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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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412.さすがに義妹はない

 



 放課後、中庭の片隅に設えられた四人席のテーブルセットに男子生徒がたむろしている。


「じゃあその友達は婚約破棄って事になんの?」


 そう聞いたのは一年生のジャッキー・クレヴァリー。

 薄紫の髪をおさげにして身体の前へ流し、中性的な顔立ちで両耳に飾り気のないピアスをつけている。

 平民ではあるが優れた変声技術と演技力を持ち、公爵令嬢への成りすましで一時学園を賑わせた張本人である。


「事件に巻き込まれたって言っても、他の男の誘いに乗ったわけだしな。それも婚約成立直後。」

「そりゃ浮気じゃ同情もできないか~。」

「おー、貴族なら猶更だろ。まぁ幸いっていうか、そのパート…?ランド子爵令嬢とは完全に政略でさ。イマイチ気に入らねぇのはお互い様だったらしいんだけど。」

 ジャッキーの隣に座っていた二年生、マシュー・グロシンがコーヒー片手にそう返す。額を出した赤い癖毛の短髪に太い眉、肌は健康的に日焼けしていた。学園都市リラで宝飾店を営む商人の息子であり、座学は苦手だが《剣術》では上級クラスを受けている。


「お互いビミョーでも結婚すんの?貴族って大変だなぁ」

「ふんっ、結婚とは家同士の結びつきなのだ!特に、由緒ある我がプラウズ伯爵家の尊い血を欲しがる令嬢は多いのだぞ!」

 シュバッと両腕を高く広げ、ジャッキーと同じ一年のアルジャーノン・プラウズが誇らしげに声を上げた。ブロンドの長髪はきっちり斜めにカットされ、鼻は高く色白な肌をしている。

 振り上げた腕が隣に座る生徒の茶髪を掠ったが、アルジャーノンはまったく気付いていない。ジャッキーは「ほぉん」と気のない返事をした。


「俺ちゃん、それ言ってる奴アルジャーノンしか知らないんだけど。」

「確かに。俺も他から聞いた事ねぇな」

「無礼だぞ平民どもッ!プラウズ家の歴史をイチから語り聞かせてやろうか!」

「あ、あはは……」

 アルジャーノンがギュワンと腕を回してジャッキーとマシューを指す横で、三年生のホレス・ロングハーストが苦笑した。

 茶色の短髪は目に刺さりそうなほど前髪が長く、四人の中で最年長の侯爵令息でありながらも、アルジャーノンの腕から逃れるためか肩身狭そうに身体を縮めている。


「ホレス!君も何とか言ってくれたまえ!」

「えっ…えっと、ご令嬢の事はわからないけど。プラウズ家が由緒正しいのは本当だよ…?五公爵家の足元にも及ばないけど……。」

「な~んだ、おじょーさまのがすごいのか。」

「そりゃ公爵家に敵うわけないだろう!格上の比較対象を出してくるんじゃない!わざとか?わざとなのか、ホレス!」

「だ、だって何とか言えっていうから……いたっ、痛い!」

 横からビスビスと人差し指で腕を突かれ、ホレスは渋い顔で身をよじった。

 アルジャーノンの向かいでマシューが「やめろや」と手で掃うような仕草をする。なおも言いつのろうとしたアルジャーノンは、ジャッキーが呟いた一言でピタリと静止した。


「おじょーさまは誰と結婚すんのかなぁ。」


 先程から彼が言っている「おじょーさま」とはもちろん、シャロン・アーチャー公爵令嬢である。

 ジャッキーが化粧と魔法と変声技術を駆使して姿を借りた相手だ。当時、ジャッキー本人はあくまで一時の夢として、「貴方の前だと素の私でいられるの」戦法でオトしたのはまさに目の前の三人だった。


「………シャロン嬢が…けっこん…私以外の男と……」

「…白目剥いてやがる……おいアルジャーノン、そんなん仕方ないだろ。」

「わ、わかってても()()ものがあるだろう!なぁホレス!」

「僕は…僕は……ううっ。」

「三人ともフクザツそうだな~。」

「「誰のせいだと思ってるんだ!!」」

「いてててて!!」

 マシューにヘッドロックをかけられアルジャーノンにビスビスと突つかれ、ジャッキーが「そうでした!ごめん!」と苦しげな声を上げる。

 ホレスは涙目で親指の爪を噛みしめ、シャロンの相手としては筆頭候補であろう双子の王子殿下の顔を思い浮かべた。



 中庭のそんな騒がしさも届かない、サロンの一室。


「ロベリアの王が代わったようだ。」

 王都から届けられた書類に目を通したウィルフレッドが呟くと、対面の席で書き物をしていたアベルは手を止めずに聞き返す。


「王太子がそのまま?」

「ああ。ギード殿下だ……正式にはもう少し後だろうが、実権は既にといったところか。」

「アロトピーの件は何か書いてあるの。」

「残念なお知らせがね。」

 違法薬の中でも危険度の高い魔力増強剤、《ジョーカー》。

 その材料となる希少な花、アロトピーが流出してしまっていたようだ。それも、一年も前に。


 ウィルフレッドの話を聞いてアベルは眉を顰めた。

 必要な材料は他にもあるとはいえ、敵方は既に《ジョーカー》を手に入れたという認識でいた方が良いだろう。騎士団もそのつもりで動くはずだ。


 ――陛下(父上)は《先読み》された結果を知ってなお、アロトピーについて聞くのは第三王子(ヴァルター)殿下が来るまで待っていた。……ロベリア王の代替わりに繋がるとは、果たしてどこまで読んでいたんだかな。


「ところで、アベル。今日はダリア嬢と何を話していたんだ?」

「何って?」

「授業終わりに話しかけられていただろう。」

「そうだったかな。」

 ダリア・スペンサーは一年生の《剣術》上級クラスにおける唯一の女子だ。

 騎士団本部の四番隊副隊長ブレント・スペンサー伯爵の娘でもあるが、令嬢らしからぬ好奇心旺盛な()()()()をしていた。


 漂う沈黙の中、いつもと変わらぬ平静なアベルが書類を捌いていく。

 ウィルフレッドはスッと目を細めて口を開いた。


「お前の意思は尊重したいけれど、彼女を義妹(いもうと)と呼ぶのはさすがに」

「無いから。」

「なら良いんだ。」

 即座の否定に満足げな微笑みを返して、ウィルフレッドは青い瞳を書類へと戻す。

 ダリアの実力は認めているが、学生の時分であるという事を考えても彼女の振る舞いには思う所があるのだ。主に、大事な幼馴染に関する事だけれど。

 様々な人材が必要となる騎士ならまだしも、弟の妻にはとても考えられなかった。


 ――まぁ、ダリア嬢が王子妃になりたがるとも思えないが。シャロンはホワイト先生への弟子入りで忙しそうだし、昼食の席はサディアス達もいるし、今日は生徒会との会食で余計に話せていない……アベルに、いい加減またデートに誘ってみてはと聞いてみるか?あまり俺から言わない方がいいのかな。何か、毎度否定するし。父上の前では俺の口を塞いできたし。


 少しばかり眉間に皺を寄せて考えつつ、目はきちんと書類の文字を辿り、手はしっかりと公務をこなしている。

 故に、そのとんでもない報告を読み飛ばすような事は無かった。

 ページをめくろうとした手が止まり、ウィルフレッドは反射的に「えっ」と声を漏らす。深刻な響きを感じ取ったアベルが顔を上げ、「どうしたの」と金色の瞳を兄へ向けた。


「…エリ姫が、神殿都市(サトモス)を前にして消息を絶ったらしい。」

「……何だって?」



 北校舎五階、学園長室。


 長い脚を優雅に組み、女公爵シビル・ドレークは物憂げな目でため息を吐いた。

 ビリジアンの髪は後ろで団子にして高くまとめ上げ、濃い黄色をした紅花の簪で留めている。パンツスタイルの白地の正装を纏い、黒いシャツに臙脂のネクタイ、片手に持ったパイプからは煙草の甘い香りが流れていた。


「…そうかい。剣闘大会については問題なさそうだね。」

「はい。」

 執務机を挟んだ先で返事をしたのは、《格闘術》および《剣術》上級クラス担当のユージーン・レイクス伯爵だ。艶めく瑠璃色の短髪に明るいグリーンの瞳をしている。


 学園で毎年行われる剣闘大会まで、あと一ヶ月を切っていた。

 会場はコロシアム。

 基本的には互いの武器や拳がぶつかるものだが、魔法が全面禁止されているわけではない。安全のため、観客席との間に障壁を張るスキル持ちの人員確保も必要だ。これは観客席側から余計な横槍を入れられないようにするためでもある。


「今年は殿下達もいらっしゃいますが……優勝者への授与は例年通りでよろしいのですか?」

「こちとら毎年やっているんだ、不敬だなんだと言われる筋合いもない。王子だろうがたかだか十三の子供じゃないか。あれくらいの遊び心は構わないさ。」

「…閣下がそう仰るならば。」

 苦笑したレイクスから顔を背けて煙を吐き出し、シビルは手遊びにパイプを軽く揺らした。

 王立学園の剣闘大会で何があるか、それはもちろん現国王も知っている事だ。上級生達だって知っているのだから、誰かが言おうと思えば簡単に叶うこと。わざわざ教師陣から言う事はない。


 憂鬱そうな瞳をゆらり、レイクスへと向ける。

 来月にはリラの街にもギルドが建つ。魔獣対策を教えるのは《国史》担当とはいえ、シビルは教師全員に魔獣の討伐資格を取らせるつもりだった。もう何年かで学園長や領主を継ぐ予定の息子達にもだ。


 そして十二月は女神祭。

 生徒にとっては楽しいイベントだが、学園に部外者が入れる日でもある。

 王子達のために例年より厳重な警備が必要な上、暴虐と噂のアクレイギア帝国の第一皇子に、同盟国ロベリアの第三王子までお忍びで来るという。

 単に仕事が増えるのでシビルには迷惑な話だったが、国の未来を担う王子達が刺激の多い青春を送れるという意味では、まぁ悪くはない。


「祭りまでお前さんは働き通しだろうが、頼りにしているよ。」

「心得ています。では、失礼。」

 一礼したレイクスに軽く頷き、踵を返した彼が退室するのを見送った。

 煙を深く吸い込み、細く吐き出していく。


『二百年ほど昔、ドレーク公爵家に手紙が届いてないかな。君影国からだ』


 入学初日の夜。

 この部屋を訪れた第二王子アベルはシビルにそう問いかけた。


 遥か昔、君影国からドレーク公爵家へ送られた、予言書とも言える手紙。

 《凶星の双子》について書かれたそれを、シビルは国王夫妻には知らせなかった。なぜかと問い詰めるアベルに「たかが《先読み》」だと返した。


『僕は首を飛ばされてもいい。』


 王子でありながらそう言い切ったアベルの姿を思い返し、ため息混じりに目を閉じる。

 意志の強い者は時として潔さが過ぎる。レイクスもそうだ。


 ――どんな経験も人生の学びであり糧になる。学業でも恋愛でも私闘でもいい。



「せいぜい修羅場を楽しむ(青春を謳歌する)がいいよ。坊や達」





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