表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
109/404

行き止まりの道 其之肆

八木家の勝手場かってばでは、中村小藤太なかむらことうた殿内義雄とのうちよしお遺品いひんを渡したいと申し出ていた。

「こちらにお届けしたら、殿内せんせのご親族しんぞくの方に届けてもらえるんやないか思いまして」

原田左之助が、中村の手にしている風呂敷包ふろしきづつみを指さした。

「ひょっとして、それかい?」

「昨日の朝方に一切合財いっさいがっさい、荷物もっていかはったみたいやさかい、こんなもんしか残ってへんのどすけど」

中村小藤太は申し訳なさそうに言って、包みをいた。

紋付もんつき羽織はおりが一着、その上にべっこうかんざしがのせてある。


土方歳三は羽織のはしをつまみ上げて口元をゆがめた。

「そろいで作った紋付もんつきか。そういや狂言きょうげんのときも殿内と家里は着てなかった」

永倉新八はそちらを見ようともせず、メシをかき込んでいる。

「あいつ、それにそでを通したら俺たちを認めることになると思って意地いじを張ってたんだろうぜ」

「これは?」

原田がべっこうのかんざしを手にとった。

「かんざし?殿内が?」

永倉は原田の手からそれを奪い取ると、しげしげながめた後、中村の顔に視線を移した。

「へえ。根岸ねぎし先生らもらへんようになってもうて、一人部屋どしたさかい、殿内さんの忘れもんや思います」

「誰かにやるつもりだったんかね」

原田がニヤリと笑う。

「大きな娘さんがいはるような歳でもおへんし、ええ人か、奥方おくがたにでもあげはるつもりやったんとちゃいますかいなあ」

中村小藤太は腕組うでぐみをして、八木雅と顔を見合わせた。

「ちぇ、やることはやってやがったんだな」

土方は憎まれ口をきいたが、その表情は複雑だった。



中村小藤太が帰っていくと、八木雅は台所の作業台に残されたかんざしを見てため息をついた。

「なんや、切ない話やねえ」

「…ただのスケベ野郎の忘れものですよ」

土間に立つ土方は、かまどに腰をあずけたまま舌打ちした。

その辛辣しんらつ物言ものいいに永倉新八がみついた。

「あんたが言うな!」

「おまえもな!」

二人が額をつき合わすようにしてにらみ合っていると、原田が調子っぱずれの声で歌いはじめた。


「♪土佐の高知のはりまや橋で、ぼうさんかんざし買うを見た…か」


「なあんだよう。そのすっとぼけた唄は」

永倉が原田をにらんだ。

「急に思い出したんだ。ガキのころ流行はやっててな、意味も分からず口ずさんでいたが、坊主でも恋に落ちるって歌さ。殿内だって女くらい好きになんだろ」

「け!くっだらねえ。下世話げせわうたのたぐいだろ。マユツバもんだ」

ニヒリストの土方ははなにもかけない。

「あ?なんだなんだ?疑ってんのか?!この唄に出てくる坊主ってのが土佐を追放になって、うちの近所の寺子屋てらこやで教えてたんだからな!つまりおれぁ本人から直接経緯(いきさつ)を聞いたんだからまちがいねえ!本当だぜ!」

「ああ、はいはい、おまえが言うなら本当だろうとも」

そう言って原田をなだめたのは、外から帰ってきた井上源三郎だった。


井上に続き、山南敬介が勝手口から姿をあらわす。

「ただいま帰りました。おまささん水を一杯ちょうだいできますか」


とたんに原田が身を乗り出した。

「あ!山南さんいいところに!聞いて聞いて!俺がガキのころにさ…」

が、そこで気を効かせた井上が、しつこく食い下がる原田の後ろえりをつかんだ。

「おもてに入隊希望者がきてたぞ。たまにはおまえが相手してやれ」

「ムキー!あ、おい!おいってば!…ぉ~ぃ!」


原田が引きずられていって台所が静かになると、土方が山南に向きなおった。

「近藤さんと奉行所に行ったんじゃなかったのか」

「ひとりでいいと入り口で追い返された」

山南は自嘲的じちょうてきに言って柄杓ひしゃくの水を飲み干した。


永倉は壬生菜みぶな漬物つけものをつまんで神妙しんみょう面持おももちでながめていたが、ふと思いついたようにつぶやいた。

「…近藤さんは、山南さんの時間を無駄むだにしちゃ悪いと思ったんじゃないかねえ」

なにやらふくみのある言い方に、土方がうんざりした顔で振り返る。

「…なんだと?」

「なにね、人生は短いって話さ。虎は死して皮を残すとか言うが、殿内がこの世に残せたのはたったこれっぽっちだ」

永倉は羽織はおりかんざしをあごでしゃくった。

土方は山南と目を見合わたあと、理解できないという風に首をふった。

「そうかよ。今朝はとてもそういう感傷的かんしょうてきな気分にはなれなかったんで、そんなこと考えもしなかったな」

二人は奇妙な沈黙のなか、視線を交錯させた。


「あ、あ、おばさん、それまだ片付けないで。おれ食うから。」

突然、永倉が腰を浮かして声をあげた。

「もう!いつまで経っても台所が片付かんわ。そろそろお昼の用意せなあかんのに」

まさ御浸おひたしを入れた小鉢こばちを荒っぽく置き、洗い物を中断して勝手口から出て行くと、永倉はかんざしのはしをもって土方に振って見せた。

「…しかし、あんたはこいつも感傷かんしょうと切り捨てるのかい?確かに一人、昨日までいた人間が減って、そいつにはこれを渡すはずだった相手がいたって証拠だ」

土方は、永倉が腰掛こしかけているかまちに片手をつき、耳元に顔を寄せた。

「だからなんだ?不満があるならはっきり言え。それとも、黙って俺を斬りてるか?」

しかし永倉もそれしきのおどしに動じる男ではない。

「ここで俺が騒いだところで死んだ仲間は生き返りゃせんさ。ただ、あんたを斬るかどうかは、これからのあんた次第だ」

土方にそう囁き返すと小鉢こばちのほうれん草を平らげ、台所から出て行った。



山南敬介は腕組みをしたまま黙ってなりゆきを見守っていたが、永倉がいなくなると土方にたずねた。

「今回の件は近藤さんや芹沢さんも了承りょうしょうのうえだ。なぜそう釈明しゃくめいしなかったんです。永倉さんは身内なんだから、別に隠しだてすることもないでしょう」

土方は不機嫌ふきげんな顔で振り返った。

「俺と近藤さん、どっちがやったにせよ、なんの違いがある?このまま、近藤さんにばかりよごれ仕事や嫌われ役を押し付けてろってのか」

そのこたえを聞いて山南はかすかに微笑ほほえんだ。

「どう転んでも結果は同じだった。たぶん、永倉さんもそれは分かっている」


たしかに、先ほどのやり取りは、れ合いを嫌う永倉の精一杯せいいっぱいの歩み寄りだったのかもしれない。

だからといって、土方はこのさき、手をゆるめるつもりなどなかった。


山南がはなれに帰っていくと、土方は勝手口に向かって誰にともなくつぶやいた。

「ま、ご期待にえるよう、せいぜいがんばりまっさ」

戸口に水桶みずおけを持ったゆうがひょっこり顔を出し、土方をにらんだ。

「そのテキトーな関西弁、なんやイライラするわ!」



殿内が死に、粕谷が去り、その日、壬生浪士組からまた一人、家里次郎が姿を消した。


芹沢鴨は、粕谷新五郎の失踪しっそうを驚くほどあっさりと受け入れた。

同じ水戸出身で、真のリーダーとしての資質ししつと実績をあわせもつ粕谷は、芹沢にとっても目障めざわりな存在だったのかもしれない。


一方の近藤勇はついに修羅しゅらの道へ足を踏み入れ、

そして土方歳三もまた“鬼の副長”と呼ばれた冷酷れいこくな指揮官へと変容へんようしつつある。


ここに、新選組第一期体制とも呼ぶべきものが確立した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ