158 燃え尽き、縋る者
「……おわった……さよなら、ウチの夏休み」
三浦さんが机に突っ伏して溶けていた。
うわぁ、上半身がスライムみたいにどろどろしてる。
「ミーコ、カラオケ寄ってかない?」
「余裕かましてんじゃねぇーよ!」
一方の戸塚さんは、余裕の「フリーな半日満喫モード」に突入している。
もう、勉強しなくてもいいと分かれば、気が楽になるよね。
「りっちゃん。明日はりっちゃんの苦手な家庭科がありますよ」
「決めつけんな!? 得意だわ、家庭科! 家庭的なりっちゃんで売ってんからね!?」
「あはは、面白い冗談ですね」
「冗談じゃねぇーし! ね、ミーコ!?」
「ボタン付けも出来ないヤツがよく言う」
「裏切ったな、ミーコ!?」
たぶん、さっきのカラオケ発言の仕返しだね。
「莉奈、あんた、勉強してたん?」
「まぁね。学生の本分ですし?」
「図書館でアザラシのようにダダを捏ねてましたけどね」
「誰がアザラシか!?」
「可愛かったぞ、アザラシのような戸塚は」
「えっ!?」
オタケ君に言われて、戸塚さんが固まる。
わぁ~、顔がじわ~って赤く染まっていく。
温度で色が変わるタイプの温度計でもここまではっきり色を変えないだろう。
「ぁ……あざぁ~」
「アザラシはそんな風には鳴きませんよ、りっちゃん」
「『ぶもぉぅ~う!』みたいな声で鳴くよね」
「それセイウチじゃね、鎧戸?」
似たようなものでしょ?
アザラシが大きくなったらセイウチになるんだし。
「なりませんよ、鎧戸君」
「え、でも、ロバみたいにさ」
「ロバは大きくなっても馬にはなりません」
「えっ!? じゃあ、バンビは大きくなっても鹿にならない!?」
「それはなります」
「ややこしいな、生物!?」
明日の生物がちょっと不安になってきた。
「もしよければ、このあと少し勉強会をしますか?」
「お願いします!」
学校帰りに図書館へ!
制服デート、プラス図書館デート!
「ポムバでお昼だね☆」
「あ、夏限定のかき氷のクーポンがありますよ。宇治金時とイチゴの」
「宇治金時! いいね! 食べたい!」
「抹茶好きですもんね。静岡産抹茶を使用しているそうです」
「『宇治金時』なのに!?」
京都の抹茶限定じゃないの、宇治金時って!?
抹茶小豆じゃないかな、それは!?
「あのさっ、ポーズ!」
三浦さんが駆け寄ってきて、僕を押し退けて、高名瀬さんの両手を握る。
ぎゅっと。
「一生のお願い! 勉強教えて!」
「え……っと」
「ウチね、生物と科学と世界史と地理が吐くほど嫌いなの! いや、嫌い過ぎて吐いてるの、毎日!」
「それは、体調が心配になりますね!?」
毎日吐くのは、医師に相談した方がいい案件では?
「え~っと……」
ちらりと、高名瀬さんの瞳が僕を見る。
ふふっ。
デートに邪魔が入るから、僕を気にしてくれてるんだね。
大丈夫だよ。
「二人きりじゃなくても、平気でイチャつけるから、僕」
「そんなことを尋ねるために視線を送ったわけではありません! もう、いいです! 三浦さん、勉強しましょう」
「マジ!? やった! 夏休み!」
まだ喜ぶのは早いと思うよ。
……チート能力を手に入れるためには、それこそ吐くほどの苦痛と努力を必要とするから。
「ですが、教科書もノートもないので、一度帰宅して、再度どこかに集合――」
「あ、大丈夫。ウチ、ロッカーに全教科置いてあるから」
「そういう考え方だから、赤点のラインを行ったり来たりするんですよ!?」
テスト期間中に教科書すら持ち帰らないとか、どんだけ剛の者なの!?
兵にもほどがあるよ、三浦さん。
「というわけで、りっちゃん。お昼はポムバです」
「なんであたしも一緒なのよ!? あたしもう必要ないもん!」
「わたしでは捌ききれません」
まぁ、人見知りで引っ込み思案な高名瀬さんが、昨日今日話すようになったギャルと放課後一緒に過ごすとか、ハードル高過ぎるもんね。
「オタケ君、ポムバ行かない?」
「ん? そうだな。魔お……高名瀬の講義なら聞く価値はあるか。いいだろう。お前たちのおかげで試験に余裕が出来たからな、少しなら付き合おう」
「しょうがないなぁ、ぽーは。付き合ってあげるわよ☆」
「しょうがないのはあなたです、りっちゃん」
なんてひっくり返りやすい手のひらしてるんだろう。
そして、ついでだから、勉強したい人全員で図書館に行こうということになった。
あのミーティングルームなら結構大人数でも入れそうだし。
で、三浦さんが「今日、この後勉強したいヤツいる~?」と友人に声をかけたところ、「どうした、ミーコ? 病気か?」と真顔で心配され、非常に憤慨していた。
で、そこでお腹抱えて笑ってる、戸塚さん?
あなたも、先週まではソッチ側だったんだよね?
なんでそんな余裕そうな顔していられるの?
たくましいなぁ、戸塚さんは。




