141 冷やし中華
まさか、我が家にある調味料で冷やし中華のタレが作れるなんて思わなかった。
市販の味……いや、それを超えていたね。
「本場中国の味がする!」
「中国にはありませんよ、冷やし中華は」
「そうなの!?」
「日本発祥の料理なんです」
「中華なのに?」
「ナポリタンも日本発祥じゃないですか」
そっか。
「あ、知ってる? アイスコーヒーって、アメリカにはないんだよ?」
「最近は認知度が上がって、海外でも取り入れられるようになったそうですよ。そこそこの人気なのだとか」
マジか!?
というか、こっちの情報を常に超えてくるね、高名瀬さん!?
「じゃあ、冷やし中華もナポリタンもアイスコーヒーも和食なんだね」
「和食ではないと思いますが……日本人の口に合うようにと作られたものではありますね」
「あれ、なんだっけ? 何か、海外の料理を真似しようとして誕生した料理あったよね?」
「多いですよ。コートレットを真似してカツレツが生まれ、そこからトンカツが生まれましたし、ビーフシチューを模倣しようとして肉じゃがが誕生しました」
あぁ、肉じゃがだ。
昔姉から聞いたんだよ、その話。
それにしても、高名瀬さんはなんでも知ってるなぁ。
「ウサギって、どう鳴くんだっけ?」
「……なぜ今、急にそのようなことを?」
「いや、久しぶりに聞きたくなっちゃって、高名瀬ウサギ」
「…………」
わぁ、すっごいジト目。
やめて、そんな目で見られると……クセになっちゃいそう。
「……ぴょんぴょん」
「ぴょんぴょんじゃなくて、『ぶっ』とか『ぐっ』て鳴くって言ってたよね!?」
「覚えてないぴょん。言ってないぴょん」
「可愛いな、高名瀬ウサギ!?」
「恐縮です」
まったく、この人は……こちらの思惑通りには動きたがらないんだから。
……もしかして、「可愛い」って言われたかった?
前にこの話聞いた時、「可愛くないな、ウサギ」とか言った気がするし……
「やだ、高名瀬さんが可愛い!」
「なぜ嫌がられているのでしょうか、わたしは?」
「嫌がってない、嫌がってない。むしろ喜んでる」
「喜ばれる覚えもありませんが」
何をおっしゃいますやら。
「冷やし中華、すっごく美味しいよ。お店で食べたヤツを超えてきた」
「それは大袈裟です」
「いやいや、本当に!」
間違いなく、今までで一番美味しい冷やし中華だよ!
お金取れるレベルだって。
「1200円」
「高いですよ。原価を考えても620円が精々です」
「いや、安っす!? コンビニだって600円はするよ!?」
「では580円で」
「張り合ってきた!?」
この人に商売をやらせると、きっと破綻する。
高名瀬さんはおそらく『人件費』というものを知らない。
「高名瀬AIが誕生したら、きっと日本中の仕事は奪われるだろうね」
「わたしは、そこまで万能ではありませんよ」
とか言いつつも?
「運動以外はなんでも出来ちゃいそう」
「褒めていただけるかと思ったのですが、ディスってきましたね?」
どこかに一個くらい弱点があった方が、人間味があって魅力的らしいよ、世間一般的には。
「ちなみに、おかわりってある?」
あまりに美味しくて、あっという間に食べきってしまった。
この冷やし中華なら、あと五杯はイケる!
「すみません。もう麺がありません。……ちょっと足りませんでしたか?」
「いや、大丈夫だよ。たぶん、この後お菓子とか食べるだろうし」
「お菓子は、食事の代わりにはなりませんよ。ウチの妹みたいなことを言わないでください」
そういうこと言うんだね、エービーちゃん。
「あんまりチョリッツをあげちゃうと、怒られちゃうかな?」
「いえ、……それなのですが」
なんとも言いにくそうな表情。
何かあったね?
「ここ数回、こちらにお邪魔した際にお土産がなかったからと、妹がついてこようとしまして……今日」
「さっき?」
「はい。直談判をするのだと」
「連れてきてあげればよかったのに」
「まだ早いです! ……あの娘は、言っていいことと悪いことの区別がまだついていないんです」
「区別がついたうえで、言っている可能性は?」
「……七割ほど」
やっぱり小悪魔だね、高名瀬家の次女様は。
「じゃあ、いっぱい持って帰ってあげて。昨日父から荷物が届いたところだから」
どこをほっつき歩いているのか、また大量にチョリッツが送りつけられてきた。
手紙に「隅に置けないな、MY・SON☆」とか浮かれたことが書かれていたから、姉あたりから高名瀬さんのことを聞いたのだろう。
まぁ、大量に送ってくれるのはありがたいので、母に「父からこんな手紙をもらったよ」と転送するだけに留めておいてあげた。
優しいな、僕。
「じゃあ、一緒に味見する?」
「いえ、その前に」
と、高名瀬さんがエプロンを着ける。
「冷蔵庫の中の物を使わせてもらえますか? あり合わせでチャーハンを作ります」
「あり合わせでチャーハン?」
「鎧戸君は、きちんとした食事をした方がいいですから」
こ、これは、まさか……
「伝説の、冷蔵庫にある残り物でぱぱっと作るチャーハン!? まさか、実在するなんて!?」
「伝説でもなんでもありません。他人様にお見せしないだけで、どこのご家庭でもよくあることです」
いやいやいや!
少なくとも、我が家では一度たりとて見たことがないよ!
「是非お願いします!」
「だから、大袈裟なんです、鎧戸君は!」
怒りながらも、高名瀬さんは冷蔵庫の中にある物で、本当にぱぱっとチャーハンを作ってくれた。
フライパンを振りながら聞こえてきた鼻歌は、モンバスの街の中のBGMだった。




