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【書籍化決定】転生したら魔法が使えない無能と捨てられたけど、魔力が規格外に万能でした  作者: 鳥助
第三章 司教スウェン

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99.対スウェン(2)

 獣化したランカがこちらを睨みつけてくる。その目に、あの頃の優しい光はもうなかった。そこに宿っているのは、獰猛な獣の本能――強い殺意だけだ。


「クロネ、ランカを引き付けて。その間に、私が洗脳を解除する」

「……わかった。獣化していても、相手はランカだ。できれば、傷つけたくない」


 そう、必要なのはランカの洗脳を解くこと。ただそれだけ。幸い、私はすでにその手段を持っている。あとは、それを行使するだけだ。


 けれど、相手は今のランカ。獣の力に飲み込まれた彼女の動きは鋭く、攻撃力と防御力は桁違いだ。真正面からでは、解除の隙は作れない。


 だからこそ、クロネに囮になってもらう必要があった。


 私は集中して魔力を練り上げ、私たちの体を包み込むように展開する。幾重にも重ねた防御魔法。これなら、ランカの猛攻にも一瞬は耐えられる。


「クロネ、お願い」

「ああ。任せておけ」


 その声は、まるで地を這うような低さだった。クロネが一歩、前に出る。双剣を構えた瞬間、空気が一変する。


 ――ゾワリ、と背筋を撫でる寒気。


 辺りに漂っていた湿気が、急激に凍りついたように思えた。それほどの圧力を、クロネは纏っていた。


 鋭く細められた瞳が、真っ直ぐにランカを射抜く。その目には、一片の迷いもなかった。冷たく、研ぎ澄まされた刃のように。


 八重歯を覗かせ、唇が歪む。それは笑みではない。警告でも、牽制でもない。獣が、自らの縄張りを侵した敵に対して放つ、本能の威嚇だった。


 ゴクリと唾を飲み込む。隣にいるはずの仲間の気配さえ、遠く感じられるほどだった。息をするだけで肺が痛い。まるで、自分が睨まれているような錯覚にすら陥る。


 そして――


「……ランカ」


 一言。その名を呼ぶ声が、低く、地の底から響いた。


「来い。今度こそ止めてやるから」


 静かながらも決して揺るがぬ決意を込めて、クロネが地を蹴る。次の瞬間、まるで空気を裂くようにその姿が消え――目を閉じた瞬間にランカの目前に音もなく現れた。


 その瞬間――唸りを上げて繰り出された爪が空を斬り裂き、クロネの双剣と激突する。


 ――ガキィィィン!!


 金属と爪が火花を散らし、重い音を響かせる。だが、それはただの幕開けだった。


「はああっ!」


 クロネが一歩も退かずに双剣を連続で振るう。その斬撃は風すら断ち切る鋭さ。だが、ランカも一歩も引かない。鋭く鋭く、腕を振るい、獣じみた本能でクロネの攻撃をすべて迎え撃つ。


 ギィンッ! ガキンッ! ――ギィィンッ!


 鋼と爪が交錯する度、空気が震えた。音の波が地を這い、周囲の空間を圧迫する。殺気と殺気がぶつかり合い、息を吸うのも忘れるような、重苦しい空気が満ちていく。


 もはや、剣と爪だけではない。体勢、間合い、足運び、視線――すべてが戦いの武器だった。


 まるで刹那を生きるような戦い。こうでもしないと、ランカを引き留めることは無理だった。


 クロネが引き付けてくれている隙に私はオルディア様に問いかける。オルディア様、いますか? オルディア様……。


『ふわぁぁっ、何~?』


 早速なんですけど、また魔法を打ち消す力を貸してくれませんか?


『ん~……あっ、とうとう決戦って訳ですね! いいでしょう! 合図を送ったら、力を行使しますよ!』


 お願いします。


 今日のオルディア様は、めずらしく普通だった。いつもこんな調子なら、どれだけ助かることか――などと考えている場合ではなかった。


 ランカとクロネは互いに一歩も譲らず、火花を散らすように連撃を繰り返している。その場から動かない今が、数少ない好機だ。


 私はすかさず首飾りを手に取ると、ランカに向けて突き出した。


「オルディア様、今です!」

『任せなさい! オルディア――』


 その瞬間、足元から異様な気配が立ち上った。


 見る間に黒い渦が地面に現れ、そこから伸びる漆黒の触手が、するりと私の手首に巻きついた。


「えっ――!?」


 声を上げる暇もなく、首飾りごと、腕が渦の中へ引きずり込まれていく。全身に力を入れて、引き抜こうとするが――びくともしない。


「何をしようとしていたか分かりませんが、邪魔をさせてもらいます」


 スウェンの声が冷たく響く。すぐに察した。これは妨害だ。しかも、最悪のタイミングで。


 現れた黒い触手が、私の手をがっちりと掴んでいた。首飾りをランカに向けようにも、腕を動かすことすらできない。


 さらに悪いことに、触手は足元からも這い寄り、私の脚や腰に絡みついてくる。じわじわと身体を締め上げて、身動きを封じようとしていた。


「くっ……このままじゃ……!」


 このまま拘束されれば、何もできなくなる。考えるより早く、私は魔力を集中させた。


 心臓の鼓動が高鳴るのと同時に、内側で熱が渦を巻く。頭の中でイメージを構築する。魔力の奔流、それを一気に変換する。私が最も得意とする形へ。


「――消えて!!」


 魔力の奔流が一瞬で飽和し、私を中心に爆風が炸裂した。


 ドン、と空気が揺れ、光と熱が爆発的に広がる。火花のように弾け飛ぶ魔力の粒が、周囲を焼き払った。


 黒い触手は耐えきれず、火に炙られた紙のように次々と焼け落ちていく。断末魔のように身をよじらせながら、渦もろとも一瞬で霧散した。


「なっ!? 詠唱なしで魔法を!? 一体、どうやって!?」


 一瞬で触手が消滅したことにスウェンが狼狽した。だけど、それに構っている暇はない。今も必死でランカを止めているクロネに報いるためにも――!


「オルディア様!」

『任せなさい! オルディアフラーシュッ!』


 次の瞬間――ランカの動きが、ピタリと止まった。


 猛々しく振るわれていた腕がだらんと力なく垂れ下がり、その目からは殺気が消えていた。虚ろで、どこか遠くを見るような視線。あの荒々しい気配は、もう感じられない。


「魔法の効力が……!」


 スウェンの焦った声が聞こえた。


「ユナ、今だ!」

「うん、任せて!」


 洗脳は解けた。でも、まだ終わりじゃない。あの薬の影響が、ランカの中に残っている。


 私は再び魔力を高める。胸の奥から湧き上がる光の力を、静かに、けれど確かに形に変えていく。


 浄化。それは、ただの回復とは違う。体に宿った穢れを拭い去る、祈りに似た力。


 掌から放たれた光が、そっとランカを包み込んだ。やわらかく、温かな光が、彼女の体をすっぽりと覆う。まるで、全てを許すように、優しく――。


 そして、光が収束する。これで、ランカの体を蝕んでいた薬の効力は消えたはずだ。


「……ランカ?」


 傍にいたクロネが心配そうに声をかける。すると、俯いていたランカの顔が上がった。


「……あっ。……動ける。ランカ……元に戻った?」


 そこには、正気を取り戻したランカがいた。

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