128 金曜日の放課後
「京都から抹茶と上生菓子を取り寄せた」
金曜日。
放課後。
オタケ君が部室に上等な桐の箱を持ち込んだ。
中にはお上品な上生菓子と、お抹茶が……あ、抹茶はペットボトルなんだ。
まぁ、ここでお茶を点てろとか言われても無理だもんね。
「ちなみに、高名瀬さん。茶道の心得は?」
「はい、現実逃避はその辺にして、席に着いてください」
高名瀬さんは鬼教官だった。
ちなみに戸塚さんは、すでに教官に首根っこを掴まれて着席させられている。
チャイムが鳴るや否やダッシュで逃亡を図った戸塚さんは、高名瀬さんが仕掛けていたトラップにハマって捕獲されていた。
運動神経で敵わない分、高名瀬さんは頭脳を使ってくる。
え、トラップ?
いつの間にか戸塚さんの腰と高名瀬さんの椅子の脚が太いゴム紐で繋がれていたよ。
ダッシュした瞬間、戸塚さんのお腹が締まって「どぅっ!」って声漏らしてた。
「このままだと、みなさん夏休みが補習で消えますよ」
そうなんだよねぇ。
テストで赤点を取ると、漏れなく補習がついてくるんだ。
夏休みという、引きこもり天国の時間を削って。
「この学校の赤点って、平均点の半分以下だったよね?」
「つまり、学年全員の点数が下がればいいのか」
「じゃあ、みんなに協力を呼びかけようか? あたしの友達はみんなノッてくれると思うけど」
「それも一つの手だけど、平均点が60点を超えることはまずないと思うんだよね。なので、30点取れれば赤点は免れるわけだよ」
「30か……なんとか18くらいにならないものか」
「だから、全員で協力して平均点を40点まで下げれば……」
「りっちゃん、平均が40点でも18点だと赤点ですよ」
顔を突き合わせて密談する僕たちを、腕組みして見下ろす高名瀬さん。
くぅ、この正論クイーンめ。
「今回テストに出そうなところをまとめてきましたから、まずはこの範囲だけでも覚えてください」
「高名瀬先生!」
「はい、なんですか鎧戸君?」
「テキストが分厚いです!」
「あなた方の不得意教科に絞ろうとしたのですが、みなさん全教科軒並み理解されていないようでしたので、このテキストの分厚さは自業自得です」
くぅ!
厳しい!
でも、優しい。
「わざわざまとめてきてくれたの?」
「自分のテスト勉強のついでです」
そうか、高名瀬さんはテスト勉強してるんだ。
「ゲームばっかりやってるのかと思った」
「ゲームは、やることをやった後にしかしません」
やるはやるんだ。
っていうか、ゲームのために効率のいい勉強方法とか編み出してそうだなぁ、高名瀬さんの場合。
「それじゃあ。高名瀬さんの優しさに報いるために、頑張りますか」
「えぇ~、鎧戸まじめ~。そんなキャラじゃないっしょ?」
失敬な。
僕は、割とちゃんとしてるんだよ?
いっつも赤点を取らないギリギリのラインまでは勉強してるし。
今回は、なんかいろいろあったから、ちょっと勉強が疎かになっただけさ。
「いっつもギリギリだから、ちょっとでも疎かになると泣くことになるんです。普段から余裕を持った学習計画を立ててください」
「親や姉にも言われないような真っ当なことを……」
「鎧戸家は特殊なので、そこを基準だと認識しないでください」
我が家に辛辣☆
「ん~……なんかご褒美がないとやる気出ないよ~」
ネコがノビをするように、両腕を伸ばして机に伏せる戸塚さん。
あぁ、ネコっぽいかも。気分屋なところとか。
「赤点回避で夏休みをフルに満喫できますよ」
「それご褒美じゃない! 当然の権利!」
その権利が脅かされようとしている。
「日中、40度近い炎天下、みんなが休んで静かになった通学路を補習のために通う……地獄だね」
「鎧戸、縁起でもないこと言わないで!」
それを回避するために、勉強を頑張ろうってことだね。
「あっ、じゃあさ、赤点免れたらみんなで海に行こうよ、海!」
「いってらっしゃい。お土産を期待しています」
「あんたも行くのよ、ポー!」
「いえ、わたしは陸地の生き物ですので」
「チョリッツばっかり食べてるから、見せられないお腹になるんでしょうが!」
「失敬ですよ、りっちゃん!? み、みせ、見せられなくはないですから! 心外です! 名誉棄損です!」
一ヶ月前から予約が必須だと言っていた高名瀬さんだが、水着を着る自信はあるようだ。
「高名瀬さんと海に行けるなら……全教科80を超えてみせよう!」
「鎧戸君はドーピングしてまで無茶をするからダメです!」
「あと、俺たちの首が絞まるから、無駄に平均点を上げるな」
「赤点さえ回避すればいいのよ! 赤点回避で海! 決定ね!」
「いえ、決まってませんよ!?」
『よし、分かったぁ!』
わーわーと盛り上がる僕たちに混じって、姉の声が聞こえてきた。
部室のスピーカーから。
「盗撮されてるぞ、この部室!?」
「わたし、ここで着替えたりしていたんですが!?」
『大丈夫大丈夫~。あたししか見てないモニターだから♪』
「安心できません!」
僕も知らない隠しカメラがあるらしい。
今度、探し出して撤去してやる。
『諸君たち全員が平均点を上回ったら、あたしが諸君たちを海へとご招待してやろう! しかも、泊まりで!』
「ハードル上がってんじゃねぇか、姉!」
平均点を上回るって、なんだ!?
赤点回避でいいんだ、こっちは!
「ササキ先生と海……泊まりで…………高名瀬! 血が滲んでも構わない! 俺に勉強を教えてくれ!」
「レンゴクと海、レンゴクとお泊まり……あたしも勉強する!」
なんか、やる気に火が付いたらしいテスト的問題児二人。
まぁ、僕はそこそこに留めておくよ。
姉にノせられるのも癪だし。
「鎧戸君」
がりがりと問題集を解き始めた二人にあてられ、問題集を開いた僕に、高名瀬さんが小声で話しかけてくる。
「割と普通の水着ですので、過度の期待はしないでくださいね。……あと、大袈裟に褒め過ぎるのもダメですからね」
……これ、は。
もしかして、僕と海に行くことはすでに想定していた、ということ、かな?
……ふっ。
ふっふっふっふっふっ……
「かかってこい、期末試験!」
今なら僕は、どんな強敵にも打ち勝てる!
そんな気がしていた。




