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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
113/404

都忘れの花 其之弐

「じゃあ山南さん。留守中のこと、頼みます」


坊城ぼうじょう通りに面する八木家の門前。

ぶっさきの羽織はおり菅笠すげがさをかぶった近藤勇がふり返って、ニッコリと笑った。


頭の中で中沢琴の捜索そうさく算段さんだんしていた山南は、その声で現実に引き戻された。

「…あ!ああ、いや、船着場ふなつきばまでお見送りしましょう」


もうひとりの局長 、新見錦が鼻を鳴らす。

「ふん、大げさな。早ければ日帰りの仕事だ」

商家から金を借り受けるなど雑作ぞうさもないと高をくくっているようだ。


だが、土方歳三は、今回の下坂げはん(京から大坂に行くこと)を現地調査の機会と捉えていた。

「一日くらい大坂の様子をゆっくり見てまわるのもよかろう」

たしかに多くの人間が船で出入りする大坂の情勢は、京の治安に直結している。


土方の意見なら何でも曲解きょっかいしたがる新見が、また難癖なんくせをつけた。

「こうしてるあいだも京では攘夷派が暗躍あんやくしている。金を無心するために都を留守にするなど、本末転倒ほんまつてんとうではないか?」


新見錦という男は、こと謀略ぼうりゃくにかけてはずいぶん熱心に策をったが、お世辞にも勤務態度が良いとは言えなかった。

ふと居なくなったきり、数日戻って来ないこともしばしばで、お務めに関しては芹沢鴨のほうがまだマシと言ってもよいくらいである。

だから、こうした筋の通った言い分も、どこか空々しく聞こえる。


土方は、相手をするのも億劫おっくうという風に天をにらんだ。

「ずいぶんお役目に熱心だが、であれば、今後、上方かみがたで勤めを果たすには、地理に通じることも肝要かんようとお分かりのはず。もう、しがない浪人集団だった頃とは違うんだ」

「ふん、一端いっぱしのことを言うようになったものだ。浪人とは主家しゅかをもたぬサムライを指す。ぞろぞろと連れ立って金の工面など、まず町人あがりの考えそうなことじゃないか」

土方は、新見の皮肉ひにくを軽くあしらった。

「俺たちがやろうとしてんのは、しょせん押し借りまがいの金策きんさくだぜ?どっちにしろ武士のやるこっちゃねえ。ま、ならず者同士、仲良くやろうや、ご同輩」



筆頭局長ひっとうきょくちょう芹沢鴨は、同じ水戸派の新見がやり込められるのを見て、じれったそうに口をはさんだ。

金策きんさくなら、俺と新見がいりゃ事足りる。イヤなら、お前と近藤さんはこっちに残りゃどうだい」


土方としては、いくら都の外とはいえ、この二人に大坂で好き放題やられてはたまらない。

発足ほっそくしたばかりの壬生浪士組は、いまが一番大切なときなのだ。


隊務そっちの方は、山南さんが上手くやってる」

土方には、隊内の動きすべてに目が行きとどく不思議な才覚さいかくがあった。

彼が殿内派の追い落としに集中できたのも、山南が職務の穴を埋めてくれているのを知っていたからこそだ。


新見錦が冷ややかな目で門の方を見やった。

「どうだか?またぞろ女にかまけてるんじゃないのか」


大坂行きに同行する沖田総司は、下らない言い争いをウンザリしながら聞いていたが、新見の視線を追って、のんびり後ろをついてくる山南に気付くと、さりげなく歩み寄って耳打ちした。

「いいんですか?言われてますよ」

心ここにあらずの山南は、不思議そうに沖田の顔を見た。

「なにが?」

「なにがって。本当にどうしちゃったんです?ここんとこ変ですよ」

「…別に」

山南は、あいまいな笑みで言葉を濁す。

「何をそんなに悩んでるんです?あーそっか!アレだ?お琴さんとケンカしたから?」


図星ずぼしをつかれた 山南は、あからさまにあせりを見せた。

「どうして…!」

沖田の満足そうな顔を見て、山南はカマをかけられたことに気付き、すぐ情報源に思い当った。

「…まったく!井上さんのおしゃべりにも困ったもんだな」

「せっかくお琴さんが京にいるんだから、さっさとヨリを戻しゃいいのに。まだ好きなんでしょ?」

「やめてくれ。あれは、痴話ケンカのたぐいじゃない」

「ふうん」

沖田は、なおもニヤニヤしながら山南の表情をうかがっている。

居心地いごこちの悪さに、山南はとうとう降参こうさんして、沖田の耳元に小声でささやいた。

「…わかったよ。白状すれば、確かにまだ彼女に想いを残しているのかもしれん。だが、それでどうなる?彼女には帰るべきところがあるし、私は京を離れられない。答えは考えるまでもなかろう?」


沖田は、山南の生真面目さに閉口へいこうした。

「…山南さんが、いずれ利根に迎えに行くと約束すれば、お琴さんも大人おとなしく帰るんじゃないの?」

山南は大げさにまゆをしかめて沖田をにらんだ。

「おとなしく?本気で言ってるのか?彼女が?」

そう問い詰められると、沖田も意見を変えざるを得なかった。

「…い、いや…そうだなあ、お琴さんは確かに美人だけど、山南さんにはもっと相応ふさわしい人がいるのかも。こう…なんていうか…無害な感じの」

この様子では、清河八郎と琴の関係までは知らないらしい。

「ことは、そう単純じゃないんだ」

山南は、そう言うにとどめた。

が、ハッとして、

「私がお琴さんと会ったことを、あと誰が知ってる?」

と尋ねた。


「たぶん、試衛館しえいかんの人間はみんな」

沖田はまたニコニコして応えた。

「つまり、原田さんも知ってるんだな」

「みんなってことは、原田さんもですよ」

山南はゲッソリして、辺りを見回した。

「…不味マズいぞ。早々に口どめしとかなきゃ…原田さんは?」

「この時間なら、母屋おもやで飯を食ってますね」


山南は、苦り切った顔で八木家の門を振り返った。

「…どんなに忙しくても日課を変えないひとだな」


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