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ハッピーエンドがない乙女ゲームの世界に転生してしまったので  作者: 鉤咲蓮
第一部 未来を知る者

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23.テーブル下の秘密

 


 持ち出し禁止棟は絶版になったものや希少なもの、国にとって重要なものを集めた所だけれど、棟というより屋敷レベルの広さだ。


 王立図書館全体となると勿論もっともっと広くて、まるで小さなお城のようになっている。

 そのため案内役の係員が所々に立っていて、私は無事、持ち出し禁止棟の中にある閲覧制限コーナーの前まで辿り着くことができた。


 ただし、使用人であるメリルはそこまで。

 待機室から心配そうにこちらを見つめる彼女に小さく手を振って、私はサディアスを探すための第一歩を踏み出した。

 …閲覧制限コーナーといっても、それだけで数階層あるのだけれど……!


 並び立つ本棚はまるでそれ自体が巨大迷路のようで、本を読むために半個室のように区切られたスペースがあったり、階段とは別に梯子で行けるエリアがあったりで、人を探すのもやはり骨が折れる。

 入口にいた係員さんにサディアスが来たか聞いてみたけれど、答えてはもらえなかった。記録は取っているけど基本的に非公開らしい。


 ――えぇと、ここは国史・神話に関する文献……サディアスがいるのはどこかしら。


 彼がもし来ていなければスキルについて調べたいし、私は魔法関連の書籍が置かれた場所を探す事にした。

 階段を上って次の階層に行き、魔法学の本が並んでいるのを確かめて本棚の間をちらりちらりと見ていく。どこかに紺色の髪の少年はいるかしら。

 既に本を選んで、どこかに腰を落ち着けて読んでいる可能性もある。


 まるで隠れ家のようにあちこちに備え付けてある読書コーナーを見ていくと、ようやくその姿を見つける事ができた。


「サディアス」

 まばらにいる他の利用者の迷惑にならないよう、小声で呼びかける。

 彼はテーブルの縁に開いた本を立てかけて読んでいたけれど、私の声に驚いた様子で水色の瞳をこちらに向け、すぐさま本を閉じた。

 背表紙にも表紙にもタイトルらしき文字はない。


 サディアスは顔を顰めていて明らかに歓迎されてないけれど、お構いなしに隣の席へ座る。

 互いの邪魔をしないようにか四人席の大きなテーブルは幅が広く、向かい側の席では内緒話ができそうになかったから。


「こんにちは。」

「……何の御用でしょうか。」

 私と反対側に本を抱えて、サディアスが眼鏡をくいと押し上げる。よかった、少なくとも無視はされなかったわね。

 周囲を見回して耳を澄ませ、改めて近くには物音一つないと確かめてから、さらに声を落として聞いた。


「アベルに何かあったの?」


 サディアスが眉根を寄せたことで、やはり事情を知っているらしいと確信する。

 気を引き締めて言葉を続けた。


「屋敷に騎士団の方が来たわ。アベルと出掛けた時のことを聞きに。」

「…そこで事情を話されなかったのであれば、貴女が知るべき事ではありません。」

「では、町で何かあった?」

 レナルド先生は私に、アベルの町の人への態度を聞いた。一人になるタイミングがあったかどうかも。

 予想は当たっていたようで、サディアスはぴくりと眉を動かして黙した。それは「何かあった」と認めるようなもの。


「あったのね。…それで、アベルが疑われているのでしょう。」

「……貴女にできる事など何もありませんが。」

「貴方は何かするつもりなの?騎士団に事情を聞かれた以上、私も多少は関係者だと思うのだけど。」

「はぁ…」

 いかにも面倒そうなため息をついて、サディアスは本を持ったまま立ち上がる。

 そして壁代わりになっている本棚に近づいて、ちらりと通路や他の人の様子を窺ってから戻ってきた。私をテーブルの下へと手招きするので、不思議に思いながら屈む。


 なんだか地震の避難訓練のようだわと思いながら、大きなテーブルの下に二人で潜り込んだ。

 両膝をついてちょこんと座ると、跪くような姿勢のサディアスが口を開く。


「宣言。闇、我らを覆え」


 途端に、テーブルの下がより薄暗くなる。お互いの顔がぎりぎり視認できる程度だ。

 サディアスの水色の瞳が、まるで深海に差し込んだ光のようでとても綺麗だった。表情はとても渋い顔をしているけれど。

 あくまで小声で、サディアスが話し始める。


「いいですか、放っておいて問題ありません。よほど決定的な証拠がない限り王族を立件などできませんし、騎士団はあの方に好意的です。ずさんな捜査で終えるとは思えない。」

「では、真犯人が見つかるのね。」

「そうとは言い切れませんが…見つからずに容疑がかかったままだとしても、立件されないのであれば問題ないでしょう。じきに解放されますよ」

 解放?

 その言葉に違和感を覚えながら、私は眉を下げる。


「容疑がかかったままでは困るわ。」

「あの方はその程度で揺らぐような人ではない。…貴女は妃の座でも狙っているのですか?」

「まさか。」

 嘲りを含んだ目で言われた一言に驚いた。どうしてそんな話になるのかしら。


「友達が誤解されたままでは嫌でしょう。」

「友達?…彼は第二王子殿下ですよ。」

「えぇ。第二王子殿下であり、私の友達だわ。そんな事より、ウィルは今回のことを知っているの?」

 知ったらとても怒りそうだわと思いながら聞くと、サディアスは軽く息を吐いた。


「そろそろ聞かされていると思いますよ。騎士団も、聞かれるまで言わないというわけにはいかないでしょうからね。」

「さっき貴方が言っていた、解放というのは?」

 サディアスは眉を顰めた。失言だったという顔。答えてもらうためにじっとその瞳を見つめると、苦い顔で目をそらされる。


「……今、アベル様やチェスター、護衛騎士は城内で騎士団の監視下に置かれています。」

「監視?」

「そうしておけば、良くも悪くも新しい事件は起きませんからね。」

 サディアスが言うには、監視下であればその期間は無罪が立証できるということ。その間に事件が起きれば、犠牲者は増えるけれどアベルは冤罪寄りになる。

 ただそれをわかっていて、これを仕組んだ人が新しい事件を起こすとは思えない。だから、犠牲者が出ない意味では良い事だと。


「……では、一番よくないのは、アベルの容疑が晴れないまま解放されて、その直後に事件が再開することね?」

 未だにその事件が何か知らないまま、私が考えをまとめる。サディアスは軽く頷いた。


「心配はいらないと思いますよ。我が国の騎士団は、何も掴めないまま終えるほど無能ではありません。」

「貴方は…結果がどうなっても構わないというところ?」

「……城下で何が起きようと、王になる人間は変わりませんから。」

 サディアスはそんな風に答える。

 第二王子派を公言するニクソン公爵の息子で、ウィルの従者を務めている、彼は。


 第一王子派の人々からは危険視されている。いつかウィルを後ろから刺すようにして、アベルを王に推すのだろうと。

 だからある程度アベルの評判を落とすような動きもして、第一王子派にも気に入られるよう立ち回っている。

 ゲームでは、アベルが民を殺しているという噂を流した事があると、ヒロインに打ち明けるシーンなどもあった。


「でも、何が起きてるか調べてはいるわよね?」

「…教えませんよ。」

「そこをなんとか…!」

 お願い、と両手を合わせてみるけれど…なんて冷たい目をしているのかしら。

 どうにか根負けしてくれないかと目を合わせたままでいると、絨毯を踏むくぐもった足音が二つ近付いてきた。


「――大人しくしているとか。」

「はは、あの暴れん坊がいい気味ですな。」

 貴族のおじ様が二人で歩いてきた。

 と言っても脚しか見えないけれど。わざわざここで出ていくのもまずいので、私とサディアスはじっとしている。


「この辺りで話しましょうか、どうぞ」

 ん?

 いけない、よりによってこのテーブル席につく気だわこの人たち!サディアスがぎょっとして二人の方を振り返る。

 彼らはサディアスがいる側で向かい合わせに座るつもりのようだった。いくら闇の魔法で見えにくくしていても、さすがに足は当たってしまう。

 私は慌ててサディアスの服を掴んでぐいと引き寄せた。二人が椅子に座る音と、サディアスがこちらへ倒れ込む音が重なる。


「……!?」

 すぐ目の前、ずれた眼鏡の奥で水色の瞳が驚愕してこちらを見ているけれど、私は自分の唇に人差し指をあてた。

 サディアスが身じろぎしておじ様達の足にあたらないよう、動かないでねという気持ちをこめてギュッと腕に閉じ込めておく。

 上からヒソヒソと話し声が聞こえてきた。


「しかしよく手に入りましたな。やはりあの職人が?」

「いやぁ、そちらは頑なに拒否されましてね。しかし、設計図さえ手に入ればなんとでも。」

「設計図!それだけでかなりの価値があるでしょうに。」

「我が屋敷で保管しております。無いと気付いた時の、あの頑固職人の顔を拝んでみたかったですがね…フフフ」

「それを見るのは騎士団でしょうなぁ。」

 何を話しているのかしら。

 チェスターから、こういう時はすぐ離れてと言われていたけれど……この状況では無理ね。


「なんとか、今回で消えてもらえないですかねぇ。あのような危険因子が我が国の、それも王族にいるというだけで背筋がゾッとする思いですよ。」

「騎士団はアレの味方ですからなぁ。少々引き込んではいますが、上層部はどうにも。…まぁ、しかし無傷では終われないでしょう。」

「えぇ、中立派も何人かは今回で青ざめていましたから。じっくり、積み重ねですよ。」

「我らは、野蛮なあちらの派閥とは違いますから。」

「まったく、その通りで。」


 話の雲行きが怪しい。

 サディアスを見ると、彼もまたおじ様たちの発言にじっと耳を澄ませていた。考え込むように眉間に皺を寄せ、視線に気付いたらしく私と目が合う。

 無理矢理引っ張られた怒りのためかサディアスは顔を赤くして、けれど今は我慢しようと決めたのか目をそらされた。

 これは、おじ様たちがいなくなったらお説教が始まりそうね。


 絨毯を急ぎ足で移動する、軽い足音が聞こえてきた。

 おじ様たちがガタッと立ち上がる。


「こ…これは第一王子殿下!ご機嫌麗しく…」

 ウィル!?

 驚いたけれど、やってきた少年の足取りも革のブーツも見覚えがある。


「あぁ…こんにちは。マクラーレン伯爵、ラッカム子爵」

「こ、こんな所でお会いするとは奇遇ですなぁ。」

「お探しの本でも…いえ、もしや、サディアス・ニクソン様をお探しで?」

 声を低めて問われた内容に、私の――もしかしたらサディアスも――心臓がどくりと鳴った。

 そうだと言われたら彼らは何を思うだろう。


「いや。授業で使う本をこの目で探そうと思ってね。」

 ウィルはさらりと否定した。

「…二人は、何か相談事でも?」

「あぁいえ!年寄りに広い図書館は疲れますからな。少し休んでいただけです」

 椅子の前に立ち上がっただけだった二人が、笑いながら通路へ出ていく。私はほっとして腕をゆるめた。

 サディアスが物音を立てずに、けれどすごい勢いで私から距離をとる。


「では殿下、失礼致します。」

 二人がそそくさと離れていく。

 ウィルはそちらを見ていたようだけれど、やがてこちらへ歩いてきて、テーブルの縁を掴んだ。私は次に起きる事を予想してハンカチを取り出す。

 サディアスが魔法を解くのと、ウィルが下を覗き込むのは同時だった。


 青い瞳と目が合う。


「んなっ…!」

 目を見開いて叫びかけた彼の口を、私はハンカチで素早く押さえつけた。


 ……まるで悪役だわ!?





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