153 夕飯の行方
高名瀬さんがソファでクッションと戯れていると、自室へ荷物を置きに行っていた姉がリビングへと戻ってきた。
「ポーちゃん、夕飯どうする? 食べてくなら作るけど?」
「待て、何を口走ってやがる、駄姉。いいから貴様はキッチンに入るな」
なぜ高名瀬さんがわざわざ自分の時間を犠牲にしてまで、罰ゲームを受けなければいけないんだ。
「大当たりでも精々がレトルトカレーだろう、貴様は」
「失敬な。あたしは料理できるって言ってんでしょ? しないだけで」
「中学にもいたよ、ちょっとヤンチャなメンズグループを見て、『僕が本気出したらあんな連中一瞬で始末できる』って言ってたひ弱そうな男子」
「実際、秘められた力があるかもしれませんよ。鍛え方によって筋肉は極限まで引き締められて、細身に見えても驚異的な力を発揮することがあります。見かけで判断するのは愚策です」
「ただ、その彼は、給食の時クラス全員分の牛乳を教室まで運ぶだけで手足がプルプルしていたけども」
「もう少し鍛えた方がいいですね。もちろん、暴力などのためではなく、身体能力を最大限に発揮するためにです」
「高名瀬さんは鍛えてるの?」
「……わたしはいいんです。争いになる前に打開策を講じますので」
この人は、男には筋肉を求めるのに自分は筋トレとかしそうにないなぁ。
「あたしは鍛えてるぞ」
「どこをだ?」
ひょろっひょろじゃないか。
「ふっふっふっ、ペロるな弟よ」
「『舐めるな』を『ペロるな』って表現する姉は舐められて当然だ」
「あたしは、リンゴを素手で――握れる!」
「潰せよ、頑張って!?」
握るのは誰でも出来るんだよ!
握り潰してからにしろ、その自慢気なドヤ顔は!
「あたしは、割と努力をする人間だ。その証拠に、料理本を読んで料理の研究をしているのだ!」
「実践してくれ」
「そうですね。研究よりも実践の方が早く身に付くと思います。ただし、その場合、最初は失敗した物を大量に食べることになりますが」
「訂正! 二度と厨房に入るな!」
姉の失敗料理なんか、食べたくもない。
絶対普通の範囲に収まらない失敗をしてくるんだ。
金属片が入っていたって、作ったのが姉ならば驚きはしない。
姉は、そーゆー生き物だ。
「それを見れば、素人でもそれなりの味に出来るように作られているのが料理本だろうに。そこまでの大惨事は引き起こさないさ」
「書かれたとおりに作るならな」
絶対に、「隠し味」とか「ちょっとひと手間」とかいって、余計なアレンジを加えるに違いないのだ。なぜなら姉だから!
「安心しろ。身内以外もいるんだ、書かれてある通りに作ってやろうじゃないか」
「身内しかいない時も、常識を逸脱するな。切実に」
「まぁ、ちゃちゃっと作るから待っててよ」
と、ハンドブックサイズの料理本をチラっと見せる姉。
「ちょっと待て!」
姉の手に持たれていたのは、もじゃもじゃ頭の本屋で紹介された、ベティ・メイプルベア著のふざけた料理本だった。
「安心しろ、書かれているとおりに作る!」
「書かれたとおりに作った結果が酷いんだよ、その本は!?」
「そこは、あたしのせいじゃない!」
「それをチョイスした貴様にも、多大な責任が発生しとるわ!」
「では鎧戸君、わたしはそろそろお暇しますので」
「待って、高名瀬さん! 全力で止めて、あの駄姉の暴走を!」
「お姉さんの手料理なんて羨ましがられますよ、オタケ君に」
「明日、僕が元気に学校へ行ければね!?」
お通夜の席で「いぃ~なぁ~!」とは、さすがのオタケ君も口にはすまい。
「仕方ありませんね。明日からテストですし、鎧戸君を欠席させるわけにはいきません」
「さらっとヒドいね、ポーちゃんも」
「鎧戸君は、メンタルが挫けて投げやりになって欠席する可能性もありますから」
さすが高名瀬さん。
そんなシーン見たこともないくせに、物凄い自信満々に僕のことを言い当ててくる。
この人が占い師をやっていたら、僕はきっと傾倒して怪しいツボも疑いなく購入してしまうだろう。
「高名瀬さんは、くれぐれも怪しい宗教を始めないでね」
「そのような予定もつもりもありません」
「荒ぶりたまえ~!」
「それは認可していません!」
非公認宗教とか、すごいもの出来ちゃったなぁ、ホント。
「もう少しだけ時間がありますので、夕飯の準備だけしましょうか? 食事は、家で食べると約束したのでご一緒できませんが」
「え、作るだけ作って帰らせるなんて、そんなの悪いよ」
家政婦さんじゃないんだから。
「いえ、あの……」
遠慮して辞退しようとしたら、高名瀬さんが水着とは別の紙袋をカバンから取り出した。
「……実は、作るつもり満々で、先ほど材料を購入してしまいまして」
「高名瀬さん、面倒見がよすぎない!?」
お母さんですか、あなたは!?
「だって……いつも鎧戸君が美味しそうに食べてくれるから……」
それは、クレームなんでしょうか?
どうしましょう、頬の筋肉が緩み過ぎて表情をキープ出来ません。
「……喜び過ぎです」
「だって、高名瀬さんが」
「だってじゃありません」
自分も「だって」って使ったくせに。
そこまでしてくれているならと、ご厚意に甘えて、高名瀬さんに夕飯をお願いした。
あ。姉。材料費、きっちり払っといてね。




