114 エプロンが嫌いなメンズなどいない!
姉が持ってきたエプロンは、少々妖しいくらいに桃々しいピンク色の、ひらひら過多の、胸の部分がハートマークになっている、ミニスカ丈のエプロンだった。
控えめに言って、いかがわしい。
「裸エプロン用エプロンじゃねぇか!?」
「夜中にネットサーフィンしてて、ついポチッと」
「買ってんじゃねぇーよ、使う場所もないくせに!」
「でも、2月にシュウの誕生日があるじゃん?」
「告訴するぞ、駄姉」
自分の誕生日に、実の姉が裸エプロンで(料理などするはずもないのに)「お誕生日おめでとう~」とか言ってきたら、たぶんだけど何かしらの法律に引っかかるはず!
っていうか、引っかかれ!
名誉毀損とか傷害罪とか、恫喝とか器物損壊とか、その辺の法律に。
「そんなエプロン、大人のビデオでしか見たことないからね」
「へぇ、つまり鎧戸君は、このようなエプロンを着用している方が出演されているビデオをご覧になったことがあると?」
背後に這い寄る高名瀬さん。
「もちろんございません。遵法精神ほとばしる善良な市民ですから、はい」
「では、なぜあれが裸エプロン用だと?」
「えっと…………フィーリング?」
「分かりました。鎧戸君のハンバーグはソース抜きです」
「ごめんなさい! 駅前商店街の裏にある大人のビデオを専門的に扱っているお店の前にそのようなポスターが貼られていて、四度ほど見に行きました! 購入はしていません、本当です!」
いつか、僕が十八歳になった暁には!
「シュウは、新妻とかナースとか、昭和のオッサンが好きそうなジャンルが好きだからねぇ」
「デマカセを大きな声で吹聴するな。僕にそんな趣味はない」
「シュウは大の巨乳好き!」
「事実も吹聴するな!」
まぁ、この場にいる人にはすでにバレているから問題ないけれども。
「鎧戸君のハンバーグは、チーズ抜きチーズハンバーグです」
それはもはや、普通のハンバーグでは!?
いや、普通のハンバーグでも十分嬉しいですけども!
「まったく、姉のせいで……とんだとばっちりだ」
「いや、今のはササキ先生関係なく、あんた発信で、あんたに的確に着弾した被害でしょうが。人のせいにしないの」
戸塚さんがドライだ。
ドライ者……
「じゃあ、戸塚さん。こんなエプロンで申し訳ないけど……」
「いや、さすがにさっきの会話の後で着れないっしょ!?」
でも、僕もエプロンは着けないので、今ウチにあるエプロンはこれしか……
エプロンがないと、レアイベントが…………しょうがない。
「戸塚さん、さっきからオタケ君が静かだと思わない?」
「え……そういえば……」
積極的に耳を背けていたけれど、オタケ君は今、自分の世界に閉じこもりぶつぶつとろくでもない言葉を呟いている。
「鎧戸の誕生日までにもっと親しくなって、是が非でも誕生日会に呼ばれなければ……まずは距離を今よりもっと縮めて親友になって、夕飯にお呼ばれしたり、お泊まりしたり出来る間柄に……」
「……れんごくぅ」
しょんぼりと肩を落とす戸塚さん。
これだけ暴走してる姿を見ても、まだ諦めきれないんだね。
ある意味たくましいよ、戸塚さん。
だから、僕が背中を押してあげる!
「思春期の男子は、一人の例外もなくエロいものです!」
「どうやらそのようですね、鎧戸君」
ごめんなさい、高名瀬さん。
今はちょっと、入ってこないでもらえますか?
話題が逸れてしまうので。
今だけ、ちょっと離れて、そうそう、あと二歩ほど、うん、そこにいて。
「少し抵抗があるかもしれないけれど、このエプロンを着けて、戸塚さんの方が似合うと、いや、戸塚さんこそがこのエプロンに相応しいと見せつけてやろうよ! あんな姉になんか負けてないって!」
「負けて……ない…………負けない……うん、分かった! あたし、やる!」
よし!
思った通り、戸塚さんは単純バk……ピュア!
すっごくピュア!
「さぁ、戸塚さんの本気を見せて!」
「任せなさい、鎧戸! あんたのことまでひっくるめて、虜にしてあげるわ!」
あはは、そーゆー冗談はいいから。
というわけで、若干卑猥な印象のエプロンを身に着けた戸塚さんは……小柄なせいか、割と可愛く見えた。
過剰なひらひらも、案外邪魔じゃないというか、むしろいい感じ? みたいな?
あれ?
このエプロン、いいぞ?
「ねぇ、オタケ君。あのエプロン、可愛くない?」
「ん? おぉ、確かに可愛いな。よく似合ってるぞ、戸塚」
「ぅきゅ!?」
オタケ君からのダイレクトアタックに、戸塚さんが一瞬で昇天する。
顔、真っ赤だね。
すごいんだなぁ、好きな人からの「可愛い」って。
「まぁ、僕は、高名瀬さんの大阪ちゃうちゃうの方が好きだけどね」
と、こっそりと耳打ちすれば、「にゃぅっ」っと短く鳴きながら、僕のほっぺたを両手で押しのけて――
「わ、わざわざ言いに来なくて結構です、そんなこと!」
――と、そっぽを向く高名瀬さん。
うむ、いいものを見た。
「よ、余計なことで時間をかけ過ぎです! 十二時を過ぎる前に完成させますので、鎧戸君たちはその辺で待機していてください!」
ビシッとソファを指さして、高名瀬さんがキッチンに入っていく。
もちろんついていく。
「近くで『こねこね、ぺっちん☆』を見ると約束したので!」
「分かりましたから、大人しくしててください!」
というわけで、特等席に待機。
……なんだけども。
…………えっと、戸塚さん?
………………なにしてるの?
「あの、りっちゃん」
「なに? 早く材料寄越しなよ。刻むから」
「えっと……りっちゃん」
「だから、なに?」
「待機」
「ふぁっ!?」
リビングを指さして待機を命じる高名瀬さん。
そりゃそうだよ。
戸塚さん。
包丁を逆手で握るのは、人を殺める時だけだから。
それも、倒れた被害者にまたがり、馬乗りになってとどめを刺す時ぐらいだからね。
料理、したことないって、一目で分かんだね。
結局、戸塚さんのスキル不足のせいで、レアイベントは発生しなかった。
……悔やまれて、仕方ない。




