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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
幕間

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253/529

251.迷い込んだ先 ◆

 



 二頭立ての馬車が街道を進んでいた。


 中には私を入れて十人の新入生が、男女それぞれの制服に身を包んで座っている。

 新品のシャツにベストを着て、リボンかネクタイをつけて、ズボンかスカートを履いて、ブレザーに袖を通して。

 何人かはその上からさらにローブを纏っているけど、それでも私みたいに、フードまでかぶってる人はいないみたいだった。


『うわっ、すげー豪華な馬車!』


 男の子の声に、ちらりと視線を上げる。

 私達の乗合馬車を、真っ白に塗られた壁にピカピカの飾りをつけた馬車が追い越していった。きっと貴族の人が乗ってるんだろう。行先は私達と同じ、《神殿都市サトモス》かな。


 こげ茶色の髪をした男の子は、バンダナをつけた額に手をかざして白い馬車を見送っている。到着まではまだまだ時間がかかりそう――……私は、静かに目を閉じた。



 ツイーディア王国。



 私が生まれた国の名前。

 他の国からは「魔法大国」と呼ばれていて、魔力を持って生まれる人の割合が多いみたい。魔力を持てあますと大変な事になるから、魔力持ちの国民なら奨学金を出してもらえる。《ドレーク王立学園》へ通って、きちんと魔力のコントロールを学ぶために。


 私みたいな平民でも大きな学校に通える、ありがたい法律だ。

 でも……


『………。』


 ぎゅ、とフードの裾を摘まんで引き下げた。

 私の髪は老婆のように白くて、瞳は血みたいに赤い。

 お母さん達と離れて…知らない人どころか、貴族の子だって沢山いるような学園で、やっていけるのかな。全寮制だし、私が住んでいた町からはかなり遠い。


 不安で仕方ない…けど、頑張らなきゃ。

 勇気を出すって決めたんだ。初めて魔法を使った、あの日から。



『着きました。さぁ、新入生の皆さん。降りて大神殿へどうぞ。』


 長い時間が経ってお尻が痛くなってきた頃、ようやく御者さんがそう言った。

 王立学園があるのは《学園都市リラ》で、馬車が着いたのは《神殿都市サトモス》。

 リラはとっても遠いけど、この大神殿から移動できると入学案内に書いてあった。緊張で神父さんらしき人の挨拶も聞き流しながら、私は他の馬車で来た子達とも合流して大部屋に案内される。


『では、皆様の学びが良いものでありますように。』


 ツヤツヤした石の床に大きな模様が描かれてる事に気付いた。だって、光り始めたから。あちこちから驚きの声が上がる。

 眩しさに閉じた目をゆっくりと開くと、そこはもう別の場所だった。



『学園都市リラへようこそ!!』



 お、大きな声…。思わずびくっとしちゃった。

 うっすらと光る床の模様に気を取られながら、案内役らしい男の人を見る。


『まずは陣から出るといい、そのままではまたサトモスに戻ってしまうからな。』

 腰には立派な剣を持ってるし、警備の人にしては派手だから…剣術の先生、とか?女の子達がひそひそと「かっこいい!」って騒いでいる。

 歳は三十代前半くらいに見えた。瑠璃色の髪に明るいグリーンの瞳で、騎士の人が着ていそうなカッチリした白地の正装だけど、上着は羽織るだけで腕を通してない。


『俺はレイクス!新入生諸君、よく来た。これから学園に向かうが、その前にまずは《魔力鑑定》だ!魔力がある者もない者も、事前の申告と相違ないか確認させてもらうぞ。』


 案内された部屋で一人ずつ名前を呼ばれて、台座に置かれた白い石に触れて扉の奥へ去っていく。

 《鑑定石》…確か魔法には五つくらい属性があって、これはその内のどれが一番自分に合っているかを教えてくれる石だ。


『次――カレン・フルード!』

『は、はいっ。』


 私が触れると、冷たい石は淡い緑色に光った。これは風の属性が合っているという事。

 鑑定を終えて進んでいくと、学園行きの馬車が待っていた。あの不思議な床の模様で移動したのは、学園都市の中にある教会だったみたい。




『新入生の皆さーん…こ、こちらへついて来てくださいね~……。』


 学園につくと、先生っぽい気弱そうな女の人が懸命に声を出していた。

 皆なんとなく一塊になって彼女について行こうとしてる。私もその中に入ろうと近付いたら、最後尾にいた女の子が私を振り返って、途端に嫌そうに口元を引きつらせた。


『うわっ何あの髪。』

『え?わ…ほんとだ。すごいね』

『きもちわる~』

 次々と私のほうを見始める、それがまだ数人で済んでいる内に、私はフードを深くかぶり直して背を向けた。今だけ隠したって、どうせまた見られちゃうのに。

 廊下に立ち並ぶ石柱の影にもたれるようにして、彼女達が早く行けばいいと願う。クスクス笑う声が遠ざかっていく。


『…もう、いいかな。』


 流石に距離がとれただろうと柱の影から顔を出すと――誰も見当たらない。

 もっと早く出るべきだった、皆はどこで角を曲がったんだろう。さぁっと血の気が引いた。入学式に遅刻なんてしたくない。


 慌てて駆け出したら、最初の曲がり角で誰かと鉢合わせた。


『わっ、とと!大丈夫?』


 声を上げたその人は、ぶつかる寸前に私の両肩を掴み、勢いを殺すように私ごとくるりと一回転した。お祭りで踊るダンスみたいに。

 私より幾つか年上に見える、すらっと背の高い赤茶色の髪の男子生徒だった。優しそうな垂れ目が印象的で、ゆるくウェーブした髪は編み込みを作って後ろへ流している。おしゃれさんだ。


『ごめんね、痛くなかった?』

『は、はい……』

 手を離した彼は申し訳なさそうに少し眉を下げ、私を――顔を上げた私を、見てしまった。はっとしたけどもう遅い。白い髪も赤い瞳もばっちり見られてしまった。

 変な顔をされると覚悟したのに……彼の茶色い瞳はただ、きょろりと辺りを見回した。


『いないなぁ…どこ行ったんだか。』

『あ、あの……?』

 本当に見えなかったのか確認したくて、そして道を聞きたくて声をかける。

 再び私を見下ろした彼は、にこりと微笑んでくれた。この不気味な色が気にならないの、本当に?


『あぁごめん、俺はチェスター。君は?』

『…カレン・フルードです。』

『カレンちゃんね。年上だけど同じ新入生だから、気負わなくていいよ。』

 私の緊張を見透かしてか、チェスターはへらっと笑ってそう言ってくれる。自己紹介のつもりじゃなかったんだけどな、とは今更言えない。


『ところで、黒髪の男の子見なかった?こう…きりっとした目つきの美形でさ、俺みたいに剣を提げてるんだけど。背はこれくらい』

 チェスターは水平にした手のひらを私より高く上げた。さっきの一団、顔はほとんど覚えてないけど…でも、黒髪の男の子はいなかった気がする。


『見てない、かな。』

『そっか…わかった、ありがとね!じゃ、』

『!待って、私…』

『君みたいに可愛い子がいるなら、学園生活も華やぐよ。また会おうね☆』

 ぱちんとウインクを一つして、チェスターは走り去ってしまった。


 道を……聞きたかった。



 どうしようかと思ったけど、よく考えたらチェスターが来た方向に誰かいるんじゃないかな?

 私はそれに賭ける事にして廊下を急いだ。新品の制服を着た、私と同い歳くらいの子達がいる。よかった、合ってたみたい。

 最後尾の人達の踵に目を落として、数メートル離れてついていく。さっきは顔を上げていたからよくなかったんだと思う。


『ちょっとアナタ。なぁに、その歩き方は。どこの方?』

『えっ?』

 急に立ち止まられて、足が向き直るから私に言ったんだとわかってしまう。

 無視するわけにもいかなくておずおずと声の方を見たら、くるっとウェーブした緑髪の女の子が私を睨みつけていた。ピンクの口紅を塗った唇が歪む。


『まさか平民ではないでしょうね。』


 その一言でようやく気付いた。

 反射的にさっと見回した他の子達――何事かとこちらを振り返っている――皆、どこか品のある子ばかりだった。私、貴族の人達に紛れてしまったんだ!


『お名前をうかがってもよろしくて?』

『あ、……っ。』

 怖くて声が出ない。

 血の気が引いていく私をジロジロ見て、何人かがクスクス笑っている。


『まぁ…名乗れもしないなんて、非常識な方。』

『どこから来たのかしら?見ない顔だし佇まいもみすぼらしいし、平民よね?』

『ひどい髪の色だな…あの目も気味が悪い。』

 ぼそぼそと声が聞こえる。

 喉が締め付けられたような感覚がして、喋れないのに、今すぐ逃げ出したいのに、足が動かない。

 集団が足を止める騒ぎは前へ前へと伝わったのか、先頭の方にいた生徒が二人、わざわざこっちに戻ってきた。皆その子達のために道を空けている。



『何の騒ぎだ?』



 綺麗な男の子だった。

 廊下の照明を反射して光る髪は金色で、後ろで一つに結っている。王子様がいたらきっとこんなお顔だろうってくらいに素敵で、他の生徒と違って薄い青色のマントをつけていた。貴族として位が高いとか、それか新入生に見えるけど実は上級生なのかも?

 青い瞳が私を見て、ちょっと驚いたような顔をした。長い睫毛が瞬く。


 あれ?でもどこかで見たような――そんなわけないか、私に貴族の知り合いなんていない。それもこんな王子様みたいな……みたいなっていうか、そういえば。今年は王子様も入学するって、噂になっていたような?


『殿下、こちらの方は恐らく平民ですわ。どういうおつもりだか、私達に紛れようとしていたのです。』

 緑髪の女の子が急に甘い声を出した。

 びっくりする――びっくりした!殿下!?で、殿下ってことは、この人が王子様!?

 目が零れ落ちそうなほど驚いて、私は慌てて頭を下げた。


『す、すみません!道に迷っただけなので、すぐ行くからっきゃあ!』


 もと来た方へ走り出そうとして、何もないのに躓いてしまう。ぎゅっと目を瞑ったけど、誰かが腕を掴んで引き戻してくれたお陰で転ばずに済んだ。心臓がばくばく鳴っている。


『あ、ありがとう――…』


 助けてくれた相手を振り返ったら、至近距離にいたその人は…王子様だった。

 周りから息をのむ音や短い悲鳴が上がる。


『大丈夫かい?』

『は、はい…』


 私がちゃんと立ったら手は離れたけど、王子様の後ろから女の子達が怖い顔で私を睨みつけていた。背筋がぞっとする。うぅ…。


『まだ時間はあるから急がなくていい。…君、名前は?俺はウィルフレッド・バーナビー・レヴァイン。この国の第一王子だ』

『はい…ありがとうございました。わっ、私は、カレン・フルードです。』

『これから俺達は学友だな。よろしく、カレン。』

『は…はい……。』

 どんどん怖い顔になっていく女の子達と違って、ウィルフレッド様はにっこり微笑んでくれた。そして何かを促すように、自分の隣に立つ男の子に目を移す。

 短く整えられた紺色の髪に、黒縁眼鏡の奥には綺麗な水色の瞳――ものすごく、眉を顰めている。


『…サディアス・ニクソンと申します。』


 心底言いたくなかったような声で、冷たい眼差しの彼が言った。

 私もぎこちなく「よろしくお願いします」と返す。よく見ると少し年上、なのかな。ウィルフレッド様は一つ頷いて、私と目を合わせてから人差し指を廊下に向ける。


『二つ目を右に曲がったら、十字路を真っ直ぐに行って一つ目を右だ。そちらが君達の入り口だったはずだよ。』

『ありがとうございます!』

 私が一番知りたかった事だ。つい笑顔になってしまう。

 忘れないようにしないと。二つ目を右、十字まっすぐの右……


『では気を付けて。またね』

『はい!』

 私が迷ったのがいけないのに、ウィルフレッド様は平民だって事も、この見た目も嫌がらずに親切に教えてくれた。なんて優しいんだろう。

 光輝くような笑顔を向けられると、なんだか恥ずかしくて顔が熱くなる――…貴族の女の子達がとんでもなく怖い目で見てる!早く行かないと!!

 ぺこぺこと頭を下げて、私は逃げるようにその場を後にした。




 なんとかしてたどり着いた会場は、平民と貴族とで席が真っ二つに分かれていた。


 同じ一年生なのにと思うけど、さっきみたいな事になるならこれがいいんだろうな。

 学園長先生の話をじっと聞いて、新入生代表はウィルフレッド様だった。緊張した様子もなく落ち着いた声でお話してる。……紙とか何も見てないけど、全部暗記してるのかな。すごい。


『第二王子の方はどこにいるんだ?』

『え?来てないの?』

『ほら、第一王子が戻ってったとこ。隣が空いてるだろ……』


 あちこちで同じひそひそ話をしてるみたいで、小さなざわめきになっていた。

 この国には《双子の王子様》がいる、って事くらいは私も知ってる。ウィルフレッド様と、もう一人は……


 バターン!


 突然、会場の扉が勢いよく開いた。もったりとした女の子の笑い声が響く。


『おほほほ、遅くなりましたわぁ!』


 まるで足音みたいな間隔で床がドシドシ鳴って、揺れる。

 入り口を見ると、プラチナブロンドの髪をいくつもの縦巻きに結った女の子が入ってきた。とってもその、ふくよかで。もしかしてこのドシドシは足音で合ってる?

 遠目からでもわかるほど赤い口紅、キリリとした太い眉。入学式に遅刻したとは思えないくらい堂々としてる。


 会場が凍り付くのも構わずに、その人は貴族用の席の最前列、ウィルフレッド様の隣に座ろうとして、ウィルフレッド様が慌てて止めながら立ち上がった。先生方が数人飛び出して二人の方へ走っている。

 よく見ると一列後ろにも一つ席が空いていて、ウィルフレッド様はそちらが彼女の席だと案内してたけど、女の子は嫌なのか縦巻きの髪を左右に揺らしている。


『空いているのだから座って構わないでしょう?わたくしの隣に座る栄誉を差し上げますわよ、金髪の貴方!』

 彼女が扇を広げて、ぱん、と音が鳴る。

 ウィルフレッド様に対する呼び方のせいか、静かだった会場は一気にひそひそ話だらけになった。


『無礼な…どなたかわかっているのか?』

『王女が留学に来るって聞いてたけど、嘘だよね?王女ではないでしょ、あれ。』

『こう言っては何だが、かの王国も話で聞くほど雅ではないらしいな。』

『ぷっ…なぁに、あのお顔。見ていられませんわ…』


 聞こえてきた内容にびっくりする。他の国の王女様かもしれないってこと?

 辿り着いた先生方に何を言われたのか、彼女は「お菓子ならとびきり甘い物がよくってよ!」と笑いながら出て行った。




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