155 テスト前の教室
「朝から何やってんの、あんたら?」
移動高名瀬塾を受講しながら教室へ入ると、金髪ギャルの三浦さんに呆れ顔で声をかけられた。
「あ、玉子焼きありがとう」
「いつの話してんの?」
いや、だって、アレのおかげで、本当に美味しい玉子焼きをいただけたもので。
巡り巡って三浦さんのおかげかなと。
「そんな気に入ったんなら、また作ってきてあげようか?」
「そういうのは彼氏にしてあげてください」
高名瀬さんがずいっと割って入ってくる。
「盗りゃしないって、こんなの」
「そういう話ではありません。倫理観の話です」
「それより高名瀬さん、『こんなの』呼ばわりされたんだけど、僕?」
「そんなのはどうでもいいです」
「続いて『そんなの』扱い!?」
世の、男子に対する風当たりが強過ぎる。
これでオジサンになったらもっとシビアになるんだろうなぁ……移住しようかなぁ。
「移住というと、タイやオセアニアですか?」
「ん~、欧州の方がいいなぁ。アメリカとか」
「アメリカは欧州ではありません」
「そういえば、オセアニアの首都ってどこ?」
「オセアニアは国名ではありません」
「僕の中の常識が音を立てて崩れていく!?」
「鎧戸、大丈夫なん? テストヤバいっしょ、マジで?」
三浦さんがあははと、口を開けて笑う。
まぁ、男前な笑い方。
「まぁ、これで平均点下がっし、赤点は余裕でクリアかな~」
あ、ここにもいた、赤点さえ取らなきゃOKって考えの人。
「三浦さんも、今からでもしっかりとテスト勉強をした方がいいですよ。楽しい夏休みのために」
「いやいや、ウチより鎧戸っしょ? さっきも、九九とかやってたじゃん。ウチでも、さすがに九九は言えっしね?」
「では三浦さん、8×7=?」
「いやウォーミングアップなしでいきなり8の段はナシっしょ?」
「日本の将来が思いやられますね、若者の学力がこの程度だと」
すっごい毒を吐くね。
この程度でも、世のためになる何かは出来るからね?
ゴミ拾いのボランティアとか、バイトして経済回すとか。
「つーかさぁ、莉奈、なんかあったん? あんたら知らん?」
と、立てた親指で背後を指さす三浦さん。
その指された先では、戸塚さんがほけぇ~っとした顔で自席に着席して、頬杖ついて斜め上の天井を見上げてにやにやしていた。
わぁ、うっかり放送したら視聴者からクレーム来そうなお顔。
「誰の顔が放送禁止よ!?」
あ、ごめん。
声出てた?
「ずっと声に出てますよ、鎧戸君」
「みんなで僕のモノローグ聞かないで」
「鎧戸君のはモノローグではなく独り言です」
「鎧戸、あんた、ヤバいね?」
そんな真顔で心配しないで三浦さん。
心が抉られそう。
「おそらく彼女は、朝から異性と登校して浮かれているだけでしょうから、放っておきましょう。赤点を取って泣けばいいのです。学生の本分である学業をおろそかにして恋や愛に浮かれている人なんて」
「いや、それあんたもっしょ、ポーズ? めっちゃイチャついてたじゃん」
「そのような事実はございません」
「いやいや、期末当日に二人で『ハチかけるナナは~?』とか、確実にイチャついてるっしょ?」
「そ、そんなおかしなしゃべり方はしていませんし、九九は計算問題の基本です。そこをおろそかにすると、難しい公式をどれだけ覚えても計算ミスで点数を取りこぼすのです。その取りこぼした一点で泣くことになりかねませんよ、三浦さんは。玉子焼きばかり焼いている場合ではないのです」
「……あんたもしかして、鎧戸がウチの玉子焼き褒めたこと根に持ってる?」
「そのような事実はございません」
「莉奈ぁ~?」
「持ってる持ってる。めっちゃ持ってるから、そいつ」
「名誉棄損です。りっちゃんなんて、途中の『8×7』を『52』と書いてしまう呪いにかかればいいんです」
「そんなもん、間違うヤツいないって」
すみません。ここにいます。
「まぁ、莉奈はもう期末捨ててるし、気楽でいいよねぇ」
「捨ててないから! めっちゃ勉強してきたから!」
「一緒に補習受けようぜぇ~」
「こっちくんな、バカが伝染る」
三浦さんが戸塚さんの隣に行って、肩を抱き寄せ頭を撫でている。
若い女子を口説く悪徳ホストのようだ。
「さぁ、鎧戸君もギリギリまで練習問題ですよ」
「はい、先生」
「先生ではありません」
自席に鞄を置いて、僕の席の前まで来てくれる高名瀬さん。
僕は着席して、高名瀬塾の特別講習を受ける。
「では、『4×6=』?」
「「イチャつくな」」
後ろから戸塚さんと三浦さんのユニゾンした声が聞こえてきた。




