表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラヴ・アンダーグラウンド(LOVE UИDERGЯOUND)  作者: 囘囘靑
第3章:ただれた街・ベスピン(Беспин)
14/50

14_戦車(Бак)

 ギャングたちをかいくぐって、クニカとリンは隠れ場所を探す。道は()(だい)(じゅ)の並木道で、木は焦げていたり、根こそぎになっているものもあった。


 立ち並んでいるアパートメントは、ところどころが()()微塵(みじん)に打ち砕かれている。鎧戸(よろいど)や、外壁や、店舗の(ひさし)に使われるビニールシートなどが、街路に散乱していた。平和なときに干されていただろう洗濯物が、黒焦げになって窓に張りついている。


「ねぇ、リン」

「黙ってろ」

「ここ……おかしいよ?」

「分かってるよ」


 リンのこめかみにも冷や汗が流れている。何か悪いことが、“黒い雨(ドーシチ)”よりもずっと悪いことが、この街では起きているようだった。


「あそこだ」


 リンの指差す先に、レンガ造りの建物があった。外壁は煤けて真っ黒だったが、周囲の建物と比べれば、堅牢そうに見えた。入口には小さな屋根がついていて、鉄製の枠には、表札がはめてある。元は金文字だったと思われる表札の文字は剥げていて、時代モノの鏡のように、細かいシミが一面についていた。


 表札には


 Ъеспин Швейная Машина Завод


 と書かれている。


「ミシン工場?」

「入るぞ」


 リンにせかされ、クニカも中へ入る。入るやいなや、リンは迷うことなく。二階へと進んでいく。


「どうするの?」

「事務所みたいなところだ。地図を探さないと」


 リンの言葉に、クニカも(うなず)いた。二人とも、このベスピンという街をよく知らない。街から安全に抜け出すためには、地図が必要だった。


 「所長室」の前までやってくると、リンが扉を引っ張る。開かない。悪態をつくと、リンはスニーカーを脱いで、素足を扉につけた。足はたちどころにして鷹のかぎ爪に変わり、爪が扉に食い込む。紙を裂くようにして、扉が破れる。


「すごい……うげぇっ?!」

「ばか。感心してる場合か」


 げんこつを痛がっているクニカをよそに、リンはさっさと部屋に入り、机の引出し、キャビネットなど、調べられるところを片っ端からあさり始める。


「できることは何でもしないと――」


 リンが静かになったので、クニカは顔を上げる。


「リン?」


 リンの視線は、窓の向こうに釘付けだった。


「どうしたの?」

「クニカ、アレはなんだ?」


 リンが示す方向を、クニカも見つめる。そこは広場だった。否、もとはただの路地だったのだろうが、周辺の建物が粉々になったせいで、開けてしまっていた。


 そんな広場に鎮座しているモノを見て、クニカはすくみあがる。胴体の両側についている巨大なキャタピラ、分厚い装甲。ずんぐりした車体、遠近感を無視して(そび)える一門の砲塔――。


 戦車(ヴァク)だった。


「戦車……」

「センシャ? 何だそれ?」


 クニカは一瞬、「(シトォ)?」と()き返そうとした。しかしその前に、戦車が不意に動くと、砲塔がクニカたちの方に向けられた。


「伏せて!」


 二人はすぐさま、机の後ろに身を隠す。砲撃される! ――クニカはそう考えたが、弾が発射される気配はない。


「大丈夫そうか?」

「うん……」


 リンに促され、クニカは思いで立ち上がる。腰が抜けてしまいそうだった。


「リン、戦車を見たのって初めて?」


 リンは(うなず)いた。もちろん、クニカだって戦車などは初めて見た。だが、“戦車“が何なのか、リンは根本的に分かっていないようだった。


 部屋の調度をひっくり返しながら、クニカは、戦車について説明する。初めは(うなず)き返していたリンも、だんだんと顔が引きつっていく。リンの胸に見える心の色も、くっきりとした冷たい青色に変わった。


「なんだよそれ!」


 しかし、クニカが喋り終わった途端、リンの(かん)(しゃく)が爆発する。


「リン、落ち着いてってば」

「おかしいだろ?! 何でギャングたちがそんなモノ持ってるんだよ! オレたちだって欲しいよ! な、クニカ?」


 そういう問題じゃない、と、クニカは内心思ったが、前半部分は、リンの言うとおりである。ただのギャングたちが、戦車を持っているはずはない。


 そもそも、リンが狙撃された段階からしておかしいのだ。どうやってギャングたちは、ライフルなどという物騒なものを入手したのだろうか。


「あったぞ、クニカ!」


 しかしその間に、リンが目当てのものを探り当てた。


 机の上にあるものを、リンは腕で払いのける。ペン、インク壺、文鎮などが床に散らばった。


【ベスピン市市街図。製作:ベスピン市警】


 クニカもリンも、目を皿のようにして地図を見つめる。クニカの目を引いたのは、市街を東西に分断している、“エツラ”という名称の川だった。地図の四分の一ほどのスペースが、この川で埋め尽くされている。


「嘘だぁ」


 クニカは思わず声を上げる。街に入ってからというもの、川の存在など、クニカはこれっぽっちも感じ取れなかった。しかも、このエツラという川は、相当川幅が広いようだった。


 道すがらに見たオミ川を思い出し、クニカの背中を汗が伝う。エツラ川も、オミ川に劣らず広いようである。となると、このベスピンという街は、ヤンヴォイとは比較にならないほど大きいことになる。


「見ろ」


 地図の一点を、リンは指で示す。


「オレたちはここだ。ここが国道。そのままこっちに来てるから」

「右岸にいる、ってこと?」

「そうだ」


 エツラ川を示す水色のラインを、リンが人差し指で叩く。川を中心に、街は東西に分かれている。クニカとリンは今、右岸、すなわち東側の河岸にいる。脱出するためには、左岸へ渡らなければならない。


「ここだ」


 リンは指で、地図の一部を囲う。エツラ川を横切るようにして、赤いラインが四、五本描かれている。


「橋?」

そうだ(ダァ)。これで向こう岸へ渡れる」

「そうか。……えっ、でも、それって――」

「どうした?」


――納まってるのは対岸のコンテナの中さ。

――お頭が取りに行くのを許すと思うか?


 水路の中で聞いた話を、クニカは思い出した。“お頭“なる人物がいて、人が対岸へ渡ることを禁止しているのだろう。


「ねぇ、リン、橋をさ――」


 確かめに行こう、クニカがそう言おうとした矢先、


「おォい、誰かいんのかァ?」


 間の抜けた声が、窓の向こうから響いてきた。自分たちに向けられた声だと察知し、クニカもリンも戦慄する。


「おい、ウスノロ、あんまのろのろしてると、雨が降ってきても助けてやんねぇぞ」


 窓の向こうから、別の人物の笑い声がした。今しがた声をかけたのは、リンを狙い撃ちしたあの“ウスノロ(トゥピッツァ)”らしい。


「でもよォ……」

「『でもよォ』じゃねえ、バカ。とっとと戻るぞ。お頭が呼んでる」


 “ウスノロ”は(うな)ったり、鼻をすすったりしていたが、とうとう諦めたらしい。“ウスノロ”と思しき人間の心のもやもやが遠ざかっていくのを見て、クニカはほっとする。


「いなくなった……」

「待ってろ、確かめる」


 窓に近づくと、リンは外を注視する。安全なのを確認し、改めてクニカに立ち上がるよう合図した。


「クニカ。続きを話してくれ」


 クニカは話を続けた。橋は通行止めになっていること、その命令を下しているのが、“お頭”なる人物であるということ――。


「なるほどな」


 リンは腕を組んだ。


「つまり、お頭ってヤツが分からないと、何も分からない、ってことだよな?」

「うん」

「……なぁ、さっきのヤツら“戻るぞ”って言ってたよな、お頭のところに?」

「言ってた」


 クニカはうなずき返した。

「どこに戻るつもりなんだ?」

「アジト、とかじゃないかな?」

「――そこに行ってみよう」

「でも……危険じゃ……」

「バカ。オレひとりで行くんだよ。お前は隠れてろ。どんくさいからな」

「うっ……」


 そんなことを言われるのではないかと、クニカは覚悟していた。しかし、面と向かって「どんくさい」と言われるのは、さすがに落ち込んだ。


「でも、わたしも一緒に行きたいよ、リン」

「ダメだ、危険だ」

「リンだって同じでしょう?」

「心配すんなよ。やられたりなんかしないよ」

「撃たれたらどうすんの?」


 何気なく尋ねたクニカだったが、リンの身体がびくりと震えた。そんなリンを見て、クニカも驚いた。


 リンの“心の色”が、さっと青色に変わった。


「そしたら――」


 リンは言いかけるが、最後まで続かなかった。


「あのさ、リン」


 どんなに絶望的な状況でも、助け合わなきゃダメ――タミンの言葉を、クニカは思い出す。生き延びるために、自分たちは協力しなければならないのだと、クニカは何度も、心の中で繰り返す。


「ひとりでできないことでも、一緒なら何とかなる。リン、そう言ってたよね?」


 リンの手を、クニカは握り締める。クニカの想像する以上に、リンの手は冷たかった。


「だから、わたしも一緒に行くよ。お願い。行かせて、リン」

「分かったよ」


 リンも、クニカの手を握り返す。


「だけど、ぜったいに離れるなよ。危険だったら、すぐに引き返す。いいな?」


 リンの言葉に、クニカはうなずき返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ