147 意外なネーム
「……こほん。これは、素晴らしい技術であると思います」
一度奥の部屋へ戻り、服をちゃんと整えてから再び出てきた高名瀬さんが、真っ赤な顔で話題の転換を試みる。
……が、無理があるよ、高名瀬さん。
「な? 来てよかったろ、小僧?」
うっさい。
にやにやしてこっちを見るな。
サムズアップを突き付けてくるな。
「……で、アレはなに?」
「体電症患者用のカモフラージュ手術だ」
「手術?」
「といっても、メスを入れるわけでも、麻酔を使うわけでもない。整形手術のように一生そのままというものでもない」
聞けば、とても皮膚に近い見た目と質感の素材を、その人の肌の色に合わせて選び、体電症を覆い隠すように貼り付けて、肌になじませる技術らしい。
なるほど。それは医学――
「じゃなくて、特殊メイクだな」
「まぁね~。でも、すごいことに、これは、保険が適用されるから!」
我が国の福利厚生は手厚いな。
「じゃあ、ずっと付けていれば、日常生活ももう少し快適になる?」
「そうなればいいんだが、あいにくとこの素材はそこまで丈夫じゃないんだ」
バレないことを最優先に開発されたこの人工の疑似皮膚は、十時間以上の装用に耐えられないのだという。
特殊な糊で貼り付けるのだが、それは乾いてくると、かさぶたのようにごわつき、かさぶたのように剥がれてしまうのだそうな。
「あと、水に弱い」
「じゃあ、海に入れないじゃないか」
「だから、特別な物を特別に提供してやろうというのだ」
今回の旅行のために、姉がたばこ姉に話を付けてくれたらしい。
……すごい技術を持っているようだし、被疑者からたばこ姉に格上げしてあげよう。仕方ない。
…………水色、だったなぁ。
「二時間は水の中でもつようにしてやろう」
「水に入らないと、もう少しもつ?」
「おそらくな。ただし、普通とは違う加工をするから、水関係なく耐久性は落ちるぞ。十時間はもたないと思っておいてくれ」
水に特化させるために、従来の耐久性が多少犠牲になるらしい。
でもまぁ……
「水着になっている間だけもてば、それで十分だよね」
「そうですね。……夢のようです。普通に水着が着られるだなんて」
ちょっと、嬉しそう、かな?
やっぱり、高名瀬さんも可愛い水着とか着てみたかったんだね。
女の子だもんね。
「スク水、ビキニ、なんでもこい」
「鎧戸君。脳内の考え事が口から漏れていますよ」
「えっ、水色が!?」
「そんなことは漏れてませんし、そんなことは考えないでください!」
先ほどまで胸元を隠すのに使用していたバスタオルを投げつけてくる。
バスタオルが顔に覆いかぶさってきて視界が塞がれる。
ただ、ほんの一瞬巻いていただけなのに、微かに高名瀬さんの匂いがして……ドキドキする。
「それで、この疑似皮膚の注意点とかはある?」
「バスタオルを被ったまま、話を進めようとしないでください!」
バスタオルが剥ぎ取られ、視界がクリアになる。
もうちょっとバスタオルでもよかったのに。
「とりあえず、事前の健康チェックと施術、装着後の確認と、現地でのトラブルはアタシが責任を持って行ってやろう」
「えっ、来る気!?」
「当然だろう!? こんな楽しそうなイベント! ……もとい、任された患者を守るのは、医師として当然じゃないか、弟くん」
すっげぇ、胡散臭い!?
「まぁ、メイも一応非常勤講師だから、今後何かと頼るといい。つっても、ほとんど店にいて学校には顔を出してないけども」
「それはササも同じっしょ?」
「ところが、最近は毎日顔を出してるんだなぁ~、これが。シュウやポーちゃん周りが面白くってさ」
「そうなのか? んじゃ、アタシも行ってみようかなぁ」
いいのか、そんな決め方で。
っていうか、来いよ、非常勤講師。
いや待て、来ない方が平和かも?
「あの、二つ質問いいですか?」
高名瀬さんが挙手をし、たばこ姉に問いかける。
「どうぞ」
「では。お名前を伺ってもいいですか?」
「アタシの?」
他に誰がいる。
「メイ――さん、とササキ先生がおっしゃっていたので、メイ先生で、いいですか?」
「あははっ、なんでも好きに呼んでくれてもいいけど、一般的には『ベティ』って呼ばれてるかな」
ベティ?
「……本名?」
「なわけないっしょ? ササが『呼ばれ方は我らが決めーる!』って大暴れしたから、それに便乗してドクトルネームを作ったんだよ」
そんな、ペンネームみたいな軽いノリで……
「では、メイさんというのは本名の方なんですか?」
「いんや、本名は奥田多摩子。あだ名は奥多摩。実家、吉祥寺なのによ?」
いや、知らんけども。
「では、あの……メイさんというのは?」
「ドクトルネームのファミリーネームの方だね」
言いながら、ベティこと奥多摩は名刺を渡してくる。
高名瀬さんと、僕にも。
そこに書かれていた名前は――
『ベティ・メイプルベア』
「ベティ・メイプルベア!?」
「あっはは! いい名前っしょ?」
いいや、別に!?
「学生時代ハマってたネット小説のキャラの名前でさぁ、アタシ、そのキャラにシンパシー感じてたから、名前を拝借しちゃったんだよねぇ」
このたばこ姉がメイプルベアにシンパシー?
嘘吐け!
物語の登場人物で『メイプルベア』なんて名前を付けられているキャラは、きっと純真無垢な幼い女の子とか、妖精や精霊のように清らかな心の持ち主に違いない。
どこにシンパシーを感じたんだ、おこがましい!
「めっちゃエロいロクデナシにシンパシー感じればいいのに」
「よぉし分かった。旅行の夜に部屋に忍び込んでひぃひぃ鳴かせてやるから、覚悟しとけ」
「まぁ、それはさせないけどね~、姉として」
人生において何度目かの、姉が役に立った瞬間だった。
……奥多摩と付き合っていくの、自信ないなぁ。




