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群青と赤紅色のリリィ  作者: 黒井ちくわ
旅の始まり
29/33

第29話 見捨てられない仲間

前回までのあらすじ


ついにギギ無双が始まった。

「それじゃあギギ、お願い。気を付けて」


「ギギギ……」


 古く汚れて継ぎはぎだらけのうえに、返り血で赤黒く染まったうさぎのぬいぐるみ。

 傍目(はため)にはただの薄気味悪い人形にしか見えないけれど、リリィにとっては唯一無二の親友にして、生まれたときから横にいた守護神そのもの。


 夜は枕代わりに一緒に眠り、昼は腰に(くく)りつけて移動する。文字通り肌身離さず、まるで身体の一部の様に大切にするギギをリリィはそっと送り出した。

 主人の言葉を理解しているのかいないのか、いつもと変わらぬ不気味な声を残して藪の中へと入っていく。そのギギの背をリリィが(まじろ)ぎもせずに見送っていると、後ろから聞き慣れた声が掛けられた。


「エリク、リリィ、無事か!? ケガはないか!?」


「リリィちゃん無事? 大丈夫!?」


 小走りに駆け寄ってくる若い冒険者たち。それはジャンとメラニーだった。

 緊張のためか恐怖ためか、二人の顔は盛大に青ざめていた。彼らに向けてエリクが返事を返した。


「俺もリリィも無事だ。怪我もない。――それで、みんなは?」


「ウォーレスがやられた。それ以外はみんな無事だ」


「そうか。それでウォーレスは?」


「弓で首を射抜かれたんだ。今もまだ矢が刺さったままなんだが、無理に抜いて出血が激しくなったらと思うと……なぁエリク、どうしたらいいと思う?」


「どうしたらって……」


 エリクが戸惑いを隠せない。

 僧侶でも治癒師でもないのだから、いきなり訊かれたところで答えようもなかった。確かにジャンよりも冒険者としての経験は豊富ではあるが、だからといっていきなり怪我の対処方法を訊かれたところでわかるはずもない。


 果たしてなんと答えようか。

 数瞬エリクが迷う。そのとき、ふとなにかを思い出してリリィに声をかけた。


「なぁリリィ。お前って確か治癒魔法が使えるって言ってたよな。それならウォレスを――」


「エリク」


 リリィが短く名を呼んだ。

 どうやら彼女はエリクの言わんとしたことを察知したらしいのだが、見れば拒絶を表すように小さく首をふっていた。

 その様にエリクが言い淀んでいると、気付かずジャンが話を続けた。


「すまない、こんなことを訊いて。医者じゃなんだからエリクだって答えられるわけないよな」


「あ、いや、俺の方こそ役に立てずにすまない。――それで?」


「今は仲間たちが介抱している。すぐにでも近場の町へ連れていって、医者に診せたいんだが……」

 

「そうか。なら早めになんとかしないといけないな。――状況は?」


「寝込みを襲われたから、さすがの傭兵たちも隊商員を守るので手一杯だ。だから敵の迎撃は俺たち冒険者に任せたいそうだ」


 言いながらジャンが顔を歪める。

 未だ敵の正体も規模も不明にもかかわらず、かまわずその前へ姿を晒せという。明らかに冒険者の命を軽視する命令に彼も彼なりに言いたいことがあるのだろう。

 けれどこれは初めからわかっていたことだ。いくら危険度が低い依頼とは言え、護衛の任務である以上は危険が付いて回るのは当然なのだから、いざ現実になったからといって文句を言うのは筋違いというもの。

 それを理解しているがゆえにそれ以上文句を言おうとせず、表情を取り繕いながらジャンが話を続けた。 


「そういうわけだから、エリクたちも一緒に来てほしい。敵は東の藪から矢を射かけてきている。まずはそれを炙り出して――」


「その必要はない、もう手は打ったから。すぐに相手の方から姿を晒してくるはず。私たちはそれを返り討ちにすればいい」


「えっ?」


 ジャンとエリクの会話にリリィが口を挟んでくる。

 何気に振り向いてみれば、いつもと変わらぬ無表情のまま彼女は右手の藪の中を見つめていた。そこに何かあるのだろうか。釣られてジャンが視線を向けると、少し離れた藪の中から野太い声が聞こえてきた。


「ぐあぁ! な、なんだこいつは!」


「や、やめろ! なにしやがる!」


「ひぃぃぃ! あ、足がっ! 俺の足がぁぁぁぁ!!」


 暗闇に響き渡る断末魔の叫び。

 思わず藪の向こうを凝視してみたものの、闇に紛れて何一つ見えない。それでも向こうで何か起こっているのはわかる。

 説明を求めるようにリリィを見てみれば、待っていたかのようにボソリと呟いた。


「まもなく敵が姿を表す。迎え撃つ準備をして」


「えっ?」


「聞こえなかった? すぐに敵が出てくる。そう皆に告げて」


 闇が支配する藪の中とは違い、枝葉を通して届く月明かりに照らされてリリィの顔が見えた。

 そこに浮かんでいる表情からは相変わらず感情を読み取ることができなかったが、彼女が嘘や冗談を言っていないことだけはわかる。だからジャンはその言葉を聞くなり皆へ向かって走り出していた。


「おいみんな、すぐに敵が姿を現す! 迎え撃つ準備をするんだ!」


「えっ?」


「いいから、言うとおりにしてくれ! 説明は後だ! とにかく東側の藪を警戒しろ!」


「わ、わかった!」


「了解!」


 訳もわからぬままに剣を抜き、未だ姿を見せぬ敵に対して最大限の注意を払う。その冒険者たちの前へ大きな悲鳴とともに幾人もの男たちが姿を現した。

 ある者は転がるように身を晒し、またある者は命からがらに地を這いずり回り、そしてある者は一目散に駆けてくる。目前に構える敵さえも見えていないかのようなその様は、まるでなにかに追い立てられているようにしか見えなかった。


 背後になにかいるのだろうか。

 緊張と怪訝が入り混じった複雑な表情で冒険者たちが藪の中へと視線を向けると、続けてそこからなにかが飛び出してくる。


 薄暗い月明かりに浮かび上がる小さな白い塊。

 長い二本の耳と短い手足が特徴的な、耳の先まで入れても大人の膝ほどまでしかないその小さな姿は、間違いなく冒険者たちに見覚えがあるものだった。


 そう、それはギギだった。

 リリィが肌身離さず持ち歩く小さな人形。古くて薄汚い不気味なうさぎのぬいぐるみ。それが突如姿を現したのだ。

 もとより薄気味悪い人形が、「ギギギ……」とこれまた気味の悪い声を上げながら藪の中から(まろ)び出て、まるで敵を追い立てるかのようにまっすぐに冒険者たちのほうへ向かってくる。


 その前には地を這うように逃げ惑う幾人もの敵たち。

 見れば彼らの中の数人はすでに血塗れとなっており、息も絶え絶えにギギから遠ざかろうとしている。するとその背へ一切の躊躇なくギギが凶刃を振るった。

 

 ザシュッ!


 薄暗闇に轟く生々しい響き。

 音もなく射出された空気の刃に切り裂かれ、男の一人が胴体を寸断されて声もなく転がった。


「ひぃぃぃ!!」


「ば、化け物だぁ!!!!」


「助けてくれぇ!!」


 それを見た男たちが狂ったように叫び散らし、さらにギギが追撃する。もはやその場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していたのだった。



 ◆◆◆◆



「で? お前たちは何者だ? さっさと答えた方が身のためだぞ」


 縄を打たれて足元に転がる正体不明の男たち。彼らに容赦なく蹴りを入れながらアルが詰問してみても誰一人として口を開こうとしなかった。

 それどころか馬鹿にするように唾を吐き捨てる始末。太々(ふてぶて)しいまでのその態度にイラついたのか、他の傭兵たちまでもが口々に(なじ)り始めた。

 

「この辺を荒らしている盗賊がいると聞いたことがある。大方それはお前らなんだろう?」


「せこい真似しやがって! 盗賊風情が俺たちに喧嘩を売るたぁいい度胸だ!」


「おい、アル! こんな奴らなんざ警邏(けいら)に突き出すまでもねぇ。さっさと斬り捨てちまおうぜ!」


 盗賊と思しき男たちを傭兵たちが罵倒する。それを横目に見ながら冒険者たちが瀕死のウォーレスに手当てを続けていた。

 はっきり言ってウォーレスの容体は芳しくない。矢が首を貫通したまま止まっているので思いのほか出血は少なかったものの、気道が塞がれているために呼吸が思うようにできないでいる。

 

 このままでは助からないだろう。今すぐにでも医者か治癒師に診せられれば助かるかもしれないが、ここから一番近い街までも徒歩で丸一日はかかる。

 なにより今は護衛の任務中なのだ。にもかかわらず、怪我人が出たからといって依頼主を放置するわけにもいかなかった。


 悔しいけれど、ここは見殺しにするしかない。

 同じパーティーメンバーであるイアンとラッセルが涙ながらに諦めようとしていると、不意にリリィが立ち上がりおもむろに片手をウォーレスへかざした。


 一体なにをするつもりなのか。

 怪訝な表情とともに仲間たちが見つめる中で、唯一エリクだけにはわかった。それでも敢えて言葉に出さざるを得ない。


「リ、リリィ……いいのか?」


「……いい。出会ったばかりだけれど仲間は仲間。やっぱり私には見殺しになんてできない」


「だけど――」


「こんなこと(はな)から隠し通せるとは思っていなかった。一緒に行動していればいずれバレること。早いか遅いかの違いでしかない。なら今がその時」

 

「そうか……わかった。それじゃあウォーレスを頼む」


 必要最低限の言葉で交わされる二人の会話。隣で聞いていてもさっぱり理解できないものの、不思議とその真意は皆に理解できた。

 動きやすいようにと一歩下がって冒険者たちが場所を空ける。その彼らを横目に見ながら、リリィは「ふんすっ!」とばかりにやる気みなぎる鼻息を吐いたのだった。

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