131 モーニングタイム
「どうですか?」
しばらく丸まったあと、背筋を伸ばして「こほん」と咳払いをし、何事もなかったかのような済ました顔でこちらを向いた高名瀬さんが、短い言葉を呟いた。
なので、しっかりと返答しておく。
「とっても似合ってるよ、今日の服」
「その話じゃありません! 折角話題を変えたのに蒸し返さないでください」
あ、話題変えたんだ。
でも、主語がなかったからさぁ、さっきの話の続きかと。
「……ありがとうございます」
で、一応お礼は言う、と。
律儀だなぁ。
そして、再び「こほん」と咳払いをし、「話題を変えます」と宣言してから、別の話題を始めた。
律儀だなぁ。
「先ほど、鎧戸くんが見ていた参考資料です」
「あぁ、高名瀬ドリルね」
「そんな名前はつけていませんが……少しは進みましたか?」
「終わったよ」
もらった資料は全部見て、問題集は終わらせた。
「ついでに一学期の学習範囲を復習して、本屋で買ってきた問題集も二冊終わらせてきた」
「寝ましたか?」
「バッテリーはフル充電してあるから大丈夫!」
「またドーピングしましたね?」
高名瀬さんの言うドーピングとは、バッテリーを充電しながら行う徹夜のことを指す。
はい、しました。
「だって、デート中に勉強とかしたくないし!」
「勉強をするために集まったんですよ、今日は!?」
それでも、ずっと問題に頭を悩ませるのは嫌なので、ある程度のレベルまでは仕上げてきた。
他人の勉強を見てあげている高名瀬さんとかも、眺めていたいし!
「でも、数学はあえてやってこなかったら、分からないところを教えてもらうシチュの準備も万全だよ!」
「そんな万全、聞いたことありません!」
とは言えね?
やっぱりね?
高名瀬さんに教えてほしいじゃない。ね?
隣の席からさ、「どこが分からないんですか? あぁ、ここはですね」って、僕のノートに書き込みしてくれるやつ!
体を寄せて、ちょっと触れ合っちゃう感じのやつ!
髪の匂いがふわってしそうなあの距離感!
「あの距離感!」
「分かりました。今日は向かいの席に座ります」
「それならそれで、机に手をついて乗り出してきてくれるあの感じを満喫します!」
「順応性が高過ぎです、鎧戸君は!?」
どんなコースの球でもきっちりキャッチできる、かなり広い守備範囲を有しているからね☆
「……鎧戸君の守備範囲から漏れる女性なんているんですか?」
「姉」
「……身近にいましたね」
アレは、ない。
母よりも、ない。
「もし世界が滅亡して、人間が僕と姉の二人だけになったら、他の哺乳類を探して結婚するもん」
「それは……健全なのかどうか、判別に苦しみますが」
そこで姉を取るっていうのも、倫理的にちょっとねぇ。
でも、たとえ血が繋がっていなくても、あの姉だけはない。
「あ、りっちゃんからChainです」
高名瀬さんのスマホが鳴り、受信を告げる。
「…………また、ウチに迎えに来て、わたしがいなくて怒っているようです」
「前聞いたなぁ、そのシチュエーション」
時間的に、今から駅まで歩いて電車に乗ると、集合時間にいい感じに間に合うんだろうなぁ。
「ちなみに、約束はしていませんでしたので、わたしは約束を破ったわけではありません」
「それをそのまま返信してみたら?」
「怒られるじゃないですか、そんなことをしたら」
うん、僕もそう思う。
「あ、待って、こっちもChain」
スマホが鳴ったので画面を見れば、オタケ君からだった。
オタケ君『こちらはすでに朝食を取っている。カフェには付き合えない』
いや、一緒にモーニングを食べようってお誘いじゃなくて、モーニング食べてるから駅に着いたら教えてねってつもりだったんだけど……
「どうしましょう……りっちゃんの怒りが収まりません」
向こうは向こうで、何やら複雑なやり取りがあったらしい。
あ、そうだ。
「ちょっと待ってて」
僕はスマホでオタケ君に問いかける。
僕『オタケ君、今日は電車?』
オタケ君『いや、車で集合場所まで送ってもらう予定だ』
僕『それじゃあさ、戸塚さんを一緒に乗せてきてあげてくれないかな?』
オタケ君『戸塚? 今どこにいるんだ?』
僕『高名瀬さんのお宅らしい』
オタケ君『逆方向なんだが……まぁいいだろう。集合場所は事件があった場所だからな。鎧戸が高名瀬を守るなら、戸塚は俺が守ろう』
僕『ありがとう。助かるよ。あとでジュース奢ってあげる』
オタケ君『そんな気は遣うな。友達だろう』
僕『じゃあ、姉からの差し入れを進呈しよう』
オタケ君『助かる! 戸塚にその場所を動くなと伝えてくれ! すぐに行く! 何があろうと守りきってみせる!』
……うわぁ。
「物凄い食いついた」
「では、その場に待機するように連絡しますね」
「待って。さすがに他人の家の前集合は気が引けるだろうから駅前集合にしよう。駅名なんだっけ?」
「立御積です」
「じゃあ、立御積駅前集合で」
その後、高名瀬さんが物凄い高速でメッセージを送ると、すぐさま戸塚さんから返信があった。
心なしか、その時だけ高名瀬さんの着信音が大きくなっていた気がした。




