112 柳澤母の栄枯盛衰
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中学のころからパソコンに興味を持ち始め、高校に入学した頃にはいくつかのソフトやアプリを自作して小銭を稼げるまでになっていた。
プログラムを組み上げていくことで、世界が自分の思い通りに動いていく。
そんな全能感が堪らなく快感だった。
だが、父はそんな私を「女らしくない」と罵った。
料理や裁縫やぬいぐるみ。
父の妄想の中の『女の子らしい』ものには何も興味がなく、日がな一日モニターに向かう私を「出来損ない」と嘲った。
だから、壊してやった。
仕事以外に誇れることがなかった父の、その誇りを跡形もなく。
とても簡単だった。
顧客情報を流出させ、会社のパソコンにウィルスを仕込み、業務停止に追いやった。
そうしたら、あっさりとその会社は倒産し、晴れて父は無職になった。
あれほど誇っていた仕事のスキルも、業種が変われば役には立たず、特殊なスキルを持たない父はただの『素人』に成り下がった。
その降格が受け入れられず、家にこもり昼間から酒に溺れるようになった父に私は、「外で稼いでこいよ、男らしくもない出来損ないが」と嘲笑してやった。
キレた父に半殺しの目に遭わされたが、私は最高の気分だった。
警察に連行される惨めな父の……いや、あのクズの背中を見送りながら、私は再び全能感に酔いしれていた。
世界のゴミを排除してやった。
この世に、あれほどのクズはもういないだろう。
私は、正義の味方のつもりだった。
だが、世界は私が思う以上に腐っていやがった。
私のこの優れたスキルを認めない男が、世界には溢れていた。
お茶を汲みコピーを取るための就職などに価値を見出せず、私は家にこもって自分のスキルを磨いた。
企業のパソコンに侵入し、ウィルスをバラ撒き、少し脅迫してやれば、面白いように金が転がり込んできた。
その金で設備を整え、アメリカ国防省のサーバーへの侵入を成功させた。
私は確信した。
私こそが世界で最強の人間なのだと。
最強、それはすなわち、私こそが正義であり、法であるのだと。
そんな時、私は一人の男と出会った。
その男は、私の力を認め、肯定し、絶賛した。
私を崇めるその男は、この世界で出会った唯一の『正しい男』だった。
やがて私とその男の間に子供が出来た。
生まれて初めて涙を流した。
この腐った世界に、こんなにも尊いものが存在するのかと感動した。
この子は、私の宝物だ。
この子のためになら、私はなんだって出来る。
なんだってやってやろう。
この感動を、特別なその男と分かち合おうと思った矢先、その男は私を裏切った。
他所に女を作り、金を持って逃げやがった。
当然逃がすわけもなく、追い詰め、壊して、二度と日の目を見れないように成敗してやった。
やはり、男はクズだった。
この子は。
この子だけは、そんなクズにならないよう大切に育てよう。
そう決めて、その日以降、一層愛情を注いで育ててきた。
宝物はすくすくと成長し、高校生になった。
最近では、もうすっかりと王者の風格を纏うようになった。
誇らしい、愛しの我が子。
そんな宝物からお願いをされた。
「高名瀬って女が目障りだから排除してほしいんだけど」
そんなことは容易い。
男はクズだが、賢い私が利用してやればそれなりに使い道はある。
世間知らずのお嬢ちゃんくらい、簡単に壊せる。
これでまた、私の宝物が住みやすい世界に一歩近付く。
いつか私が作り上げてみせる。
私と、宝物のための、素晴らしい世界を。
――その計画が、一晩で壊された。
誰にも、この私でさえも突破は出来ないはずのセキュリティを突破した者がいた。
こんな衝撃は人生で二度目だ。
その昔――
どんな世界の、どんな強固なセキュリティをも突破していた私だったが、ある日を境に、国内企業のサーバーに侵入が出来なくなったのだ。
原因はMiSSNaの社長、御岳皆国。
彼の登場により、私のハッカーとしての人生は終了した。
彼は強大な敵であり、私の人生を大きく変えた男でもあった。
彼は膨大な情報網の中から私を見つけ出し、ヘッドハンティングにやって来た。
私の技術を高く評価し、世界最高のスキルであると認めてくれた。
そうして、今現在まで、彼は私を裏切るような言動は見せていない。
私の人生は、彼との出会いを機に大きく変わった。
収入も、見える世界も、世間が私を見る目までも。
彼は、現存する唯一のまともな男。
まさか、彼が……いや、彼は素晴らしい男ではあるが、私を超えるほどのスキルを持ち合わせてはいない。
では、誰が……
「連行しろ」
「はい」
手首にかけられた鉄の輪が肌に食い込む。
移動を強制され、引きずられるように自室を出る。
誰にも開けないパンドラボックスにしまい込んだこれまでの秘密が、何者かの手によって暴かれた。
それは、この腐った世界が勝手に決めた法律からは大きく逸脱するものであり、警察が私を悪だと決めつけるのに十分な証拠となった。
正しいのは私で、間違っているのはこの腐った世界の方である。
――だが、そんな議論をするような余裕もなく、私の頭の中はただ一つのことで塗りつぶされていた。
誰だ……?
私のパンドラボックスを開けたのは誰だ?
私をも超えるハッキング能力を有しているのは、一体誰なのだ?
どれほどの時間が過ぎたのか分からない。
耳元でやかましく吠える警察の声など耳にも入らない。
誰だ……
誰だ…………
誰だ………………
私の頭は、ただそれだけの問いに埋め尽くされていた。




