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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
121/404

借金取りを追い払う方法 其之弐

沖田は山南の背中を押した。

「今のうちに行きましょう」

「そ、そうだな」

山南は気不味きまずそうに頭をきながら井上の前に出ていった。

「井上さん、ご苦労をお掛けします。あの…今のは?」

「酒屋ですよ。芹沢さんがツケでどんどんタルを届けさせるので、えらいことになってまして」

井上は途方とほうにくれた様子でかぶりを振った。


「あの人、外で飲んで帰ってきて、ここでまた飲んでるんだもん。そりゃツケもたまるよ」

沖田が溜息ためいきをついたところへ、まるでタイミングを見計みはからったように、昼間から酒の匂いをただよわせた芹沢鴨が帰ってきた。

「きたよ、元凶げんきょうが」

沖田は小声で、井上に耳打ちした。


芹沢は彼らの気も知らず、すっかり上機嫌だ。

「いよう、山南先生!お出かけかい?」

話し掛けられた山南は呆れ顔を隠そうともしない。

「ええ。ちょっと見回りに行ってきます」


沖田の方は、山南のように態度だけで不服を申し立てる謙虚けんきょさは持ち合わせていない。

「芹沢さんは(京都守護職の)本陣ほんじんからお帰りですか。またずいぶん小洒落こじゃれ格好かっこうをしてるじゃないですか」

チクリと、嫌味イヤミを言った。

ところが、芹沢はその言葉でさらに気分をよくしたらしい。

真新まあたらしい紋付もんつき襟元えりもとをつまんでニコリと笑った。

「ああ、これ?こないだ見回りで山名町に行ったときにな、菱屋ひしやであつらえた。いいだろ?」

沖田はゲンナリして、また井上の耳元にささやいた。

「だめだ。皮肉ひにくも通じない」


しかし、井上の不幸はここで終わらなかった。

借金取りはつるべ打ちでやって来る。

「ごめんやす」

玄関先には、また商家しょうか手代てだいらしき男が立っていた。


「ほら、山南さんがまたモタモタしてるから、次のが来ちゃった」

沖田が横目で山南をにらむ。

怒りたいのは山南の方だったが、井上の手前、もちろん口には出せない。


菱屋ひしやの使いのもんどす。芹沢先生は居たはりますか」

たった今しがた話題にのぼった呉服ごふく屋である。

芹沢はとたんに不機嫌な顔になって、

「芹沢は俺だが?」

と目で威嚇いかくした。

「こ、これはどうも。毎度ご贔屓ひいき頂きましておおきに、ありがとうございます」

手代てだいは、柔らかい物腰ものごしで頭を下げた。

芹沢は鷹揚おうように「ああ」とうなずいてみせる。


「早速なんどすけど、こないだお買い上げ頂いた皆さんのおし物のお代を頂戴(ちょうだい)にあがりました」

「あれはけとけと言ったはずだが?」

「はあ、確かに主人からも、そのように(うこご)うとります。ただ、芹沢先生を信用せんわけやおへんけど、かなりお高いお買い物どしたやろ?一見(いちげん)さんの場合、うちもあんまり長うツケとくう訳にもいかへんさかい、あんじょうお願いしてきなはれと主人が申しまして」

手代てだいはどうやらヤリ手の集金人らしく、抜かりない目つきで芹沢の顔色をうかがっている。

しかしこうした取り立てに場慣ばなれしているのは芹沢も同じだった。

一見いちげんとはなんだ、何着も買ってやったろうが?たった今、お前さんも毎度おおきにとか言ったよな?」

と、相手の出鼻でばなをくじくようにおどしを入れた。

「あ、あれは挨拶あいさつみたいなもんどすがな…」

げ足を取られてオタオタする手代てだいを見て、芹沢は自らの鮮やかな手並みをほこるように仲間を振り返った。

ところが、期待したような反応は得られず、一同からは冷ややかな視線が注がれている

「…な、なあんだよ、その眼は?だって、俺だけって訳にはいかねえだろ?新見とか平間も一緒に買ったんだよ」

芹沢もさすがにめられているのを察したようで、心外しんがいそうに目をそらした。

「ふうん…」

沖田は胡散臭うさんくさげにその横顔を眺めた。


「まあまあ、あの~、うちはお代さえ頂ければよろしおすさかい…」

手代てだいは場の雰囲気を読んで、少し望みが出てきたと思ったらしい。

だが、それとこれとは別というか、とにかく芹沢はそれほど甘くはなかった。

「悪いが今は払えねえ。てえか、ないそでは振れん。ま、月末には金が入るから心配すんな」

さすがにこうストレートに切り返されては手代てだいにも機転きてんの利かせようがない。

「けど、わたしも主人からようわれてますのや」

仕方なく泣き落としにかかると、芹沢はなおも開き直った。

「だから払わんとは言ってねえだろ!それとも何か?あんたらには京都守護職きょうとしゅごしょくあずかる会津藩の看板じゃ、まだ信用が足りねえってのか?」

「そ、そないな、滅相めっそうもない」

手代てだいは見ているのも気の毒なほど狼狽ろうばいして、激しく手を振った。

「もしそうなら、主人が直接ここまで金を取りに来いと言っておけ!」

芹沢は大声で怒鳴どなると、大鉄扇(てっせん)を投げつけた。

足元にその鉄のかたまりが突き刺さるのを見て手代てだいふるえあがり、転がるように逃げ出した。


「分ってくれてよかったぜ~!主人によろしくなあ!」

芹沢は走り去る手代てだいの背中に追い討ちをかけると、愉快ゆかいそうに井上の背中を叩いた。

「フフン、井上さんよ?ハエはこうやって追っ払うんだ」


手こずっていた前川邸借り上げの問題を芹沢に片づけてもらった井上源三郎にはい目がある。

またしても借りをつくるような形になったが、そもそもの原因は芹沢にあるのだから、恩を着せられるような謂れ(いわれ)はなかった。

「いやどうも。何と言ってもあたしゃ多摩の田舎者いなかもんでしてね。いろいろ勉強になりますよ」

井上は口をへの字に曲げてみせる。


沖田は気の毒そうに井上の肩に手をおいて、

「まあまあ、そのうち台所事情も楽になりますよ」

根拠こんきょのないなぐさめを言ってから、山南に向き直った。

「んじゃ、我々もそろそろ出かけましょうか」


山南はけわしい表情で土間に突き刺さった大鉄扇だいてっせんを引き抜いて芹沢に手渡した。

無言できびすを返す山南を、芹沢がニヤニヤとながめる。

「ああ、そうだ。山南さん」

山南が振り返ると、芹沢は鉄扇で自分のそでのあたりを指して、

「あんたのここ、穴が開いてるよ」

とほくそ笑んだ。

「え?」

山南はあわてて片腕を上げ、自分のそでのぞき込む。

「そっちじゃない、反対の方。アハハ、晴れて会津お預かりが叶ったんだ。俺のやり方にならって井上さんの兄貴に負けない服をあつらえな。あんたらも身なりくらい気を使わねえとな」



山南は、あわせのそでいじりながらノロノロ八木家の門を出た。


空模様そらもようはまだ怪しいが、いつの間にか雨は上がっている。

いらなくなった傘を門の脇に立てかけた拍子ひょうしに、山南は袖口そでぐちに空いた穴をようやく見つけた。


「あ」

思わず声をらして立ち止まる。

「…それにしても暑くなる前に単衣ひとえをもう一着くらい都合したいもんだな」


雨が止んだとたん外へ遊びに出てきた八木家の次男坊が、その様子を見てクスリと笑ってけていった。


先を行く沖田は、そでの穴に指を突っ込んでブツブツ言っている山南をき立てた。

「山南さん!そんなとこで突っ立ってたら、また借金取りに捕まりますよ!」

「やれやれ、これじゃあ町で金払いのいい長州の株が上がるわけだ」


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