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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

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290.従者ルート追加?

 



 もしかすると同名の別の方の話をしているのかもしれない――とも思ったけれど、ウィルが「君の話をしていた」と言った以上、その線は消えてしまったわね。


 さてどうしたものかと、私は改めて三人を見回した。

 王都に屋敷を持つプラウズ伯爵家の次男アルジャーノン様。先月ご挨拶頂いた、街で宝飾店を営む父を持つマシュー・グロシン様。……最後の一人、少し気の弱そうな殿方は存じ上げない。先日私に声をかけてきた事は覚えているけれど、その時も彼は名乗らなかった。


「不思議な事に彼らは皆、自分が君の恋人だと主張しているよ。」


 顎に手をあて、ウィルは困ったように眉を下げて薄く微笑む。「今ちょうど、聞き分けのない駄々っ子を相手していたんだ」とでも言いたげに。

 少し目を見開いた私は「まぁ……」と声を漏らした。恋人とは?人違いというのは中々ないと思うけれど、なぜそうなったのかしら。どなたとも、友達ですらないのだけれど。


「やっぱり知らないみたいだぞ…」

「殿下にバレたらまずいんでしょう?」

「よくあんな涼しい顔で王子殿下の前に出られるわね……信じられない。」

「あの三人可哀想に、騒がなけりゃまだまだ良い夢見れたんだろうな。」


 周りからひそひそと囁く声が聞こえる。

 私は今、遊び人のような扱いになっているみたいね。

 ダンの牽制で三人が渋々ながらちゃんと距離を取ってくれたので、私はぱちん、と小さな音で扇子を閉じた。改めてウィルに向き直って目を伏せ、静かに腰を落として一礼する。己に恥じるところは無いと。


「殿下。私に恋人はおりませんし、お三方のどなたとも特別親しくした覚えはございません。」

「そんな…!」

 名前のわからない方が涙ぐんで悲痛な声を上げたけれど、他の二人は唇を噛んで目をそらす。先程の様子では三人とも、少なくとも自覚して嘘をついている様子はなかった。

 プラウズ様が悔しそうな顔でちらりとウィル達を見る。本気で私の恋人だと思い込んでいるのなら、もしかすると私が否定したのは彼らの前だから、と考えているのかもしれない。


「そちらの彼は、先週土曜に貴女と街で逢瀬をしたそうですが?」

 サディアスがグロシン様を手で示した。

 彼は先ほど、ペンダントがどうのと言っていたわね。まさか私に贈ったのだろうか?土曜と聞いてついカレンを見ると、彼女は困惑しきりの表情でこくこくと頷く。可愛い――じゃなくて、きっとそれを否定するために出てきてくれたのね。

 きちんと背筋を伸ばして答える。


「土曜は、午後でしたらこちらのダンと、カレンと共に街へ出ていました。グロシン様にはお会いしませんでしたね」

「――ッ!」

 グロシン様が眉を顰めて顔を引きつらせる。

 怒りを堪えたような表情、やはり彼らにとってはそれが真実なのだ。でも、そんなによく似た別人がいるものだろうか?本物の私を前にしてなお、三人は「違う人だった」とは言い出さない。


「けれどプラウズ様、グロシン様――そちらの方も。私は貴方がたが嘘を吐いているとも思っておりません。」


 私の発言に三人が目に見えて動揺する。

 「そちらの方」呼ばわりで上級生らしき茶髪の方が泣きそうな顔になったけれど、名乗ってもらわないと名は呼べないので仕方ない。

 落ち着いた表情のウィルがゆるりと頷く。


「そうだな。どうも不届きな輩がいるようだ」

「詳しく事情をお聞きしたいのですが、昼休みはもう終わりますから……ご都合がよろしければ、皆様放課後に改めてお時間を頂けませんか?」

「いいねー、気になるから俺も行くよ☆」

 私の提案にチェスターが第三者として同席を申し出てくれた。

 時間を頂けませんか、と問いかけの口調ではあるけれど、公爵家の長女である私からの依頼はほぼ命令だ。来ない意味もないし、彼らが断る事はないだろうとわかっている。


「俺とサディアスも同席させてもらおう。悪戯にしては少々行き過ぎているからね。アベル、お前はどうする?」

「気が向いたら行くよ。――あぁ、君達はあまり早くから騒がない事だ。馬鹿じゃないならね」

 アベルは生徒達を見回すと、そう言って鼻で笑った。

 何人かが怯えたように肩を縮めている。全員が口を閉ざす事はないでしょうし、きっとこの騒ぎの噂はすぐに広まるでしょう。けれど偏った吹聴をして回るようなら馬鹿だと、釘を刺した。



「騒いだ奴ら呼び出して、お決まりの隠ぺいってヤツか。」



 嫌悪感を隠そうともしないその声に、皆の視線が集中する。

 ゆるく跳ねた真っ赤な長髪、灰色の強気な瞳。黒いヘアピンとチョーカーをつけた、背の高い女子生徒が腕を組んで仁王立ちしていた。

 カレンが慌てて彼女に駆け寄る。


「レベッカ!なんて事言うの、シャロン様は――」

「お綺麗なフリして男に貢がせてたんだろ、いもしねぇ偽物でっちあげて無かった事にする気だ。」

「聞き捨てなりませんね。」

 苛立ちを含む凛とした声が響く。

 少し離れた位置からレベッカの方へ進み出たのは、濃いブラウンの髪を編み込んでポニーテールにした女子生徒――剣術の授業でよく組んでいる、デイジー・ターラント男爵令嬢だ。


「シャロン様はそのような事致しません。貴女のご友人も先ほどそう言ったのを聞いていなかったのですか?」

「聞いてたさ、けど三人も騙くらかすようなお貴族様だ。純粋な庶民一匹騙すのなんて楽なもんだろ」

「なっ――」

「はいはい、そこまでにしようね。」

 怒りに顔を赤くしたカレンが言いかけたところで、チェスターが合図のように二度手を叩く。

 デイジー様はハッと我に返った様子でこちらに向き直って頭を下げ、レベッカはフンと鼻を鳴らした。


「真実はじきに明らかになるだろう。それまで不用意な発言は慎んでもらいたいな。」

 ウィルは微笑んで言ったけれど、その冷えた眼差しにレベッカは息を呑む。

 私の無実を確信してくれているからこそであり、父を騎士に持つレベッカが公爵家の娘を侮辱する、その危険性を理解しているか問うものでもあるし、他の野次馬に向けた言葉でもあるだろう。


「デイジー様、カレン、ありがとう。何が起きたのか、きちんと突き止めたいと思います。」


 あえてレベッカには目を向けずに、私はそう微笑んだ。

 彼女が怒っている時に接触するべきではない。相対したら正面から物を言う子なので、下手をすればさらに度を超えた発言を引き出しかねないもの。いくら学園の生徒同士と言えど許されないラインは存在するし、私の気持ちとは別で厳しく対処しなくてはならない場合もある。

 私は今、無視する(触れない)事で「聞かなかった事にします」と暗に示した。


 カレンと、顔を俯けながらちらりと私を見るデイジー様は不安げだ。大丈夫と一つ瞬きしてみせてから、未だ動揺の残る三人へ目を移した。


「状況の把握には皆様の情報が必須です。ご協力頂けますね?」


 彼らが機嫌を損ねては捕まるものも捕まらない。

 決して敵ではないのよ、という気持ちを込めてできるだけ優美に微笑みかけると、三人とも真っ赤になり裏返った声で了承の返事をしてくれた。

 ……そういえば、私が恋人という事は……もしかしなくても、全員私の顔がお好き…なのかしら。今うっかり気持ちを利用してしまったのだとしたら、ちょっと申し訳ない。


 ウィルがにこやかに「そろそろ授業の時間だね」と私の前に立ち、視線が遮られる。放課後集まる事を約束してその場はお開きになった。


 こんな大騒ぎ、ゲームでは起こらなかったはず。

 カットされていたのか、元からシナリオには無い出来事か……せっかくホワイト先生と話ができたところなのに、考える事が増えてしまったわね。




 ◇




「……殿下、生きてますか?」


 放課後の展望デッキにて。

 わたくしの頭から出る湯気をパタパタはらいながら、ラウルが言う。生きてはおりますが頭がこんがらがってもうダメです。


「どうなってるんですの……?」

「あぁ、生きてましたか。」

「そりゃ生きてますわよっ!一体全体どういう事ですのお昼のアレは!?」

「俺にわかるわけないでしょう。」

「そうですけれども!」

 今日の昼休み、わたくしは温室へ向かう道が見える場所で張っておりました。

 朝、物陰からそっとカレンちゃんを見守っていたのに何も起きなかったからです!《花のヘアピン》を買ったからには会話があるはずなのに!


 原因としては、あの喫茶店でシャロン様の従者がカレンちゃんと二人きりで、彼女にヘアピンをつけてあげるという謎イベントが発生したことが気になりますわね。

 ……従者ルート追加されてますの?これ。実はここは御園亮子(わたくし)も知らないルート追加リメイク版の世界だとか?リメイクで攻略できる新キャラを追加するパターン、ありますからね。


 もしくは、アベル殿下には喫茶店でもうヘアピンをお披露目したせいとも考え……エヘへあの日はわたくし、推しカプが二人で来たのを見て思わず倒れてしまいましたが、ンフフでもカレンちゃんが初めてヘアピンをつけて登校した今日に何も無いなんて!


 なので「まさか」を考え、ホワイト先生のイベント場所に行ったのです。

 カレンちゃんが栞も買っていたとしたら――…と思ったらシャロン様にイベントが起きた上に、会話だけで終わらず一緒にどこか行ってしまいましたわ!?えっ!!?

 ……先生ルート入ってますの?シャロン様。なんて、ありえないですわよね。一応従者のカレも一緒でしたし、そんなはずは……。


「ロズリーヌ殿下!」

「はい?」

 弾んだ声に振り向けば、ニコニコした女子生徒が三人こちらへやってきました。最近ちょこちょこ話しかけてくる方達です。


「ご機嫌麗しゅうございます、殿下。ご迷惑でなければご一緒しても?」

 ちょっと吊り気味な目に尖ったお鼻、くるっとした淡い緑色の長髪をしたこの方は、オリアーナ・ペイス伯爵令嬢。

 微笑んでいますが、うっすらと小馬鹿にした雰囲気が滲んでいますわよ。


「別に構いませんわ。」

「うふふ、ありがとうございます~!」

 前世で言う「萌え袖」を欠かさないこちらはブリアナ・パートランド子爵令嬢。

 大きなお目目はオリアーナと違って垂れていて、暗い色の茶髪をツーサイドアップにしてリボンで結んでいます。

 んまぁあ隠そうともせずラウルを見ておりますわね~!そのラウルは、微笑みだけ浮かべて気付かないフリという名の無視を決め込んでいます。


「失礼します。あはっ、今日ってぇなんか騒がしかったみたいですね。」

 ほっそりして腕とかペキッと折れそうなのがセアラ・ウェルボーン子爵令嬢。

 赤みがかった茶髪はすっきりしたボブヘアで、こう……首とかボキッて折れそうな、コホン。別にわたくしと贅肉を足して割ればちょうどいいとか思っておりませんけれど。


 この三人、ひょっとするとゲームに登場したモブキャラかしら?と考えています。

 わたくしの取り巻きを務めた令嬢ABC……新生ロズリーヌに近付いてきたからには、全然関係ない別の三人組という可能性もありますが。

 もしもABCなら、完全に避けるより動向を知れた方が良い。ですから、歓迎などしませんがひとまずそこで喋ってて良い、という態度にしております。


「そうなんですの?」

 わたくしが聞き返すと、オリアーナがさも憂いているという風に眉を下げて頷きました。近場に他の生徒がいない事を横目で確認し、彼女は声を潜めます。


「とあるご令嬢が複数の殿方と関係を持ったようで……騒ぎを聞いて、王子殿下達が何事かとやって来るほどだったのです。」

「本人は否定していらっしゃいましたけどぉ、ふふ。どうやら騙された殿方が鉢合わせてしまったそうですわ。」

「誰か腕を組んだとか、貢いだとか逢瀬をしたとか騒いでいて…」

「あらまぁ……どこにでもそういう方はいるものですわね。」

 わたくしは半ば上の空で返事をしました。

 今週は《兄弟喧嘩勃発!?》イベントがありますが、あれも発生場所が食堂の個室だから見学は無理ですわね……。カレンちゃんの頭上に、わたくしにだけ見える「現在の好感度一位はこの人」みたいなカードが現れないかしら。


「あぁいう女性って、反省しないのですかね。令嬢とはいえ、ちょっとお咎めがいると思いますわ」

 オリアーナがわざとらしくため息をついています。

 反省も何も、ウィルフレッド殿下達の前でそんな醜態を晒したなら、かなりきつい立場になったのでは?普通は懲りると思いますけれど……というか、わたくしには関係のない事ですわ。


 「品位を疑う」とか「下賤な考えに染まった」とか「あの子が」とか、好き勝手に話し合う三人を放置してラウルに目配せします。

 仮にゲームでの取り巻きだったとして、わたくしがいなければこの方達が振りかざせるのはオリアーナの「伯爵家の権力」まで。それもさほど力のない家とわかっています。

 殿下達のご友人であるカレンちゃんに突撃する度胸はさすがにないでしょう。シャロン様や殿下の耳に入ったらまずいって、ちょっと考えれば誰だってわかる事ですわ。


 わたくし達が席を立つと三人は「寮に戻るなら一緒に」とついてこようとしたけれど、「訓練場を一周走ってこようかと」なんて嘯いたら顔を引きつらせて逃げていきました。

 ……見事な早足ですわね。




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