂に歩み寄って、その後頭部を平手で打った。

「あイテ!」

「どんだけケンカっぱええんだテメエは!」


そのとき、最後に残った浪士が永倉の背後で上段に振りかぶった。


永倉はそれを予見よけんしていたように頭を下げると、

藤堂が真正面にある男の顔面にこぶしを叩き込んだ。

「くらいな!試衛館しえいかん仕込じこみのケンカ殺法さっぽうだ」

前歯まえばの折れるイヤな音がして、

浪士は刀を構えたままその場にくずれた。


「そのナントカ殺法って、おまえ、近藤さんに断りもなく、あっちこっちで妙なあおり文句をれまわってんじゃねえだろうな?」

永倉は首をすくめたまま、上目遣うまめづかいに藤堂をにらみつけた。


浪士四人をあっという間に倒した藤堂は、肩で息をしながら着物のすそはたいた。

「ハ!何だおまえら、口ほどにもねえな。不逞浪士てな、みんなこの程度か?もっとこう、なんてか、さらに不逞ふていな感じのヤツはいねえのか!ああ?!」

永倉はとうとう藤堂の口をツネリあげて、耳元で怒鳴どなった。

「もう誰も聞いちゃいねえよ!てめえのせいで天然理心流てんねんりしんりゅうの品位もガタ落ちだろうぜ!やり合ってるときくらい、口をつぐんでやがれ!このおしゃべり野郎!」

「ひててて、ふひはへん!」



ようやく落ち着きを取り戻した藤堂は、折り重なって倒れる浪士たちをまたいで、入り口でだらしなく伸びている男を助け起こそうと歩み寄った。

「ほら、おじさん、大丈夫かい?」

「う~ん」

うなる中年男に手を貸しながら、藤堂は手近てぢかな不逞浪士を踏みつけた。

「オラ、おまえらも立てよ!立ってこの人に謝れ!」

「バアカ!この酔いつぶれてんのが不逞浪士の親玉おやだまだよ!」

「え?」

「ちっ、芹沢さんから聞いちゃあいたが、ホ~ントにいやがったよ」

中年男の赤ら顔をのぞき込むと、永倉は忌々(いまいま)しげに毒づいた。

彼にとっては、神道無念流しんとうむねんりゅうの大先輩にあたる男。

これはまぎれもなく、仏生寺弥助ぶっしょうじやすけだ。


藤堂は、えないで肩の中年男と永倉の顔をいぶかしげに見比べた。

「マジかよ?このおじさん、ずいぶんハラが座ってんなあ。かなりへばっちゃってるけど、んじゃ失礼して、やっちゃっていいスか?」

永倉はガラにもなく慌てて藤堂の胸板むないたを押し戻す。

「よ、よせ!」


藤堂は驚いて永倉を振り返った。

「なに?」

「おめえなあ、あとさき考えず突っ込んでくその性格をなんとかしねえと長生きできねえぞ?」

藤堂平助は、この無鉄砲むてっぽうな性格から、のちに「魁先生さきがけせんせい」というあまりありがたくない渾名あだなで呼ばれることになるが、この時も、永倉の忠告を一笑いっしょうした。

「大丈夫、まちがっても、永倉さんにケンカ売ったりしねえよ。こう見えて相手を見る目には自信あるんだ」

「は!どーだか」


永倉が吐き捨てるのを聞いて、中沢琴は思わず苦笑くしょうらした。

敵をあなどるなかれとさとす当の本人が、今まさにその力量を値踏みされていることに気づいていない。

琴は、知る限り最強の剣士、仏生寺弥助に対して、永倉新八という底の知れない男がどう出るのか、部屋の片隅から興味深くなりゆきを見守っていたのである。


ところが。


「久しぶりだな。仏生寺さん」

琴の期待に反して、永倉は親しげに話し始めた。

拍子抜ひょうしぬけすることに、二人には面識めんしきがあるらしい。

「やあ、永倉先生」

仏生寺は呂律ろれつの回らない口調でおうじると、なんとか片手をあげてみせた。

永倉は両手を腰にやって、あきれ果てたように小首をかしげた。

「先生はよせよ。まあったく、相変わらずだな」


藤堂もさすがに驚いて、壁に寄りかかって立つ男の顔をまじまじと見つめた。

「まさか、このおじさんも知り合いなんスか!?」

練兵館れんぺいかん同門どうもんでな。仏生寺弥助といって、ただの酔っ払いにみえるかもしれんが、その実、かなりおっかない男だぜ」

「そりゃあ、是非ぜひともお手合わせ願いたいね。なにせ、お仲間はあまりに歯ごたえがなくて」

向こう気の強い藤堂は、ひるむ様子も見せない。

仏生寺は勘弁かんべんしてくれと手をヒラヒラ振ってから、あらためて辺りを見回し、荒れた店内とそこかしこに倒れる仲間たちに顔をしかめた。

「…あ~あ、ひどいなこりゃ。ぜんぶ君がやったの?」

藤堂は、その問いを無視して、なおも挑発ちょうはつを繰り返す。

「つーか、ぶっしょーじって、それ本名?」


仏生寺の恐ろしさを知る永倉は、藤堂をかばうように前に立つと念をおした。

「分かってると思うが、悪いのはあんたらの方だぜ?」


「ん~、経緯いきさつは覚えてないが、多分そうなんだろうな。何故なぜって、つまりその、こういう場合、大体だいたいにおいて悪いのはいつもわたしなんだ…」

そこで仏生寺は眠そうな目をしたまま頭をかきむしり、

「まあ、いいさ。死んでなきゃ、そのうち目を覚ますだろ」

と投げやりに言って、また床にへたり込んだ。


「島田さんといい、永倉さんってムサ苦しい男にやたら受けがいいっスね」

口のらない藤堂を、永倉は部屋のすみまで引っ張って行った。

「いいか?死にたくなきゃ口をつぐんでな。あいつは、島田とちがって若輩者じゃくはいもんにだって優しくねえからな」


不服げに口をとがらせる藤堂を尻目しりめに、永倉は仏生寺のところに戻って道理どうりを説いた。

「お仲間をゆっくりおネンネさせてやりたいなら、店にちゃんと金を払うんだな」

仏生寺はしばらく永倉の顔をジッと見つめていたが、しぶしぶふところから一両を取り出し、板の間の床に置いた。

おびえ切っている店の主人は金に近づこうとすらしない。


手痛ていたい出費だな。実はちょいと前に清河八郎をり損ねちまってね。今は仕事を干されてる」

酔った勢いか、仏生寺は人目もはばからず暗殺未遂さつじんみすいを公言した。

永倉と藤堂は、奇妙な偶然に顔を見合わせた。

つい最近、自分たちも全くおなじ失態を経験している。


「清河というのは、あれは悪運あくうんの強いやつだよ」

「まったくだな」

永倉は口のはしを無理矢理持ち上げて笑顔を作った。


「ま、そんなわけでさ。お恥ずかしい話、今は昼間っから酒を飲むくらいしかやることがない。あんたたちは忙しそうでうらやましい」

仏生寺は相変わらずトロンとした目つきでそうなげくと、徳利とっくりの口を逆さにしてめた。


「え?あ、ま、まあな。おかげさんで、こっちはなんとか順調にやってるよ。なあ?」

永倉は虚勢きょせいを張って、藤堂に同意を求めた。

気の利かない藤堂は、とてもそうは思えないと肩をすくめる。

永倉は決まりの悪さをごまかそうと話題を変えた。

「芹沢さんも一緒だぜ?あ、そうか。あんたは知ってたんだっけか」

「ああ。近いうち、顔をだすと芹沢にも伝えておいてくれよ」

仏生寺は徳利とっくりを床にトンと置いて、よろめきながら立ち上がると、仲間を置き去りにフラフラと出口へ向かった。

永倉は複雑な表情で、その背中に告げた。

「…ああ。きっと喜ぶよ」


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