150 待て
「じゃあ、男子は別行動で」
と、姉に本屋へ押し込められた。
これから、一般的な衣服を取り扱っているお店へ行って水着を選ぶらしい。
「いや、待て! そっち二人の方が危険だろう、どう考えても!?」
僕がいないと、高名瀬さんが二人の餌食になってしまう!
「では、鎧戸君。また、後程」
くそぅ!
高名瀬さん直々にお断りされてしまった!
「水着の試着で『じゃーん!』って、マンガでよくあるシチュエーションなのに……っ!」
「その後、店員に見つかりそうになって慌てて更衣室に二人で隠れるんだね」
「そうしたら、密着した状態で、はぁはぁ、くんかくんか――か、やるな小僧!」
「そのようなマンガは一般的ではないので、期待しても実現する可能性は極めて低いと認識しておいてください」
「ちょっと待って!? 今の僕かな!?」
悪いのは僕じゃなくない!?
姉と、その親友でしょう、どう考えても! ギルティなのは!
「だって、シュウのベッドの下に昔そういうマンガが――」
「よし、黙れ姉! 僕は本屋で待っているからさっさと行ってとっとと買ってこい!」
「小僧。大人の書籍は右奥のコーナーだ。あまり散財するなよ?」
「お前もさっさと行け、姉の同類」
「ヒドイ暴言だ!?」
心外だと憤る奥多摩の首根っこを掴まえて、姉が上のフロアへ続くエスカレーターに乗る。
「では、なるべく早く決めて戻りますので」
「ううん。ゆっくり選んでおいでよ。当日、見せてくれるのを楽しみにしてるから」
「……見せる、というのは、なんだか、少しアレですので……表現には気を付けてください」
「でも見るけど?」
「み、見せるために着るのではなく、泳ぐために着るのです、水着というのはっ」
わぁ、顔真っ赤。
「かわいい~」
かわいいなぁ~。
「あ、しまった。心の声より口からの声が先に出ちゃった」
「どういう体の構造をしているんですか、鎧戸君は!? ……弁が緩んでます」
じゃあ、付け替えないと無理かもねぇ。
水のトラブルのマグネットが冷蔵庫に貼ってあったっけ? ……そこじゃ直してもらえないよねぇ。
「では、行ってきますが……くれぐれも、上のフロアには立ち入らないようにお願いしますね」
「僕は約束を守るけど……姉とそのツレは信用しない方がいいよ」
「心得ています。御心配なく」
ならいいんだけど。
「あの……」
エスカレーターに乗るのを見届けようと待っている僕に、高名瀬さんは小声で尋ねてくる。
「……何色が、好きですか?」
これは……正直に答えたら見られる確率大幅アップのヤツなのでは!?
「水着なら白か赤、下着ならグレーかピンクが好きです!」
「下着の話はしていません!」
あぁ、ごめん! つい!
見られる確率大幅アップとかいうから!
……あれ、言ってない?
あっ、言ったの、僕か!?
「まぁ、参考までに聞いておきます。……では」
ぺこりと頭を下げてエスカレーターに乗る高名瀬さん。
あ、そうだ!
これは言っておかないと。
「白い水着だったら、ちゃんとしたのを選ばないと透けちゃうからね!」
「そんな忠告は不要です!」
いや、だってさ、以前姉が買ってきたペラッペラの白ビキニがさ、濡れた途端に「それもう着けてる意味ないだろう!?」くらい透けちゃって。
……今思えば、あのペラッペラの水着も、奥多摩の店で買ってきたんじゃないだろうか?
…………潰れればいいのに、奥多摩の店。
姉の友人の異常性に胃が重くなるのを感じながら、僕は本屋へ向かった。
マンガでも買うか……いや、今買うと高確率で高名瀬チェックが入るからな。
今月の新刊は………………あ、ダメだ。教育的指導が入りそう。
いや、違うよ?
健全な少年誌のマンガだよ?
ただまぁ、単行本一冊に一回はそーゆーご褒美シーンが…………うん、夏休みに入ってから買いに行こう。
仕方ないので、雑誌でも立ち読みをして時間を潰すことにする。
店内をぐるっと回ってみたところ――めっちゃ偏ってるな、取り扱い書籍。
研究者って、こんな訳の分かんないものばっかり読んでるのかな?
『人体発火に伴う二次火災の発生率に関する考察』……まず、人体発火がそうそう起こらないだろうに。
あっ、そうか。
これ、体電症に関する本なんだ。
中にはショートして発火しちゃう人もいるのか。
えっと……体内にバッテリーに準じるエネルギー器官を持つ者は、発火の危険がゼロではないと考えるべきである……か。
うん、見なかったことにしよう。
バッテリーの劣化で、リチウムイオンみたいに膨らんできたらどうしよう……
「姉より巨乳になる」
「ぶはっ!?」
僕のつぶやきに反応をした人がいた。
白衣を着た、お兄さん。
髪がもじゃもじゃで、丸い眼鏡をかけている。
この人も研究者なのだろうか。
「ごめんごめん。僕の店にお客さんが来るのが珍しくてさ」
「ということは、本屋さん?」
「っていうか、著者、かな?」
え、なに?
ここに並んでるの、全部あんたが書いたの?
すごい量だけど!?
と、驚きが顔に出たのか、お兄さんは「あ、その辺のは教授のヤツね」と訂正し、右奥のコーナーを指さした。
「僕が書いたのは、あの辺の本」
「エロマンガじゃねぇか!?」
この白衣の男性は、エロマンガ家さんだった。




