384.国のためにならない
「では行くぞ。ルーク、お前にはよく言っておく事がある。」
「わかった。」
「…お父様……。」
しかめっ面のエリオットが首を傾げるホワイトと呆れ気味のシャロンを連れて退室し、ギルバートは騎士に命じて別室に待たせていた息子達を呼んだ。
輝く金髪を後ろで一つに結い上げた青い瞳の第一王子、ウィルフレッド。
少し癖のある黒の短髪に金色の瞳をした第二王子、アベル。
室内は王家の三人のみとなった。
挨拶を終えて席についた息子達に、ギルバートは「ここの女神祭の件だが」と話し始める。
「もう一人来る事になった。ロベリアの第三王子、ヴァルター・ヨハネス・ノルドハイム。端的に言うが、彼の狙いはシャロン嬢だ。」
「「は」」
ウィルフレッドとアベルがまったく同時に目を見開いた。
さすが双子だと頭の隅で感心しつつ、ギルバートは優雅に長い脚を組む。
「どうも、ウェイバリーが描いた絵姿を見て一目惚れしたらしい。ウィル、お前の護衛騎士からその絵と共に報告が届いている。」
「なっ、あ……!」
ウィルフレッドは言葉が出ないのか、顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。
一方アベルは予想外の事態に驚きはしたものの、シャロンが今更兄以外を選ぶとは微塵も疑っていない。むしろウィルフレッドは自信が無さ過ぎると目をやれば、視線がかちあった青い瞳は「そうだ」とばかり見開かれた。なぜか嫌な予感がする。
「ご安心ください、父上。シャロンとはアベルが既にデーのぐっ!」
「ウィル。本当に――心底思うけど、何のつもりなの。」
卒業まで隠しておきたいのか何か知らないが、隠れ蓑に弟王子を使うなどリスクが高過ぎる。
まして相手は父王ギルバートだ。もしアベルとシャロンの関係に僅かでも疑念をもたれたら将来どうするのか。
「むぐ…」
怒りの滲む声にウィルフレッドはしゅんと目を伏せ、口から手を離されても黙っておいた。
物理的に遮るとはなかなかの拒否っぷりだ。
彼女がヴァルターと好き合ってしまった場合に、すぐ身を引けるようにという事なのだろうか。ウィルフレッドから見て、少なくともシャロンがアベルを大切に思ってくれている事は確かなはずなのだが。
――お前だって、自分からあんなに迫って「二人で出かけよう」と誘っていたのに。どういうつもりなんだ?いいじゃないか、父上に事実を伝えるくらい…。いいじゃないか、あわよくば「そのまま婚約してしまったらどうだ」と言ってくれるかもしれないし……。
互いに思う所がある双子の王子は、真顔の父親が心の中で大いに笑っている事など気付きもしない。
アベルは何事もなかったかのように平静な顔に戻った。
「ロベリアの第三王子と言えば、今こちらにいらっしゃるロズリーヌ王女と揉めた方ではありませんでしたか。」
「そうだ。いると知って気がかりなようではあったが、最終的にはそれでも行くと言った。お前達から聞いた改心ぶりを伝えたせいもあるだろう。」
ヘデラ王国のロズリーヌ王女は元々、ツイーディアではなくロベリア王国へ留学する予定だった。
それが視察段階で案内役の第三王子と揉め――行く前に寄られたツイーディアとしても、あの王女はとんでもない人物だと認識されていたが――話が飛んだのだ。
去年の女神祭にロベリアの王族が不参加だったのもその影響である。
ヘデラ国王はギルバートに泣きつき、彼女の留学先はツイーディアになった。
ギルバート自身あの王女はあまり相対したくないと思っていたが、そこはヘデラ国王がツイーディアに利のある話をいくつか差し出した。
他国の王族が問題行動をした場合について、王子達に考えさせ対処させてみるのも悪くない。
そうして王女はドレーク王立学園へやってきたのだが、ヴァルターとしては、ロズリーヌが一目惚れの君の近くにいるのは複雑だろう。
ギルバートは長い睫毛をゆったりと重ね合わせ、金色の瞳を息子達へ向ける。
「先方の名目は学園の視察だが……王都でエリオットに挨拶しているからな。その娘に会いたいというのは不自然ではない。」
「シャロンは知っているのですか?ヴァルター殿下の目的を。」
「知らんさ。」
ウィルフレッドの問いは当然とばかり返された。
一目惚れについてはガブリエル・ウェイバリーの監視および警護の任についている、ヴィクター・ヘイウッドからの情報だ。ヴァルター自身がエリオットやギルバートに言ったわけではない。
「縁談の申し込みに至ったわけではないしな。無体を働く男にも見えなかった。…横から攫われぬようにという意味では、お前達は気を付けておけ。帝国の皇子の事も隠し通せるな?」
「もちろんです、父上。」
ウィルフレッドは片手を胸にあて真剣な表情で言い、アベルは平静な声で「御意に」と返した。
――シャロンがロベリアに行くわけがないけれど、相手が熱を上げる可能性は十二分にある!諦めないようなら国家間の損益の話を持ち出されかねない…父上はまだ、俺達どちらかの妻にと考えてくださっている様子だが……ヴァルター殿下か。下手をするとジークより厄介かもしれないな。
――横恋慕など、二人の婚約を公表すればいい話だ。先程焦っていた割に、ウィルはまだその気がないのか。彼女があちらに靡くはずがないとはいえ、もしジークにでも見つかれば……確実に面白がって引っ掻き回す。警備手配も案内順も考え直しだな。
女神祭まで三ヶ月を切っている。
ジークハルトを招いたのはシャロンだが、彼女に付きっきりで面倒を見させようとはウィルフレッドもアベルも考えていなかった。あらゆる意味で危険だからだ。
上手くジークハルトから距離を取って挨拶を済ませつつ、ヴァルターには穏便にシャロンを諦めて頂かねばならない。
どうやって?
内心首をひねりながら、双子の王子は父王に話を聞いていく。
今回ヴァルターが城を訪れたのは、国境付近の魔獣対策について協議するためだった。
知識こそ人類の宝。
ロベリア王国は薬学研究と絡繰り技術に秀でた国である。
王太子や第二王子、第一王女の素質が偏る一方で、ヴァルターは満遍ない知識と技術を有していた。
そして自国の得意分野に限らず、魔法の発動においてツイーディアでさえ例のない手法を独自に考案し、自分だけとはいえ実用化してみせた唯一の人物だ。
会議にはぜひ参加して頂きたい、そう申し出たのはギルバートだった。
「彼とは魔石の使い道についても有意義な話ができた。今頃魔塔で実験が行われているだろう」
ギルバートの話を聞きながら、アベルは組んだ手の甲を無意識に指先で叩く。
リリーホワイト子爵ことルーク・マリガンの《ノート》をギルバートも見たはずだ。
違法薬《ジョーカー》に関するロベリアの極秘記録。あれは十中八九、ホワイトが留学時代に仕入れた知識である。此度、かの第三王子にジョーカーについての探りは入れたのか。アベルが聞く前に、ウィルフレッドが口を開いた。
「例の薬についてはいかがでしたか。」
「無論、魔獣研究の流れで、禁止薬物の現状についても確認した。」
ギルバートは当時を思い返しながら言う。
あの薬を作るにはロベリアが厳重に管理している花が不可欠だ。遠回しながら「ジョーカーによる事件が再び起きる可能性はあるか」、すなわち作られてしまうこと、前段階として花が奪われたり悪用される事はあるのかと聞いた。
仮に質問に気付いたとて、国の管理体制は万全であると一笑に付す事もできたのだ。考える事なく、ただ「あるわけがない」と。
現にヴァルターと共に協議へやってきた者達のうち、気付いたであろう一部は憤りや戸惑いの顔をした。相手が同盟国の王では下手な口を利けぬ様子で、気付かぬ者は「ああいった事件は二度とあってはなりませんな」と頷く。
ロベリア王家の証、白から青へ変わる髪色を持つ青年はほんの数秒、視線を斜め下へ落として思考した。それから目を上げ、緩やかに微笑む。
『――調べておきましょう。国立中央薬草園は次兄の管理ですが、アレはまた別ですので。』
重要な植物、薬草の類はある程度中央に集められ、王の名のもとに保護管理されている。
しかし件の花はそこにない。作れるものがあまりに危険なため、管理場所も育て方も公にされていないのだ。
当然、王家の信用を得た者達が管理を担っているはずだが――ヴァルターは花の名こそ言わなかったものの、調査を明言した。
魔法大国ツイーディアの王が懸念している、その事の重大さを理解して。
「調査の結果盗難や裏取引があった場合、こちらにどう伝えてくるのでしょうね。」
「さてな。王太子の判断なら不義理はせんだろうが。」
「ギード殿下ですか……」
ウィルフレッドが柳眉を顰め、考え込むように顎へ指をかける。
父はつまり、現国王の判断となった場合はその限りでないと言ったのだ。
管理不行き届きとなれば国としては他国に隠したいだろうが、こちらは事実如何によっては警戒を強めねばならない。どこぞへ流れたならロベリアと捜査状況を共有し、運ばれたルートや手配した者を暴けたら猶更よかった。最善はもちろん、花が無事であること。
長い脚を優雅に組み、ギルバートは何の不安も無しといった様子でソファの背もたれに寄り掛かった。
――これを機に、王太子が戴冠してくれても構わんのだがな。
ロベリアの城にはギルバートが放った密偵がいる。
王太子さえ「今この時」と決めれば、仮に王が難色を示そうと強引な即位が可能な状況だとわかっていた。そうなるまでに陰ながら助力があった事に、王太子がどこまで気付いているかは定かでないが。
恐らくヴァルターは王ではなく王太子に相談するだろう。
管理体制に問題なければ強化で良し、もし既に事が起きていたならば、それをどう利用するかは向こうの自由だ。
そこまで考えて、ギルバートはゆるりと頷いた。
長考しているウィルフレッドから隣のアベルへと目を移す。自分と同じ金色の瞳。
消したほうがいい。
「――…そういえば、ユーリヤ商会の娘が人探しをしていたな。」
唐突に浮かんだ言葉を打ち消すように瞬き、ギルバートは心の中で「否」と唱える。
アベルを生かしても国のためにならない。
そんな事は随分と前から。
幼いアベルが極端に喋らなくなった頃から、喋るようになってもずっと、会う度にずっと、見る度に、ずっと。
わかっている。
察している。
エリオット・アーチャーが王になるべきだと悟った時のように。
彼の血を王家に戻すべきだと感じた時のように。
理屈抜きでただ、それが《国のための正解》だと直感している。
「ユーリヤ商会というとコールリッジ男爵令嬢ですか、俺は何も。アベル、お前は?」
「存じております。あの人相書きはロングハースト侯爵領にて、君影の姫と共に去った男だと。」
ギルバートは己の勘に逆らった。
今も逆らい続けている。
「エリ姫か……ブルーノに会うとは、彼女もなかなか豪運だな。」
「ご存知なのですか。」
予想外だったのだろう、アベルは僅かに目を見開いた。
ギルバートは鷹揚に頷いて言う。
「先代のブラックリー伯爵だ。」




