６９．エリシアの公務

「ねぇ、ねぇ！　次はあれ食べたい！　食後のデザートに丁度いいんじゃない？」

　エリシアが満面の笑みでクロネの手を引っ張って屋台に向かっていく。焼きたてのパイ、肉と野菜の串焼き、サンドイッチ。沢山食べたのに、まだエリシアは物足りないみたい。

「エリシアは凄い食欲だな」

「そう？　これくらい普通よ！　ねぇ、あれってフルーツだよね？」

「フルーツが飴に包まれているものだね」

「何それ、美味しそう！　早く、早く！」

　クロネだけじゃなく、私の手を引っ張ってエリシアはその店の前に移動した。

「いらっしゃい！　どんなものが好みかな？」

「わー、色んな色があって綺麗！　クロネお姉様、いくつか買ってもいい？」

「一つじゃないのか……」

「だって、こんなに可愛い物がいっぱいあるんだもの！　一つだけで我慢できないわ！」

　目を輝かせながら、エリシアはフルーツ飴を見た。

「えーっと……赤い小さいのと、黄色い台形のと、紫の丸がいっぱいのと」

　あんなに食べたのに、そんなに食べれるの？　私とクロネは顔を見合わせて、エリシアの胃袋の大きさに笑い合った。

「オレンジ色のと、薄いピンクのもの！」

「五つも食べるのかい！　凄く沢山食べるんだね！」

「これからお仕事だから、お腹はいっぱいにしておきたいの」

「小さい体で大変だね！　じゃあ、この五つを包むね！」

　亭主は言われた飴を紙袋に包んでエリシアに手渡した。私たちも一つずつフルーツ飴を注文する。

「ふふっ、可愛いフルーツ飴がこんなに！　どれから食べようかしら」

　エリシアは袋に入ったフルーツ飴を見て、とても嬉しそうにはにかんでいる。その時、騎士の隊長が近づいてきた。

「エリシア様、そろそろお時間です」

「えっ、もうそんな時間？」

「早くいかないと、また色々と言われますよ」

「はぁ……分かったわ。楽しい時間はこれまでっていうことね」

　隊長の言葉にエリシアはがっかりした様子だった。そして、私たちの方に振り向くと、少し困ったような表情をした。

「クロネお姉様、ユナ……わたくし公務に行かなければならなくなりました」

「そうか、もうそんな時間か」

「本当はもう少しこの時間を楽しみたいところですが、公務の方が優先なので許してください」

「それは仕方がないよ」

　楽しいひと時はあっという間に終わった。先ほどまで楽しそうにしていたエリシアの表情が少し寂しげに見えるのは目の錯覚ではないだろう。

　だけど、その顔が突然弾けた。

「そうだ！　公務にも付き合ってくれない？」

「公務に？」

「付き添うだけでいいの！　まだ、クロネお姉様と離れたくないし。……ダメ？」

　エリシアは両手を胸元で組んで、首を傾げておねだりをしてきた。

「……まぁ、大丈夫だが。いいのか？　あたしたちは無関係だけど」

「大丈夫！　護衛だっていう事にしておけば平気だから！」

「それなら、大丈夫だけど……。ユナはいい？」

「私は大丈夫だよ」

「やった！　まだ一緒にいられるわ！」

　エリシアの顔に笑顔が咲いた。本当に嬉しそうにしているので、こちらも嬉しくなってくる。

「じゃあ、このフルーツ飴は馬車の中で食べる事にしましょう。二人とも、行くわよ！」

　途端に元気を取り戻したエリシアは馬車が停まっている場所に向かって歩き出した。

　◇

　馬車の中でフルーツ飴を堪能しながら、市の話で盛り上がった。エリシアは終始楽しそうな表情をしていて、昨日の寂しそうな表情が嘘だったみたいだ。

　これで、エリシアの寂しい気持ちは少しは解消されたかな？　そうだったら、嬉しい。

　そんな事を考えていると、馬車は教会の前で停まった。すぐに騎士が扉を開ける。

「エリシア様、着きました」

「分かったわ。二人とも、ここからは皇女として振る舞うから、それに合わせてくれる？」

「分かった」

「分かったよ」

　途端にエリシアの表情が引き締まり、雰囲気が変わった。厳格な雰囲気に変わり、笑顔が消える。その様子でエリシアは馬車から降りていき、私たちも続く。

　騎士たちが扉を開けると、エリシアを先頭に中に入っていく。中は厳かな雰囲気で、信者たちが祈りを捧げているところだった。

　すると、こちらに気づいた神官が近づいてきた。

「エリシア様、ようこそおいでくださいました」

「今日も失礼するわね。それで、カリューネ教の方々は到着されているのかしら？」

「いえ、もう少しで到着すると思うのですが……」

「分かりました。それまで、この辺りで待たせていただきます」

　エリシアが壁の端によると、騎士たちと私たちはエリシアを守るように取り囲む。周囲に意識を向けて、危ない人が近づいてこないように注意をしたところ――扉が開いた。

　そこから現れたのはカリューネ教の法衣を纏った神官たちだった。厳しい顔つきをして中に入ると、こちらの姿を見つけて近寄って来る。

「エリシア様、お待たせしました。今日はこの地域を任されている、司教がお見えになっております」

　皇女を敬うような態度じゃないことに、少しだけ腹が立った。カリューネ教の神官ってみんなこんな人ばかりなの？　呆れていると、隣から異様な空気が漂ってきた。

　隣を見るとクロネが目を細めて、八重歯をむき出しにして威嚇している。こんなに感情をむき出しにするなんて、珍しい。どうして、そんな事になっているのか聞こうとした時――。

「あいつだ」

　低く唸る声でクロネが呟いた。その視線を追うと、カリューネ教の神官たちの中から一人の男性が前に出てきた。金髪の髪を肩まで伸ばした、張り付けたような笑顔を浮かべた人。

「スウェンと申します」