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【書籍化決定】転生したら魔法が使えない無能と捨てられたけど、魔力が規格外に万能でした  作者: 鳥助
第三章 司教スウェン

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98.対スウェン(1)

「ほう……協力していたとはいえ、あれを倒すとは。前の町でミノタウロスを倒したという噂も、どうやら本当のようですね」


 異形の猿が崩れ落ちた直後、スウェンの低く抑えた声が響く。その声音には苛立ちと、かすかな焦りが滲んでいた。予想以上に早い決着に、彼の計算が崩れたのは明らかだ。


 だけど――私たちにとっては想定内。これぐらいで足止めされるほど、甘くはない。


「残ったのはお前だけだ。今すぐ武器を捨てて、大人しく投降しろ」


 クロネが一歩踏み出してそう告げると、スウェンは薄く笑った。


「ふふ……魔物を一体倒したぐらいで、勝った気にならないことです。私の実力を見くびらないでいただきたい。あなたたち程度なら、ひとひねりで――」

「私たちを侮らないで」


 私が鋭く割って入る。クロネは双剣を構え、鋭い視線をスウェンに突き刺す。しかし、スウェンはどこか余裕を残したまま、冷笑を浮かべていた。


「確かに、今の状況では分が悪い。二対一ではね。……ですので、こちらも二人にしましょうか」

「また猿の魔物か? 何体出そうが、同じように叩き斬るだけだ!」


 クロネが叫ぶと、スウェンは軽く首を横に振った。


「いいえ、猿はもう結構。次は――あなたたちに最も効果的な敵を用意しました」


 そう言って、スウェンがゆっくりと手を掲げる。すると、彼の背後に控えていた影が前に進み出た。


 ――ランカ。


 虚ろな目をしてこちらに歩み出てくる。目の奥に宿っていた温もりは、どこにもない。


「この獣化の力を持つ獣人――今や、私の命令に忠実な戦士です」

「……ランカ……っ」

「くそっ、ランカを戦わせる気か!」


 感情が堰を切ったように溢れた。ランカをこんな風に利用するなんて――許せない。


「これは大きな拾いものをしました。まさか、獣化の素養がある獣人に出会えるなんてね。万に一人、いや……十万、百万に一人の逸材。前々から優秀な手駒が欲しかったところなんですよ。だから、薬を与えて無理やり力を解放したんです」

「じゃあ、ランカを誘ったのは……手駒にするため!?」

「そうです。信仰を広めるには、時に力が必要な時がありますからね」


 ランカを神官見習いに誘ったのは、ランカに眠る獣化の素質を見抜き、利用するためだった。ただの手駒として――それだけの理由で。


 そこに、ランカ自身の意思や希望なんて、微塵も考慮されていなかった。


「……そんな理由で、ランカを……!」


 胸の奥から怒りがせり上がってくる。ランカの優しさも、笑顔も、何もかも踏みにじって――。


「……それを聞いて、はっきりした。私は絶対に、ランカを取り戻す!」


 声を震わせる暇もない。強く、真っ直ぐに言い放った。


「こんな卑劣なやり方、許せるわけがない! カリューネ教の思惑に、ランカを巻き込ませはしない!」

「絶対に、お前たちの好きにはさせない!」


 決意を乗せた声が、闇を裂くように響いた。その声にスウェンが嫌そうに顔を歪める。


「これはもう、私の手駒。あなたたちには渡しません。さぁ、ランカ……力を解放するのです」


 スウェンの冷酷な声に、ランカは無表情のまま頷いた。


「……分かりました」


 その声には、もはや彼女らしい温もりはない。


 ゆっくりと一歩前に出ると、空気がピンと張りつめた。重苦しい気圧が場を支配し、息を呑むような静寂が広がる。


 ググッ……ッ!


 ランカの体が前のめりになり、内側から何かが膨れ上がるような違和感が走った。全身がざわつき、皮膚の下を力が蠢いているのが目に見えるようだった。


「……うっ、あ、ああ……っ」


 低くくぐもった唸り声が漏れ、肩が、背が、音を立てて隆起していく。


 骨が軋む音が響き、ランカの四肢や体が変化していく。その姿はどんどん人の形から外れていった。皮膚が伸び、濃い灰色の体毛が音もなく広がり始める。


 指が――爪が――獣のそれへと変貌していく。


 そして――。そこに立っていたのは、かつてのランカではなかった。


 今や全身を灰色の毛に覆われた、二足歩行の巨大な狼へと姿を変えていた。身の丈は優に二メートルを超え、爛々と光る瞳がこちらを睨みつける。体は引き締まり、筋肉の鎧に覆われたように逞しい。


「ランカ……」


 思わず名を呼ぶ。けれど、返事はない。


「ウオォォォンッ!」


 ただ、重たい唸り声が喉の奥から漏れるだけだった。


 だけど、その唸り声を聞いた瞬間、私の中で気持ちが強くなった。それはただの獣の咆哮じゃない。どこか、苦しそうで、助けを求めるような響きがあった。


 ランカの意識がまだ残っている。


 きっと、こんな姿になるなんて、望んでいたはずがない。戦うためにスウェンについていったんじゃない。誰かを傷つけたくて、神官見習いになったんじゃない。


 今も、心のどこかで抗っているはずだ。ランカを、あの優しかった彼女を――必ず、取り戻してみせる!


「行くよ、クロネ!」

「あぁ、ランカを取り戻す!」


 咆哮するランカを前に私たちは立ち塞がった。

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― 新着の感想 ―
・・・そもそも遮音結界でランカを確保しておけば良かったのでは? たしかイメージすれば魔力の塊を飛ばして遠隔設置可能ですよね?
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