121 帰路
夕方、夕飯まで引き止めるのは迷惑になると、姉が高名瀬さんと戸塚さんを車で送っていくことになった。
高名瀬さん、大きな荷物があるからね。
安全運転で頼むぞ、姉。
12万円だからな?
「お迎えに上がりました」
姉が出発するより前に、オタケ君のお家の人が迎えに来た。
「一人で帰れると言ったのだがな……心配性な母親で困る」
どうやら、ナツキたんことオタケ君ママは過保護なようだ。
玄関まで見送りに行ったら、家の中からじゃ両端が見えないくらい長い車が家の前の道に停まってた。
長っ!?
ダックスフントか!?
「お前なら大丈夫だとは思うが、柳澤の手下どもから報復があるかもしれない。夜道と、日中でも背後には気を付けろ」
「分かった。意識しとくよ」
「じゃあ、また明日な」
片手を上げて、オタケ君は運転手のお爺さんが開けているドアをくぐる。
でっかいリムジンが、その巨体に見合わない静かさで走り出す。
――と、思ったら、すーっとバックしてきた。
バックも静か。
「鎧戸!」
長いリムジンの窓が開いて、オタケ君が中から僕を呼ぶ。
ツッカケを履いて外に出ると、オタケ君は僕に一万円札を握らせてきた。
え、えっ、なになになに!?
怖い怖い怖い!?
「食費だ」
「いや、いらないし。渡すなら高名瀬さんに」
「違う、明日の分だ」
明日の分?
「高名瀬のハンバーグは確かに美味しかった。……だがっ、俺はササキ先生の手料理が食べたかった」
「ウチの姉は料理なんか出来ないよ」
「レトルトを温めたら、それはもう手料理だろうが!」
簡単だなぁ、手料理。
「もし、出来ることなら、明日のお弁当に、是非っ、ササキ先生の手料理を……っ!」
「でも、面倒くさがって作ってくれないと思うよ」
というか、まず作れないし、朝起きないし。
「そこを、お前の腕でなんとかしてほしいんだ! ササキ先生をよく知るお前なら、きっとなんとかしてくれると信じている! プロの腕前を見せてほしい!」
そんなプロになった覚えはないんだけれど?
「お前を男と見込んで頼みたい! どうか! このとおりだ!」
と、深く頭を下げたせいで、外からまったく姿が見えなくなったオタケ君。
どのとおりなのかなぁ、それ?
オタケ君、かなり天然だね。
「まぁ、言うだけ言ってみるけど、期待はしないでよ」
「恩に着る! マイベストフレンド!」
「ちなみに、何かリクエストある?」
「食べられればなんでもいい! いや、もういっそ食べられなくてもいい!」
それは弁当とは呼ばない。
「もしかしたら、僕が作るお弁当の一部を手伝わせるって感じになるかもしれないけど」
「それでもいい! 十分だ!」
「それじゃあ、なんとかしてみるよ」
「ありがとう! マイフレンドチャンピオン!」
なんか優勝しちゃったね、僕。
「にしても一万円はもらい過ぎだから、後払いでよろしく」
渡されたお札を返却し、手を振ってオタケ君を見送る。
女性陣も玄関前で見送っている。
リムジンが静かに走り出し、遠ざかっていく。
……果たして、運転手のお爺さんは、オタケ君のあの痴態を見て何を思ったのだろうか。
そんなことを、考えてしまった。
「じゃあ、この子たちを送っていくから、夕飯の準備よろしくね」
オタケ君の車を見送っていると、姉にぽんっと背中を叩かれた。
「じゃあ、明日のお弁当よろしく」
「まぁ、会話ほとんど聞こえてたし、レン君もシュウたちを助けるために頑張ってくれたし、今回だけは特別に腕を振るってやろう。今回だけはな」
「何度も作ってあげると恋煩いが加速しそうだしね」
「いや、それ以前に何回も早起きするのは面倒くさい」
「早起きはしろよ、社会人として」
この姉は、本当にダメな大人なんだと、再確認した。
「鎧戸君」
帰り支度を終えた高名瀬さんが、僕の前にやって来る。
「また明日、学校で」
「うん。気を付けて帰ってね」
「車で家の前まで送っていただくので、大丈夫ですよ」
そう言って笑みを向けてくれる。
「うっわ、可愛い」
「ぅゅ……っ、ですから…………もう、いいです。鎧戸君には言っても無駄ですからね」
つんっ、とそっぽを向き、視線だけをこちらへ向ける。
「でも、誰構わずそういうことを言うと、ちょっと怒りますからね」
そんな言葉にドキッとさせられた。
「肝に銘じておく」
「どうでしょうね。鎧戸君は、りっちゃんみたいな女性がお好みのようですし」
そんなことを、そんな顔で言うと、抱きしめますよ?
……ん? これはもしかして、いいのでは?
抱きしめてもいい場面ではなかろうか、これは?
バックには夕日。
昼間の熱気もやや薄れ、風も優しい。
楽しい一日の終わり、帰り際。
二人で見つめ合い、いいムード。
よし、抱きしめよう!
「何しようとしてるの、鎧戸?」
「戸塚さん!? いつからそこに!?」
「ずっといたわ」
抱きしめようと持ち上げた両腕をぺしりと叩き落される。
くっ……タイミングは今じゃなかったか!
ギャラリーがいたとは。
「ポーを泣かせたら、許さないからね」
「もちろん。任せといて」
「ふん」
鼻を鳴らして髪をかき上げ、戸塚さんは僕を見て呟く。
「じゃ、またね」
おぉ、急激に仲良くなれた気がする。
「戸塚さんも、頑張ってね、明日の朝」
「なっ!? ……頑張るとか、そんなんじゃないし……」
頬を赤く染め、「あぁ、もう。帰ろ、ポー!」と僕を押しのけて高名瀬さんを連れ去る。
姉の車に二人が乗り込んで、ゆっくりと夕焼けの空の下を走り出す。
車に乗る直前、高名瀬さんがこっちを見て、「ばいばい」って小さく手を振ってくれたのが、なんかすごく嬉しかった。




