136.決闘者の選定
「あたしたちはどうする?」
「私たちも見に行こうか」
「うん。ランカ、気になる」
司祭たちが部屋を出て行ったあと、私たちは顔を見合わせた。気にならないはずがない。何か、とんでもないことが起きようとしている。そんな胸騒ぎがした。
静かに後を追い、長い廊下を抜ける。開け放たれた扉の先には、教会の聖堂があった。
そこには、すでに大勢の信徒たちが詰めかけていた。ざわめきは渦のように広がり、誰もが不安と戸惑いを抱えた顔をしている。
「決闘ってどういうことですか!?」
「この教会がカリューネ教になるって、本当なんですか!?」
「私たちは一体、どうすればいいんですか!?」
悲鳴にも似た声が次々と飛び交い、聖堂は混乱の坩堝と化していた。神官たちは信徒をなだめようと必死に声を張り上げるが、誰の耳にも届いていない。
そのとき、司祭が姿を現した。一歩前に出ると、まるでその存在だけで空気が変わる。
「みなさん、どうか落ち着いてください。今からすべてをお話しします」
深く響く声だった。
その一言に、ざわついていた信徒たちが少しずつ静まり返る。全員の視線が司祭に向けられ、聖堂は一転して張り詰めた沈黙に包まれた。
司祭は小さく息を吸い込み、重々しい口調で語り始めた。
国教がカリューネ教に変わった事。国からカリューネ教に変えろと言われている事。そして、それを決めるために決闘が執り行われること。
一つずつ丁寧に説明すると、信徒たちが戸惑い始めた。
「そんな……! 我々はずっとオルディア様を信じてきたんですよ!」
「いきなり変えろだなんて、納得できません!」
「決闘で信仰を決めるなんて、間違ってます!」
涙声も混じり、聖堂は再び騒然となる。それでも司祭は、揺るがぬ声で続けた。
「落ち着いてください。大丈夫です。もし私たちが決闘に勝てば、この教会はこれまで通り、オルディア教として存続できます」
その言葉に、信徒たちは息を呑んだ。騒ぎは収まったかにみえた、が――。
「だけど、決闘者が来て、こっちの人が負けたんですよ!」
「そうだ! 戦って、あっさり倒された! もう、オルディア教はお終いなんじゃないのか!?」
「じゃあ、この教会も……カリューネ教に変わるってこと!?」
声が次々と上がる。それはまるで堰を切ったようで、聖堂の空気が一気に不安と動揺に包まれた。
昼間に行われた前哨戦。オルディア教側の決闘者が挑んだものの、結果は完敗だった。その光景を目の当たりにした信徒たちは、恐怖と失望に支配されていた。
もし本番でも同じ結果になれば、ここは間違いなくカリューネ教のものになる。そう考えるだけで、誰もが胸を締め付けられるような思いだった。
祭壇の前に立つ司祭の顔にも、苦渋の色が浮かんでいる。けれど、それでも必死に声を張り上げた。
「確かに、今日は敗れました。しかし、決闘の日には必ず勝利します。オルディア様は我らを見捨てはしません!」
その言葉に、信徒たちはざわつく。不安は消えず、むしろ募っていく。
「そんなの無理です! 力の差は歴然でした!」
「もう一度戦って勝てる相手じゃありません!」
「お願いです、別の方を決闘者にしてください!」
叫び、嘆き、誰かは涙を流す。希望を失いかけた人々の声が重なり、聖堂は混乱の渦に飲まれていった。
司祭は必死に手を上げ、落ち着かせようとするが、その声は人々の絶望の波にかき消されていく。祈りの場であるはずの聖堂が、いまや不安と恐怖の声で満たされていた。
「すごいことになってるな……。これじゃ、混乱は増す一方だ」
「ランカたちに、できることはないのかな?」
「……やっぱり、私たちが決闘者になるべきだよ」
「それはそうだけど……あの司祭さん、すぐに頷くとは思えない」
「うん。すごく頑なだったよね」
どうすれば司祭を納得させられるのか。焦る気持ちと、胸の奥にある何とかしたいという思いがぶつかり合う。
「……あ」
ふと、ひらめきが走った。
「そうだ、いいこと思いついた!」
「なんだ?」
「教えて、教えて!」
私は周囲に聞こえないよう、クロネとランカに耳打ちした。話を聞いた二人は、すぐに目を見合わせて頷く。
「それなら、司祭さんも納得してくれるかもしれないね」
「うん、それにみんなにもきっと伝わる!」
「よし、やってみよう」
三人で息を合わせ、私は覚悟を決めた。人の波をかき分け、聖堂の奥へと進む。信徒たちの視線が、次第にこちらへ集まっていく。
祭壇の奥では荘厳なオルディア様の像が静かに見守っていた。その前に立ち、私は振り返って、混乱する人々の方をしっかりと見据える。
「みんな、聞いてください!」
大きな声を張り上げると、ざわめいていた聖堂が一瞬で静まり返った。信徒たちの視線が、一斉に私たちへと向く。
「オルディア様の教えを信じるなら、絶望する必要なんてありません。まだ終わっていません!」
声は震えていたけれど、心は不思議と穏やかだった。
「私たち三人が、次の決闘に出ます!」
その宣言に、聖堂の空気が揺らぐ。信徒たちは驚き、司祭たちは息を呑んだ。けれど私は続けた。
「もちろん、私たちが本当に決闘者にふさわしいかは分かりません。でも、それを決めるのは誰でもない、オルディア様です。だから……オルディア様に、直接お伺いします」
私は振り返り、聖堂の奥にそびえる女神像へと歩み寄る。ランカとクロネも隣に並び、三人で膝をついた。
そして、静かに手を組み、祈りの言葉を紡ぐ。
「どうか、我らを導きたまえ。もしこの身がオルディア様にふさわしいとお思いなら、その証を……」
聖堂の中は息を飲むような静寂に包まれた。誰もが固唾をのんで三人の祈りを見守る。次の瞬間――
眩い光が、像から溢れた。
「なっ……!?」
「おおっ……オルディア様が……!」
「証を示された!?」
信徒たちの悲鳴にも似た驚きの声が上がる。黄金の光はまっすぐ私たちに向かい、やがて優しく包み込んだ。
聖堂中が神聖な光に満たされ、誰もが息をすることさえ忘れていた。
やがて光が静かに収まった。
「オルディア様が……三人を選ばれた……」
震えるように司祭が呟くと、信徒たちは一斉に膝をつき、祈りを捧げ始めた。司祭はこちらに近づいた後、同じように膝をつき、祈りを捧げる。
「オルディア様の意思、しかと承りました。あなたたちを決闘者として認めます」
こうして、私たちは正式に決闘者として選ばれることになった。




