168 恋歌
地獄の古文塾が開催された翌日。
朝教室に入ってみると――
「いと早うより候ひけりな」
「けふも空のけしき、いとよく侍り」
「けふは、まことにめでたき日となるべし」
「そなたの申すところならば、さもあらむ」
なんかギャルたちが雅にっ!?
影響されやすいんだなぁ、あの辺の人。
で、そんな中余裕そうなオタケ君と、不用意な発言で特別カリキュラムを受けさせられて燃え尽きている戸塚さん。
昨日の特別カリキュラムはレベル高かったよねぇ。
たぶんドイツ語の方が簡単。習ったことないけど、昨日の古文に比べたら、絶対簡単。
あ、僕もきっちりと特別カリキュラムだったよ。
高名瀬さんは有言実行なんだ。
で、オタケ君の隣の席で灰になっているギャルがもう一人。
三浦さんだ。
「マジ、眠た過ぎて死ぬるるる……」
あ、ここに点数低そうな人がいる。
「鎧戸、マジ心づきなし……」
あ、結構いい線いけそうかも。
「心づきなし」は、「ムカつく」って意味だね。
「鎧戸さぁ、なんでそんな余裕そうな顔してんの? 昨日、エグい特別カリキュラム受けさせられてたじゃん」
それはもう、厳しいカリキュラムだった。
昨日まで余裕ぶっていた戸塚さんが燃え尽きるほどの。
でもね。
「難しくなると、ちゃんと理解するまで高名瀬さんが付きっきりで教えてくれるから」
なんか、独占してるみたいで嬉しかったんだよねぇ。
「楽しかったよねぇ、昨日」
「あぁ、こいつダメだ。つーか、こういう変態でないとポーズとは付き合えないんだろうな」
「こほん」
三浦さんの発言を、咳払いで誤魔化す高名瀬さん。
付き合うとかどうとかは、ちょっと恥ずかしい話題らしい。
「それよりも鎧戸君。最後の追い込みです」
「よしこい!」
僕が自作してきた単語帳を持って、高名瀬さんがきりっと眉を持ち上げる。
出題が、――くる!
「おり、あり、はべり」
「いまそかり!」
「お前らもう帰れ!」
これから受けるテストのための追い込みをしているのに!?
「鎧戸はもう手の施しようがないとして、ポーズもなんでそんな嬉しそうなん?」
「基礎というのは、何よりも大切なファクターですよ」
「手の施しようがないって、ひどくない?」
「黙れ、末期患者」
酷い暴言をさらりと……
「なんかさぁ、古文とか勉強してたら、恋歌とか送りそうじゃね、鎧戸?」
「あぁ、やりそう~」
「そういう小賢しいことしそうだよね、鎧戸~」
ギャルが集まってきて僕を非難する。
そんなことしそうかな?
恋歌ね……
「真に受けませんように」
すっと隣に来て釘を刺してくる高名瀬さん。
不機嫌そうに眉を吊り上げてこちらを睨み上げている――つもりなんだろうけれど、頬っぺた真っ赤で上目遣いになってるよ、それ
これはもう、完全にフリだよね。
では、ご期待に応えるとしましょう。
「うつろへど 人のつどひは まさるとも 胸に秘めたる ことは失せじな」
「――っ!?」
はっと、高名瀬さんが息をのみ、三浦さんやギャルたちが言葉の意味を考察し始める。
「うつろへど、だから……『環境が変わって、周りに人が集まってくるようになったけど、胸に秘めた僕の思いは変わらないよ☆』みたいな意味か? ブチ転がすぞコノヤロウ」
「堂々とイチャつくな」
「蹴鞠ぶつけんぞ」
「やめてよ、平安貴族みたいなイジメ」
平安貴族が蹴鞠ぶつけるようなイジメしてたのかは知らないけども。
わいわい騒ぐギャルたちをよそに、高名瀬さんは一人静かに僕を見つめていた。
ちょっとだけ、不機嫌そうな顔で。
あ。
きっと高名瀬さんには伝わったんだろうな。
あの和歌に秘めた本当の意味。
『どんなに環境が変わっても、君の胸の谷間の秘密を見たあの日から始まった僕たちの関係は、この先もずっと変わらないよ』
だから、心配しなくていいからね。
高名瀬さん、気を遣い過ぎちゃうから。もっと好き勝手振る舞ってもいいんだよ。
きっと僕は、この先どんなことがあろうと、もう君を手放すことなんて出来ないだろうから。
「さぁ、熱烈な恋歌を贈られたポーズさん! どんな返歌をしますか!?」
芸能レポーターみたいに、マイクに見立てたペンケースを高名瀬さんに突きつけるギャルさん。
そのマイクをチラっと一度見て、高名瀬さんは僕を見つめたまま返歌を紡ぐ。
「言の葉の 飾りめきたる 君なれば――」
言葉を飾るのがうまいあなただから――
そんな上の句に、ちょっと頬が熱くなる。
見つめられて返歌をもらうなんて、生まれて初めての経験だから、ドキドキが加速していく。
この先、どんな下の句が来るのか……
「――けふは追試ぞ 覚悟いたされ」
「ぶはっ! 追試だってさ、鎧戸!」
「赤点もらってんじゃん!」
「『言の葉の 飾りめきたる』って、『うまいこと言って小賢しいわ!』ってことだよね!?」
「あー、腹痛い!」
「ポーズ、最高!」
ギャルたちが大笑いして盛り上がる。
そんな声を聞いて高名瀬さんが背を向ける。
耳まで真っ赤にして。
僕はといえば――
「……はぁ~……」
胸の奥に一気に湧き上がってきた感情を息に載せて吐き出した。
「へこむな、へこむな、鎧戸!」
「よっ! ナイス玉砕!」
席に座ってうなだれる僕の背を、三浦さんたちがバシバシ叩く。
ごめんね、今は何も言えない。
……こんなドキドキしてるの、生れて初めてかも。
とても、人様に見せられる顔じゃないはずだ。
だって、高名瀬さんの返歌って――
「何をうまいこといってるんですか、もう。あとで追試です。簡単には帰しませんから、覚悟してくださいね」
――そんな、デートのお誘いなんだもん。
「ずっと変わらないよ」って言ったら「一緒にいましょうね」って返されたわけで……
こんなの、照れるに決まってる。
くそぅ、高名瀬さんめぇ。可愛いが過ぎるぞ、もう。




