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【書籍化決定】転生したら魔法が使えない無能と捨てられたけど、魔力が規格外に万能でした  作者: 鳥助
第三章 司教スウェン

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91.危機からの脱出(3)

 長い廊下を全力で駆けていく。胸の奥がざわざわして、早鐘のように鼓動が打ち鳴らされる。クロネがいる場所。そこへ、どうしても急がなきゃ。


『もう少し先にいるようです』


 オルディア様の声が焦りに拍車をかける。案内に従いながら走るけれど、思うように足が前に進まない。


 こんなとき、クロネみたいな身体能力があれば! けれど私の体は普通で、ただただ悔しい。心ばかりが逸って、歯がゆさに胸が締め付けられる。


『あ、その扉の先です! そこにクロネはいるでしょう』

「……ここ!」


 示された扉の前にたどり着いた瞬間、迷いなくノブを握り、勢いよく扉を押し開けた。乱れた息もそのままに、部屋の中へ飛び込む。


「だ、誰だ!?」


 驚いたような男性の声が響いた。でも、そんなのはどうでもいい。ただ、一つだけ、見つけたい姿がある。


 視線を走らせる。……いた。


「クロネ……!」


 彼のすぐ傍に、立っていた。あの黒髪、マント、見間違えようのない後ろ姿。ようやく会えた、そう思って名前を呼んだのに反応がない。


 嘘でしょ? 私の声、届いてないの?


 いつもなら、どんな時でもすぐに振り向いてくれる。私の声に誰よりも早く気づいてくれる、大切な存在。だから、こんな無反応、怖い。


 胸がぎゅっと締めつけられて、足元がぐらりと揺れるような感覚に襲われる。


「クロネ……お願い、返事してよ……!」


 震える声が漏れた。会いたくて、守りたくて、ここまで来たのに。クロネからの反応はない。まさか、もう洗脳されてしまったの!?


「……こいつの仲間か? だったら、なぜ洗脳されていない」

「クロネに何をしたの!?」

「何って洗脳しろって命令されたからしたまでだ」


 そんな……まさか。クロネは、もう……洗脳されてしまったの?


 信じたくないその現実が、鋭い杭のように胸に突き刺さる。頭の中が真っ白になって、立っているのもやっとだった。


「くそっ、面倒な。おい、あいつを取り押さえろ」


 苛立った声と共に、男が命じるように言った。まるで、クロネをただの道具のように扱うその言い方に、背筋が凍る。


 次の瞬間、クロネがこちらを振り向いた。その目には光がなかった。


 深い闇のように感情が抜け落ちた瞳。ただじっと、無表情にこちらを見つめている。まるで、私が誰かも分かっていないような、空っぽの目。あれほど優しかった目が……もう、どこにもなかった。


「クロネ……?」


 思わず呼びかけたけど、反応はない。いつものように照れることも、眉をひそめることもなく、ただ、命令を待つ機械のように動かず立っている。


 心がひび割れる音がした気がした。胸の奥が、ひどく冷たくなる。


 でも、それと同時にぐらりと揺れた。ぐつぐつと煮えたぎるような感情が、底の方からせり上がってくる。


 これは、恐怖じゃない。悲しみでもない。怒りだ。


「……返してよ」


 喉の奥でかすれた声が漏れた。


「クロネを……私の、大切なクロネを、勝手に奪わないで!!」


 叫んだ瞬間、視界が赤く染まるような感覚が走った。指先が震えている。唇を噛みしめても、震えは止まらない。悔しくて、悔しくて、どうしようもない。


 クロネは私を守るために、いつも隣にいてくれた。危険な時も、怖い時も、手を引いてくれた。そんな彼女が今、私のこともわからない目で、命令を受けて動こうとしている。


 許せない。


「おい、何をしている! 早くあいつを……!」


 男が鈴を鳴らしながら怒鳴った瞬間、クロネの身体が動いた。まるで糸で操られた人形のように、ぎこちなく、それでも確実に私の方へと歩き出す。


 そして、双剣を抜いた。私に双剣を抜くのはこれで二度目。初めて会った日以来だ。


 目の前で、クロネが……私に、剣を向けてくる。


 「……うそ、でしょ……?」


 声が掠れる。胸の奥が、ひどく冷たい手でわしづかみにされたように痛い。


 でもこの刃には心がない。感情も、迷いも、戸惑いさえも……何も、宿っていない。


「クロネ……わたしだよ。ユナだよ……」


 恐怖が、足に絡みついてくる。でも、逃げたくない。逃げちゃいけない。


 それでも、自然と後ずさってしまう。自分に剣を向けてくるその姿が、あまりにも現実離れしていて、どうしても受け止めきれなかった。


「よし、いい子だ。あいつを気絶させて、捕まえるんだ」


 男性の声にクロネが頷く。それを見た瞬間、心が軋んだ。いつもなら、私の声に応えてくれるはずなのに。


 私がこっちだよって言えば、すぐに追いかけてきてくれた。私がありがとうって言えば、少し照れたように微笑んでくれた。


 そのクロネが今、別の誰かの命令に従ってる。


「……これが、洗脳の力……」


 震える声でつぶやきながら、私は自分の胸に手を当てた。悲しみが、涙になって溢れ出そうになっている。


 でも、それでも。


「絶対にクロネを取り戻す!!」


 痛みで滲む視界の中、クロネの姿をもう一度、しっかりと見つめる。たとえ心が奪われていても、たとえ私を忘れていても……あの身体の中には、確かにクロネがいる。


 あのやさしさも、強さも、全部全部、どこにも行ってない。まだ、あそこにある。それを取り戻す事は出来るのは自分だけだ。

お読みいただきありがとうございます!

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