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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
101/404

女たち 其之壱

※グリマーツインズに捧ぐ。うそだけど。

藤堂平助が祇園ぎおんの茶屋をけずりまわった甲斐かいもあり、なんとか宴席えんせきの段取りも整った。

日も暮れるころ、会津藩士、壬生浪士組ら京都を守護する同志一行は、つれ立って祇園ぎおんの茶屋(ここでいう茶屋とは、いわゆる“お座敷”をもつ店のことで、酒を提供し、芸妓げいぎが客をもてなす場所)へ歩いていた。

もちろん、その中には殿内義雄とのうちよしお家里次郎いえさとつぐおもいる。

そして何故か、隠密おんみつの行動をとっていたはずの沖田総司の姿があった。



壬生狂言みぶきょうげんのさなか、八木邸で沖田と落ち合った土方歳三は、こう耳打ちした。

宴席えんせきは、祇園ぎおんの茶屋に変更だ。文字通り河岸かしをかえる」

「はあ?で?」

沖田は拍子ひょうし抜けしたように問い返した。


「殿内が荷物をかくしたのは加茂川の西なんだろ?祇園はその反対、つまり橋のむこう側だ。この意味がわかるか?殿内が今夜どこへ向かうつもりだろうが関係ねえ。奴は荷物を取りにもどるためにイヤでも四条大橋を渡らなきゃならんてことだ」

土方はゆっくりと、その言葉が沖田の頭にみ込むのを待った。


「そこをわたしと粕谷かすやさんではさちにしろってことですね」

沖田はその意図を汲んで、なにか、名状めいじょうしがたい興奮をおぼえた。

土方は無言でうなずき、そして念を押すように沖田の目をじっと見つめた。

「ただし、いいか?ここが肝心かんじんだ。仕留めんのは、お前じゃなきゃダメだ」

沖田は一刻も早くこの憂鬱ゆううつな話を切り上げたい。

「…了解しましたよ。じゃ、わたしは持ち場に戻りますね」

ふてくされながらもそう答えて、門の方に向き直った。


しかし土方は、まだ話は済んでいないとばかりに追いすがった。

「おい、ちょっと待て。お前も最初くらい酒席しゅせきに顔を出すんだ」

「冗談でしょ!今日これから初めて人を殺すってときに、酒なんか飲む気分になれませんよ」

沖田はめずらしく感情的になって、土方につっかかった。

しかし土方の答えは、あくまで冷徹れいてつだった。

「静かにしろ!おまえの気分は関係ねえ。殿内が殺された後になって、お前が宴席えんせきにいなかったことを誰かが思い出したら、面倒めんどくせえことになる」

「…あいかわらず悪知恵わるぢえだけは働きますね」

そそくさとその場から立ち去ろうとする沖田の長い後ろ髪を土方が引っ張った。

「今日はその軽口かるくち勘弁かんべんしといてやる。ただし、飲みすぎんな」

「ちぇ、原田さんじゃあるまいし。じゃ、わたしは一杯ひっかけてから合流するって粕谷さんに断ってきますよ」

捨て台詞ぜりふを吐くと、沖田は土方の手を振り払って柳屋旅館へ向かった。


…とはいえ、まさか「自分一人が嫌疑けんぎを逃れるため宴席に出る」などとありのままを打ち明けるわけにもいかない。

粕谷には自分が店内との連絡係をつとめると苦しい言い訳をしてごまかした。

それで粕谷が納得したかどうかはともかく、いずれにせよそんな些末さまつな問題など、今の彼にはどうでもよかった。



とにかく、そうした訳でいま、土方と沖田は夜の四条大橋を歩く一行の最後尾で肩を並べている。

沖田は、あと数刻すうこくもしないうちに、この場所で、目の前を歩いている殿内義雄を殺すのだと自分に言い聞かせていた。


そして、頭をもたげる恐怖から逃れようと、土方に話しかけた。

「それにしても、モメるのが目に見えてるのに、なぜ本多さんたち(会津藩士)を呼んだんですか」

土方はとぼけた顔で応える。

「今日は会津藩の接待だ。主賓しゅひん抜きで飲むなんて、それこそ変だろ」

「ごまかさないでよ。じゃなくて、なんでそんな日にややこしい話をするのかって聞いてるんですよ」


そもそも、宴席えんせきに会津藩士たちを招待したのは新見錦の発案だった。

彼らが同席すれば、幕府の後ろ盾を誇示する殿内たちに対して牽制けんせいになると踏んだのだ。

なんといっても、現在の浪士組は会津藩のあずかりであるし、その会津が芹沢や近藤を局長として認めているのだから。


つまり、新見はまだ話し合いによる決着の線を完全には捨てていなかったことになるが、ここが彼の甘さであり、土方との決定的な差とも言えた。



だが計画というものは、得てして思い通りに運ばないものだ。

さすがに会津藩士たちも、そう都合よく新見の手のひらで泳いではくれなかった。

四条大橋を渡り、まもなく祇園ぎおんに着こうという頃になって、急にリーダー格の本多四郎ほんだしろうが宴席への出席を固辞こじし出したのだ。


「いいがらし。ご馳走ごっつぉはいだますけんじょ、仕事があっがら帰んねど」

あわてたのは新見錦である。

「本多様、ここまで来てそれはないですよ」

「こっちゃさ来だのは、黒谷ぬ本陣ほんじん(会津藩の京における拠点)へけえる道と同ずだがらし」

「ま、まあ、そう言わず。みな、京都守護職きょうとしゅごしょくのお役目について本多様のお話を聞きたがっております」


酒に未練みれんのあるらしい佐久間という会津藩士が、とり成すように本多の顔をのぞきこんだ。

「なじょすんべ。せっかぐこんだげ誘っでくっちぇんのに、行がねのかし?」

しかし、なぜか本多の意思は固い。

「にしゃ、しゃべんな!んでねぐ、おんづぐねぇ内輪揉うちわもめさ付き合ってらんにだがらし。りげんじょ、おらたちをダシにしねでくなんしょ」

新見はあおざめた。

「あ、いや決して、そういうわけでは…」

すっかり手の内を見透みすかされた彼は殿内たちの方を気にしながらとりつくろった。


本多は、昼間、屯所とんしょ内で隊士らと世間話せけんばなしきょうじていたときから殿内たちが姿を見せないことに疑念ぎねんを抱いており、浪士組内に流れる不穏ふおんな雰囲気をさっして警戒していた。

その証拠に、殿内は壬生寺に姿を現してからもあくまで不遜ふそんな態度をくずさないし、新見は新見で自分が会津藩士たちと懇意こんいなところを殿内に見せつけようとしているではないか。


目端めはしく本多は、どうやら自分たちは内部抗争の道具に利用されたようだと勘づいて腹を立てたのだ。


「まだ都に来てろぐすっぽ仕事もすねでケンカとは、まあずりごどなし。そったごどおめたちで勝手に話し合えばよがんべ」

二の句がつげない新見を尻目に、本多は身をひるがえした。


「ほんじゃ、ごめんなんし」


「あ、あ、待ってください」

追いすがる新見の肩を近藤がつかんで引きとめた。

「新見さん、ここは私が」

「しかし…」

近藤は山南敬介と土方歳三を振り返り、

「殿内さんの方は頼んだ」

と言い含めると、新見を残して会津藩士たちの後を追った。


いきなりのことに、山南も戸惑とまどいを隠せない。

「そう言われても、弱ったな」

しかし土方の態度は、それとはまるで違っていた。

「逆に好都合だ。どのみち、仲良く飯を食いながら決着ケリのつく話でもねえし、こないだの感じじゃ、あの人もそんなこと分かってるはずさ」

「…以心伝心いしんでんしんというやつか、まったく君たちは」

山南は少しうらやましそうに土方を見て、肩を落とした。

土方はくうを払って顔をしかめた。

「よしてくれ。あんな角ばった顔は好みじゃねえ」


※インチキ会津弁に関するお詫び → …ごめんなさい。

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