137.決闘前
「これが、私たちの実力です」
私たちは司祭たちの前で自分たちの力を披露した。司祭たちは息を呑み、目を見開いた。
「……こ、これは……本当なのですか?」
「はい、嘘はついていません」
確かめるように司祭がこちらを見つめ、私たちはしっかりと頷いた。
次の瞬間――
「すごいっ! あんなに強い魔法を見たのは初めてだ!」
「本当に人間の技なのか……?」
「見たか!? あの動き、教会でも再現できる者はいないぞ!」
ざわめきが一気に広がり、あちこちから歓声が上がる。信徒たちは興奮したように身を乗り出し、神官たちまでもが感嘆の声を漏らしていた。
「まさかここまでとは……!」
「なんという才能……まるで奇跡だ……!」
「これならいける! 決闘に勝てるぞ!」
会場は歓声と拍手に包まれ、私たちはあっという間に囲まれた。みんなから称賛を受け、期待され、教会の運命を託された。
◇
その夜――
「なんか、もみくちゃにされて疲れちゃった」
「凄い熱狂だったよな」
「それだけ、私たちに期待を寄せてくれているってことだよ」
教会から与えられた一室で、私たちはベッドの上にごろんと転がっていた。日中、みんなの前で力を披露したあの瞬間。歓声と拍手、目を輝かせる人々の姿が今でも脳裏に焼き付いている。
あれは、信徒たちの不安を少しでも和らげたくて私が提案したことだった。結果は大成功。司祭様も感謝してくれて、信徒たちの表情も明るくなった。
これで、決闘の日――明日までは皆も落ち着いて過ごせるはずだ。あとは、私たちが勝つだけ。そう思うと、胸の奥からじわりと力が湧いてくる。
――と、その時。
視線を向けると、ランカとクロネの様子がどこか違っていた。疲れているはずなのに、二人とも目がきらきらしている。
「二人とも、なんだか元気だね。どうしたの?」
私が首を傾げると、ランカがぴょんとベッドの上に起き上がり、にへっと笑った。
「あんなに沢山の人に期待されて、なんか良く分かんないけど……すっごく気合入っちゃったんだ!」
「うん……あたしも。あんな風に見られたの、初めてで……嬉しかった」
ランカは興奮気味にしっぽをブンブン振り回し、対照的にクロネは静かにしっぽを揺らしていた。
「スラムの時は邪魔者を見る様な目で見られていたから、あんなにキラキラした目で見られたのは初めて! ランカ、凄く嬉しい!」
「……あたしも。あんなに期待してくれるのが、こんなに嬉しいだなんて……」
「クロネもランカと同じ気持ちだね! それも嬉しい!」
「なっ、くっつくな!」
嬉しくなったランカがクロネに抱き着くと、クロネは恥ずかしそうにランカを突き放そうとした。だけど、ランカはそう簡単には離れない。
二人とも嬉しそうにしっぽを振っているから、その姿を見るだけで私の心はどんどん癒されていく。
だけど、その時――ランカがハッとした表情になり、しゅんと耳を垂れさせた。
「ランカ、どうしたの?」
「……もし、期待を裏切ったらどうしようって考えちゃった。決闘なんて初めてだから、ちゃんと戦えるか心配だな」
さっきまであんなに楽しそうだったのに、今はまるで小さな子どもみたいに不安そうだ。私はそっと隣に座り、ランカの頭を自分の肩に乗せて、優しく撫でてあげた。
「大丈夫だよ、ランカ。不安になることなんてないよ。だって、一人じゃないんだから」
「……うん。でも、前みたいにランカが迷惑かけたらって思うと……」
「迷惑だなんて思わないよ。ランカが一生懸命なのは、ちゃんと分かってるもん」
ヘドロスライムの時のことが頭をよぎったのかもしれない。だから私は、真っ直ぐな気持ちを込めて言葉を重ねる。
「ランカは私たちのことを思ってくれてるでしょ? 私たちもランカのことを思ってる。お互いに思い合ってるなら、迷惑なんてないよ」
「……本当? 思ってれば、迷惑にならない?」
「うん、本当。ね、クロネ?」
「あぁ、そうだ。あたしも……ちゃんと思ってるよ」
「ね? だから大丈夫。この三人がいれば、失敗なんてありえない!」
励ましの言葉に、ランカの表情がゆるんでいく。安心したように息を吐いたかと思うと――。
「ユナ、ちょっと……いい?」
次の瞬間、ギュッと強く抱きしめられた。
「わっ!? ら、ランカ!?」
「今、不安を追い出してるから、ちょっと待ってて」
そう言ってさらに抱きしめる力が強くなる。なるほど、こうして不安を追い出してるのね。
「じゃあ、私も!」
私も両腕を回して、思いっきりランカを抱きしめ返す。ふたりでギュッと抱きしめ合う。こうしていると、僅かな不安も消えていくようだ。
その時、こっちを見ているクロネと目が合った。
「ほら、クロネもおいで!」
「えっ!? あ、あたしはいいよ!」
クロネが慌てて顔を背ける。そんな反応を見たら――やっぱり、いたずらしたくなる。私はランカの耳元でそっと囁いた。
「ランカ、クロネもきっと不安だから、同じことしてあげよっか」
「……うん!」
私たちは顔を見合わせてうなずくと、そっとクロネの背中に近づき――
「せーのっ!」
「わっ、な、なにをっ!?」
ドンッと両側から抱きつくと、クロネの体がびくりと跳ねた。
「クロネも不安なんでしょ? だからギュッてしてあげるの」
「べ、別にあたしは不安なんか……ないってば!」
「ふふっ、ほら、三人でギュッとすれば、不安なんて消えちゃうよ」
「ユナは最初から全然不安じゃなかっただろー!」
クロネが真っ赤になって、じたばたと手足を動かす。でも、ランカも私もその手を離さなかった。
しばらくそうしていると、ぎゅうっと抱き合う温もりが胸に広がって、不思議なくらい心が落ち着いてくる。
「ねぇ、抱きしめると、不安がどこかへ行っちゃう感じがするね」
「……そんなの、気のせいだ」
「でも、クロネのしっぽが……ほら、嬉しそうに揺れてる」
「っ……こ、これは……違う……!」
顔を真っ赤にしてうつむくクロネ。でも、その耳の先も、しっぽの先も、わずかに震えていて――まるで嬉しさを隠せないみたいだった。
「えへへ、クロネも同じ気持ちだね」
「三人で一緒にいると、ちゃんと伝わってくるね」
「……うぅ、もう好きにして……」
クロネが小さく呟いたその声が、どこか優しくて、胸の奥がじんわりと温かくなる。私とランカは目を合わせて、自然と笑みがこぼれた。




