169 三浦さんが好きな二次性徴
古文、めっちゃ楽しかった。
「いつまでにやにやしてんだ、鎧戸」
テストが終わるなり、三浦さんがやって来て僕に暴行を加える。
ペンケースでぺちりと。
「えへへ~」
「怖ぇって……」
古文って、素敵だよね。
「日本の言葉って、美しいよね」
「ゲボぶちまけてやろうか、この脳みそハッピーアイスクリーム野郎」
美しい日本語の悪い使用例が滝のように!?
「っていうか、ハッピーアイスクリームって久しぶりに聞いた」
「ウチも、すっげぇ久しぶりに言った」
たしか、同時に同じことを言った時に「ハッピーアイスクリーム」って言って相手の肩を叩くんだよね。
で、速かった方が勝ちで、アイスを奢ってもらえるという、合法恐喝……子供たちになんて恐ろしい風習を……
「本当は怖い日本……」
「この国に対しての好感度、振れ幅エグいな、お前」
それだけ、奥深いってことだよ、この国は。
底が知れない。
「つか、そのにやけ顔今のうちに元に戻しときなよ」
「なぜ?」
「なぜって……キモいからだよ」
日本語って、すごい心抉ってくる。
「こん次、保健体育だから、にやにやしてたら通報されるよ? つーか、ウチがするかも」
「やめてくれる?」
保健体育のテストでにやにやしただけで捕まるの、この国?
怖過ぎるって。
「というか、その保健体育で高名瀬さんに絡んで重めの罰を受けてたのはあの辺の人でしょ?」
と、昨日の勉強会で「高名瀬せんせ~、保体教えてくださ~い、特に二次性徴について~!」「アーシも~! どうやったらそんな爆乳になれるんですか~?」って絡みに行って、魔王高名瀬の逆鱗に触れて、ちょっと目を覆うくらい厳しい罰を受けていたギャルたちを指さす。
偉いもので、あれだけ泣かされるとちゃんと学習するようで、この時間ギャルたちは一切高名瀬さんに話しかけようとしない。
っていうか、視線も向けないようにしてるっぽい。
高名瀬さんみたいな純情な女子にセクハラはしちゃダメだっていうことだよね。
「純情の意味調べてこい」
三浦さんがかっさかさの声で言う。
純情で純粋でピュアじゃない、高名瀬さん。
「おま……あの邪悪な笑顔を見て、よくそんな世迷いごとが抜かせるな」
「じゃ、あく?」
「くっそ、分厚いなぁ、こいつの桃色フィルター!?」
なんか、三浦さんが賑やかだ。
そこへ、高名瀬さんがやって来る。静かに。
「中三の時の保健体育のテストで『女性の乳房が大きくなるのはなぜか』という問題に『彼氏に愛されるため☆』と書いた三浦さん、間もなくテストが始まりますよ。席に着きなさい」
「なんでポーズがそれ知ってんの!?」
「りっちゃん情報です」
「莉奈ぁ!?」
「ん、なに? その時みんなから『お前、彼氏いたことねぇじゃん』って突っ込まれてたミーコ?」
「その口を閉じろぉ!」
そうか、三浦さん、彼氏いたことないんだ。
モテそうなのに。
「三浦さん」
「んだよ、鎧戸!?」
「女性の乳房が大きくなるのは、エストロゲンの分泌が増えるからで、二次性徴の特徴の一つなんだよ」
「知ってるわ! っていうか、昨日嫌ってほど叩き込まれたよ!」
『なぜ』の方向性を間違えていたみたいだね。
「今回の範囲は、三浦さんの大好きな二次性徴と、応急処置、ストレスとメンタルヘルス、あと球技のルールも多少は出るでしょうから気を付けてください」
「誰が二次性徴好きか!?」と憤る三浦さんが、ふと真顔になる。
「あ、アレ、応急処置の、なんだっけ……ほら、アイスみたいな……」
三浦さんが何か単語を思い出そうとして、指を空中にさまよわせている。
あぁ、なるほど。
応急処置で絶対出てくるアレね。
ピンときた僕はその答えを教えてあげようと口を開く。
「「RICE処置」」
Rest(安静)、Ice(冷却)Compression(圧迫)Elevation(挙上)の頭文字を取って、怪我をした時の応急処置の基本を示した単語、なんだけど、高名瀬さんと声が被ってしまった。
まったく同時に同じ言葉を口にして、視線がぶつかり、照れ笑い。
なんか、ちょっと気恥ずかしい。
その時、チャイムが鳴った。
さぁ、テストだ。
と、思って座ろうとした時、高名瀬さんに肩を叩かれた。
そっと、ぽんっと、静かに。
そして、チャイムに紛れて、高名瀬さんが呟く。
「ハッピーアイスクリーム」
……やられた。
わぁ~、嬉しそうな顔して。
っていうか、ずっと僕たちの話を聞いてたの?
混ざってくればいいのに。
はい、では今日の放課後、アイスを献上させていただきますとも。




