表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第二部 定められた岐路

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

273/529

271.喧嘩両成敗!




 女子寮の自室の窓から、夜空を見上げていた。


 額縁は小物を置ける程度の幅しかなくて、ベッドは少し離れた位置にある。

 私は窓の傍にティーテーブルと椅子を置いて、寝る前に勉強するのが日課になっていた。向かいにもう一脚椅子が置いてあるのは、夕方にフェリシア様を招いてお話する時があるから。


 見上げた空に輝く星はいつだって美しい。

 目を閉じると、王都の屋敷で見た夜空が今も蘇る。一緒にいた人の事も。


 ――なかなか、アベルと話せないわね。


 元からしょっちゅう話せる相手ではないのに、会えるようになった途端、全然話せていないような気になってしまう。ウィル達とはたくさん話せるから余計に。

 周りには常に人がいて魔法が絡む話はできないし、女神祭以降の噂を気にしてか、日常的な会話ですら他の生徒がいると結構早めに切られてしまう。言葉尻はきつくないけれど、目線をそらすタイミングなどを見ていると、「これ以上話しかけるな」と伝わってくるのだ。


 チェスターともサディアスとも、カレンともたくさん話せて嬉しくて……なのにお友達の中で貴方一人そんなでは、ちょっぴり…割と、結構寂しいと思ったり、するのだけど。


 寝る前だからと外したネックレスはテーブルの上。

 壁に掛けられた燭台の灯りを受けて光るアメジストに、指先でそっと触れた。万一にもアベルが込めてくれた魔力が反応しないよう、魔法学の授業の時も外すようにしている。


 これを握って魔力を込めると、何かの条件でパッタリ眠ってしまうかもしれない。

 祈る時は気を付けた方が良いとアベルから言われている。祈りは願いとなり、無意識に魔力を使ってしまう可能性があるから。


 間違ってネックレスに触る事がないように、私は少し身を引いて椅子に座り直した。

 胸元で両手を組み、ちらりと星空を見上げてから目を閉じる。ただ祈るだけなら幼い頃から何度もした事があるから、何も起こらないと知っていた。



 ……そういえば、カンデラ山にあった二人の男性の石像は、エルヴィス様とレイモンド様だろうって、アベルが言っていたわね。思い出すとつい、口元が微笑みの形になってしまう。

 だって、どこかお父様とジークハルト殿下に似ていたから……



 ギィン!



 唐突な剣戟の音。

 それも結構な近さで、肩どころか全身を跳ねさせて目を開ける。寮の自室で聞こえるはずのない音だ。


「えっ……?」


 青空と草原が広がっていた。

 抜き身の剣を構えて対峙する男性が二人、同時に私を振り返る。年頃は十代後半ほどで、見覚えのある顔立ちだった。


「あァ?」

「な、何だ君は!?いつからそこに……」


 白銀の長髪を一つに結った男性は怪訝に眉を跳ね上げ、後ろが肩につく長さの金髪の男性はぎょっと目を見開いて、直後に眉を顰めて首を傾げた。

 私はその既視感と蘇った記憶に混乱する。


「待て、君は…どこかで会ったか……?」

「エルヴィス様……レイモンド、様……。」

 かろうじて絞り出した声で、彼らの名前を呼んだ。

 カンデラ山の石像とそっくりの、彼らを。以前にも明晰夢の中で出会った、二人を。


 あの石像を見た時、私はお父様に似ている方がアーチャー公爵家の初代、レイモンド様だと思った。ならばもう一人、ジークハルト殿下に似ている方が初代国王のエルヴィス様では、なんて話をアベルとしていた。


 私の夢では逆なのだ。

 お父様に似ている金髪碧眼の男性がエルヴィス・レヴァイン様。

 ジークハルト殿下に似ている男性がレイモンド・アーチャー様。


 いえ、そもそも私はどうして……あの石像を見る前から、お二人の姿を夢に見ていたの?


「…確かに、会ったな?そうだ、君はアメと名乗ったあの時の少女だ。」

「は、はい……」

 エルヴィス様の言葉に頷きながら立ち上がる。

 私はまた、城でもらった白いドレスを身にまとっていた。私が持っている服で最も上等なものだから、国の伝説たるお二人に会うなら確かにこれが一番でしょう…なんて、余計な方に思考がいってしまう。そんな事は今、どうでもいいのに。無意識に現実逃避しようとしているのかしら。


「なぜ俺は今まで忘れていたんだ?レイモンド様、これは一体……」

 どうやら私だけではなく、エルヴィス様も忘れていたみたい。

 この夢は一体何なのだろう。


 最初に少し声を上げたきり黙っていたレイモンド様は、いつの間にかにやりと楽しそうな笑みを浮かべていた。鋭い歯が見える。

 ジークハルト殿下と同じ白い瞳が私を見据えた。


「成程な、これは面白い。睡郷(すいきょう)は実在したというわけだ」

「……?何です、その」

「アメ。貴様は何か思い出せなくなったらすぐに帰れ。戻れなくなるかもしれんぞ」

 聞き返そうとしたエルヴィス様を遮って、レイモンド様はそんな事を言う。

 確かにヒスイさんの時も、お二人に会った時も私は記憶がどんどん無くなっていった気がする。これはただの夢ではないの?


「時折互いの言葉が聞こえないのは、それを知らぬ者がいるからだ。貴様の出身国や真の名など余は知らぬから聞こえん、という事だな。」

「失礼ながら、その仮定はおかしくありませんか?ならばなぜ彼女は俺達の名が聞こえるのです。」

「当然、元から知っていたという事になる。まァ深く考えるな、エルヴィス。どうせまた現れるまで、余もお前もこいつを忘れるだろうよ。《ここ》も恐らく、その瞬間しか存在しない。」

 レイモンド様の言葉に、エルヴィス様は苦虫を嚙み潰したような顔になった。

 こんな状況で「深く考えるな」なんて無理があるものね。私は戸惑いながらも口を開く。


「レイモンド様、これは私が見ている夢ではないのですか?何か特別なものなのでしょうか。」

「限られた者しか見れん夢、とでも思っておけ。ただ、お前は何か話があって来たはずだ。余か、こいつにかは知らんが。求めたのではないのか?《もし話ができたら》と。」


 こくりと、喉が鳴った。


 建国の騎士、初代国王エルヴィス・レヴァイン様。

 我が家の初代、レイモンド・アーチャー様。


 伝説の方々なのだ、もしお会いできたら、お話ができたらなんて、誰もが一度は考えるあり得ない空想だ。


「遠慮はいらんぞ。どうせ夢で、お前が覚えていられる確率も相当に低いだろうからな。」

「……で、では…」


 これは全部私の妄想で、何も意味がないかもしれない。

 だけど「もしも本当に」と考えたら確かにお話を聞きたい。でも、いきなりそんな、伝説の方々が目の前にいて「何でも聞いていい」だなんて、突然過ぎて頭が回らな――



「ど、どうして喧嘩されていたのです……?」



 一瞬、レイモンド様が「意味がわからん」という顔をした。

 他にもっと聞く事があっただろうと言わんばかりだ。確かにその通りだけれど、お二人共鼻血が擦れた跡とか殴られた跡とか切り傷があるものだから、つい聞いてしまった。


「ッ、ははははは!!真剣な顔で何を聞くかと思えば、そんな事か!!」

「まぁ……しかし、これは俺達が悪いかと。」

 げらげらと笑うレイモンド様にそう返して、エルヴィス様はご自身の頬から流れる血を腕で拭った。改めて周囲を見回してみると、旅の荷物が二人分、邪魔にならない場所へよけられている。


「驚かせてすまない。俺達はただ単に訓練をしていただけなんだ。強くならねばならないからな…」

「そういうわけだ、他に質問がないなら貴様はもう帰れ。続きをやるぞ、エルヴィス!」

「なっ!?待ってくださ、っぐ!!」

 問答無用で切りかかったレイモンド様の剣を、エルヴィス様がギリギリで防ぐ。

 巻き込まないためだろう、お二人は私から距離を取るように駆け出しながら、幾度も幾度も剣をぶつけ合う。帰れと言われてもどうしたらいいのかしら。


 落ち着いて、ちゃんと考えましょう。

 聞く事――そうだ。ゲームの私が持っていたあの薬。アーチャー家の…



「こらーっ!!」



 どこかで聞いたような女性の声がして、私はそちらを振り返った。

 けれど見えたのは砂煙だけで、あら?と首を傾げた瞬間、


「喧嘩両成敗ッ!!」


 重い音が二発。

 エルヴィス様達の方へ視線を戻しながら、私は目を見開く。翡翠色の長髪が美しく流れ、彼女は華麗に地面へと着地した。

 それぞれに襲いかかった蹴りと拳を防いだらしいエルヴィス様とレイモンド様は、彼女から目を離さずに飛び退って距離を取った。お怪我が増えた様子はないみたい。


「貴様何者だ、いきなり何をする!!」

 エルヴィス様が油断なく剣を構えて叫び、その気迫にびりびりと空気が震える。

 彼女――ヒスイさんは、お二人それぞれへ手のひらを向けて大きく息を吸い込んだ。


「喧嘩は、駄目だ!!」


「………、何だと?」

 エルヴィス様が訝しげに聞き返す。レイモンド様は黙ってヒスイさんを見つめていて、その顔に笑みはない。ヒスイさんは子供を叱るようにきゅっと眉根を寄せている。


「今は人と人が助け合わないといけない時だろう?見たところ君達お揃いの服を着て仲が良いのだから、こんなところで喧嘩している場合じゃない!腹でも空かせたならおやつを分けてやるから。」

「いや、俺達は喧嘩していたわけでは…」

「あれ?なんだ、可愛い女の子がいるじゃないか。もしや彼女を取り合っ――…?」

 たった今ようやく私に気付いたらしいヒスイさんが、とんでもない勘違いをしながら言葉を途切れさせた。目を丸くして私の顔をまじまじと見つめ、瞬く。


「……アメちゃん?」

「は、はい。お久し振りです、ヒスイさん。」

「おおおーっ!ひっっさし振りじゃないか~~!!」

 両腕を広げて駆け寄ってきた彼女にびっくりする間もなく、私はぬいぐるみか何かのようにひょいと持ち上げられ、ヒスイさんは満面の笑顔でくるくると回り始めた。め、目が!目が回る!


「いや、良かった!国に帰れたんだね!?不思議だなぁ、今まで君の事を忘れてたなんて。これも妖精パワーというやつか?あっはっは、まぁ元気そうで本当に良かった!!」

「女。そいつを離せ」

 低い声で放たれた命令に、ヒスイさんがぴたりと止まる。

 レイモンド様の白い瞳は真剣そのものだった。ヒスイさんは私を下ろし、少し警戒の滲む翡翠色の瞳をお二人に向ける。


「…アメちゃん。この二人はまさか、君を襲おうとしたんじゃないよね。」

「ち、違います!良い方達です、レイモンド様もどうかお納めを、ヒスイさんは親切な方で…」

「その程度見ればわかる。余が聞きたいのは貴様の《力》だ」

 ヒスイさんが聞く姿勢に入り、レイモンド様は静かに剣を鞘に戻した。

 エルヴィス様もそれに倣いながら、けれど片手は柄に触れさせたまま。青い瞳には動揺と困惑が見える。確かに、ヒスイさんの動きは常人離れしていた。

 レイモンド様が軽い手振りでヒスイさんを示す。


「見目に合わないその剛力、魔法によるもので間違いなかろう。誰に習った?」

「まほー?」

 ヒスイさんは素っ頓狂な声を上げると、ゆっくり首を右に傾けた。もしかして魔力で身体を強化できるのかしら。言われてみれば彼のように早く、そして力強かった――……、彼?


「まほう…どっかで聞いたな。アンジェの奴がそんな話をしていたような気も…」

「し、知らずに使っているとでも言うのか!?」

 エルヴィス様が目を見開いてびっくりしている。

 私も素振りをする内に気付かず腕力を補強していたから、知らずに使うというのは理解できる。彼の言葉で気付かせてもらうまで、魔法だとはわからなかった。


 ……彼、に………。


 片頬に手をあてて、私は眉を下げる。

 レイモンド様が仰った通りで、これまで通りだ。記憶が抜けている。


「なるほど、感覚型か。そういう奴がいてもおかしくはないな」

「お、俺はあれだけ苦労をしたのに……」

 ヒスイさんの言い分をあっさり受け入れたレイモンド様と違って、エルヴィス様は小声で何か言いながら落ち込んでしまった。しゅんと肩を落とす姿は誰かによく似ている。

 ちょっぴり考えた結果、私は挙手する事にした。すぐに三人の視線が集まる。


「お話し中とはわかっているのですが、すみません。記憶が……」

「あァ、消えてきたか。ならさっさと帰れ。」

「帰り方がわからないのです。確か最初の時は、ヒスイさんに助けて頂いたと思うのですが…。」

 あの時は泉から出てきたから、泉に入ってみた。

 前回は……


「先日、君を迎えに来た少年は来ないのか?」

 エルヴィス様がそう言って、誰かが来てくれた事を思い出す。

 姿はぼんやりしていてわからない。どうしてか自分の左手に目を落とすと、ヒスイさんがその手をぎゅっと握った。


「大丈夫!あたしがまた協力するよ。安心して――絶対にね、《願えば叶う》んだ。」


 強い瞳。

 そんな表情をした女性を、私は知っている気がする。


 目の前にはヒスイさん。

 彼女を中心として、少し離れた位置にエルヴィス様とレイモンド様が立っていた。


 ……貴女は、



「アメちゃん。君は必ず、元いた場所へ帰れるよ。」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ