136 意欲の上げ方
「あ~ぁ、来週からのテストも、これくらい簡単だったらいいのに……」
と、ザコボス小テストで高得点を叩き出した戸塚さんが、嬉しさがあふれる顔でため息を吐いている。
喜ぶ時は素直に喜べばいいのに。
「高名瀬が手加減して作ったテストだからな。本番はこんなにうまくはいかないだろう。今日の午後と明日、真面目にドリルに取り組むとしよう」
と、こちらもザコボス小テストで高得点を収めたオタケ君。
しかしながら、自ら進んでドリルに向かおうという気概が見え隠れ……いや、迸っている。
「すごいね……」
「みなさん、やれば出来るという証明ですね」
「いやいや、高名瀬さんが、だよ」
まんまと僕たちを乗せて、テスト範囲を完璧に学習させてしまった。
おそらく、あの二人は試験当日に驚愕することになるだろう。
どんな恐ろしいボスが待ち構えているのかと緊張して乗り込んだ先で待ち受けていたのが、今日完膚なきまでに叩きのめしたザコボスなのだから。
簡単過ぎて不服が出るかも。
「けどさぁ、ポーもちょっと手心加え過ぎじゃない? これはいくらなんでも簡単過ぎて手応えなかったよ」
ほら、出てる、不服。
「基礎だから覚えろって言ってたとこしか出てないじゃない。応用とか必要なんでしょ?」
「そういうのは、ドリルの方にありますので、そちらで予習してください」
よくよく見ると、高名瀬さんが「基礎だ」と言っていたのは、結構難解な応用問題で、本当の基礎は「チュートリアルです」って言ってみんなでやらされていた部分だった。
この人、密かにレベルを二段階上げて、それを普通だって思い込ませてたんだ……昨日勉強するまで気が付かなかったよ。
「なんかさぁ、ザコ倒してたら、ちょっと強敵と戦いたくなっちゃった」
「同感だ。このままでは腕が鈍ってしまう。どうだ、戸塚。一緒に日本史に挑戦してみないか?」
「うわぁ、あたし、一番苦手……」
「だからこそだ! 俺も苦手だが、戸塚と一緒ならクリアできる気がする」
「二人で一緒に…………うん、やる! あたし、日本史をぶちのめす!」
発言が物凄く不穏なんだけども……まぁ、意欲に燃えているのはいいことだ。
二人してドリルを持ち寄り、隣の席に座って、身を寄せ合うように勉強を開始した。
わ~、戸塚さんの嬉しそうな顔。
「高名瀬さんは、いいお母さんになると思う」
「それは……素直に喜んでいいことなのでしょうか?」
「一応、褒めてるつもりだけど?」
「いいお母さんというのが、人によって定義の異なるものですからね。鎧戸くんにとってのいい母親が、世間一般の言うところのいい母親と同じかどうかは分かりませんし」
「子供にとっていいお母さんなら、それはそれで正解なんじゃない?」
世間にどう思われようと、子供に信頼され、好きだと言ってもらえる母親なら、それは文句無しにはなまるお母さんでしょうよ。
「では、ウチの母は合格なんですね」
「高名瀬さんは、お母さんが好きなんだね」
「おそらく、世間一般の母娘よりは良好な関係を築けていると思います」
「妹ちゃんも?」
「妹はお父さんっ子ですので」
「お父さん、嬉しいだろうね」
「そうなのでしょうね。毎日毎日デレデレしていますよ、妹の可愛さに」
「高名瀬さんと一緒に?」
「わたしは…………普通です」
デレデレしてそうだなぁ。
一度見てみたい。
「あ、そうだ。ご褒美」
「なんですか?」
僕は先ほどのザコボス小テストで五教科中四教科、満点を取った。
……数学だけ、ダメだったけども。
「夏休みに、高名瀬さんのお家に遊びに行きたいな」
「…………」
おや、無反応。
「ダメ?」
「いえ、いずれ、そのような話になるであろうと覚悟はしていましたので」
そんな、覚悟なんて、大袈裟な。
「嫌なら遠慮しとくよ。高名瀬さんとは学校でも会えるからね」
どうしてもお邪魔したいわけではない。
もし可能なら、見てみたいものがいっぱいあっただけだ。
可愛いという小悪魔な妹ちゃんとか、姉妹に『ポーズ』『エービー』という名前をつけたゲーマーお母さんとか、高名瀬家のゲームセンターとか。
「イヤ、というわけではないのですが……」
言い淀んで、少しだけ恨みがましい目で僕を見上げてくる。
「こんな賭け事のような感じでお招きしたら、わたしが嫌々ご招待したようではないですか」
「賭け事じゃないよ。ご褒美」
「あまり変わりませんよ、それは」
いやいや、全然違うから。
でもそうだな。
高名瀬さんが納得しないというのであれば。
「今度、高名瀬さんのお家に遊びに行ってもいい?」
素直に聞いてみた。
そうしたら――
「……やっぱり、鎧戸君はちょっとチャラいです」
――と、返事を濁された。
どうしろと?
うぅむ……正解が見えない。




