134 パーフェクト
「先生。採点をお願いします」
「先生ではありません」
言いながら、僕の答案を受け取り、ざっとチェックしていく高名瀬さん。
「鎧戸君、『h』が『n』に見えるのでしっかりと書き分けてください。解答は合っているのに、こういう小さなところで減点されるのが一番もったいないですよ」
「でも、Hって、なるべく分かりにくく、誤魔化した方がいいかと思って……」
「鎧戸君の私生活を答案用紙にまで持ち込まないでくださいっ」
解答は合っているはずの回答欄に大きくバッテンがつけられた。
……理不尽だ。
あと、私生活でHを隠してるとかいうレッテル貼るのやめてもらっていい?
「しかし、呆れるほどすごいですね、鎧戸君は」
すごいのに呆れられてしまった。
「先日お渡ししたテキストよりも、一段階難しい問題にしたのに、前回よりも遥かに点数が高いです。数学以外」
数学は、あえて残したからね☆
「あまり、体電症の力に依存するのはよくないと思いますよ?」
「それを、高名瀬さんが言う?」
あなた、何回谷間のコンセントでゲームの充電したの?
ほら、不自然に視線逸らして下手な口笛吹かない。
わ、懐かしい。それって、スーパーマルコシスターズのBGMじゃない。
今、レトロゲームやってんの?
「スーマル、懐かし」
「なぜ、今朝わたしがやっていたゲームが分かるんですか!?」
「え、ポー、天然?」
戸塚さんが『やや引き』している。
やっぱり、高名瀬さんのアレは無自覚なんだ。
「高名瀬さんがインコとかオウムを飼ったら、ゲームのBGMばっかり口ずさみそうだね」
「ヘッドホンをつけています」
いや、そうじゃない。
突っ込むポイントは、きっとそこじゃない。
「鎧戸君は、数学以外、全教科合格ですね」
「やったね☆」
「じゃあ、もう必要ないじゃん。帰れば?」
帰るだなんてとんでもない!
僕はね、人に教える高名瀬さんを鑑賞するために頑張って来たんだから。
「これで、あとはそこそこ手を抜きながらじっくりと数学を教えてもらえる」
「手は抜かないでください」
だって、真剣に取り組むと楽しむための心の余裕がなくなるじゃない。
他の教科も残ってると思うと、心労がすごいからさ……
「後顧の憂いなく、高名瀬ゼミナールに集中できるよ」
「高名瀬カンパニーはお断りしたじゃないですか」
「お客様対応は神がかってるからね。その気遣いを従業員にも向けてくれると、企業満足度が爆上がりすると思うんだけど」
「従業員にサービスを提供したとして、何か利益が上がりますか?」
「出たな、黒高名瀬!?」
その発想、まさしくブラック上司だよ。
「仕事も勉強も、楽しくないと続かないじゃない」
「楽しさだけを追求して、生産性が棄損されるのは困りますが……まぁ、鎧戸君は結果を残してくれているのでよしとしましょう」
そう言って、僕の隣まで歩いてくる。
あ、ちなみに、座席は僕とオタケ君が隣り合わせで、向かいに高名瀬さんと戸塚さんが座っている。
もちろん、オタケ君の正面は戸塚さんが占拠している。
おかげで、度々手が止まって、高名瀬さんによる制裁『でゅくし』が炸裂している。
戸塚さんは、脇腹が弱点らしい。
「では、数学のテキストを開いてください」
高名瀬さんが僕の隣へ移動してきて、テーブルに手をついてテキストを覗き込む。
少し前屈みになり、俯いた拍子に髪の毛がはらりと顔の前へ垂れ、その垂れた髪を指ですくって耳にかける――
「パーフェクト!」
「なんですか、急に!?」
素晴らしい!
素晴らしいよ、高名瀬さん!
優等生クラスメイト女子にやってほしいシチュナンバーワンだよ、今の!
「『勉強見てあげるね』からの、テキスト覗き込み、髪の毛はらり――からの、指ですくって耳にかける仕草! 何万回マンガで使用されようとも色褪せない、女子だけが使える必殺技だよ!」
「髪が邪魔だったので、退けただけです」
「それがいいんだよ! 水着のお尻を『くいっ』てするのと同じくらいに!」
「髪を耳にかけるのは、そんな卑猥な行為ではありません!」
「お尻も卑猥じゃないよ!?」
「お尻は卑猥です!」
むぅ……ぐぅの音も出ない。
そして、大きな声で「お尻」と言ってしまった後、八つ当たりの『でゅくし』が僕の脇腹に炸裂する。
やめてっ、すっごいくすぐったがりだから、僕!
「鎧戸は安っすいわね。どーせ、こんなんも好きなんでしょ?」
と、ヘアゴムを口に咥えて、自身の長い髪を器用に束ね、あっという間にポニーテールを作り上げる戸塚さん。
「どうよ?」
「素晴らしいです」
ポニーテールは全男子の憧れです。
ヘアゴムを口に咥えたのがさらにポイント高いです。
朝のバタバタした中、「ちょっと待って~」とか言いながら、今のやつをやってほしいです。
「どう、オタケ君?」
「うむ。今のはよかったな」
「オタケ君もポニーテール、好き?」
「ん? 特別思い入れはないが……、似合ってるぞ、戸塚」
「きゅんっ!」
真正面から放たれたオタケスマイルに、戸塚さんが射抜かれた。
すごい、これが、モテ男の破壊力!
「母が似たようなことをやっているが、同年代の女子がやると趣が違うな」
「オタケ君、それ以上はオーバーキルになるので、その辺で」
と、テーブルに突っ伏して幸せそうに臨終しかかっている親友を守るようにオタケ君を止める高名瀬さん。
戸塚さん、すごく幸せそう。
ただ、口元がヤバいくらいに緩んでる。
双眼鏡持たせて学校が見える屋上とかにアノ顔で立ってたら、問答無用で連行されるくらいアブナイ顔してるよ、今。
気を付けてね、戸塚さん。
「鎧戸くんのせいで勉強が脱線しました。反省してください」
と、僕を指差し非難してくる。
はい。
すみません。
「りっちゃんとオタケ君は問題集を解いてくださいね。そこまで終わったらお昼にしましょう。ほら、りっちゃん、体起こして。可愛いポニーテール見てもらいながら勉強頑張って」
そう言って、突っ伏した戸塚さんの体を起こさせ、ぐるっとテーブルを回って、高名瀬さんは僕の隣へ戻ってくる。
「では、鎧戸君は数学ですね」
言いながら、数学のテキストを覗き込む。
少し前屈みになり、俯いた拍子に髪の毛がはらりと顔の前へ垂れ、その垂れた髪を指ですくって耳にかける。
「あざといよ、ポー!」
「なるほど、戸塚の言った通り、すぐさま上書きしてきたな」
「言いがかりはよしてください、りっちゃん、オタケ君。わたしはりっちゃんほど髪が長くないのでまとめられず、どうしても髪が顔にかかってしまうので仕方ないのです」
「……爆発すればいいのに」
戸塚さんからの暴言はスルーして、「さぁ、この問題からいってみましょう」と高名瀬さんは僕に話しかける。
意識してくれているのなら、嬉しいんだけどね。
あと、戸塚さん。
その発言は、モテない人の特権だから、あまり使わないようにね。




