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過去へ

「一先ず、私に(・・)会いに行こう」


 繋いだままの手を引いて例の家へ向かい、私は中に踏み込んだ。

その瞬間、後ろを付いてきていたジークが小さく息を呑む。

床に無造作に投げ出された、小さな赤子を見つめて。

『何故、こんなことを?』と困惑する彼を他所に、エルフ達は身構えた。


「な、なんだ、このバケモノは……!」


「魔力量が尋常じゃないぞ!」


「それに耳の形なんかも変だ!」


「本当に同族なのか……!」


 エルフ達は私という存在を本能的に恐れ、表情を強ばらせる。

────と、ここで一人の女が頭を振り乱した。


「殺して……!こんなバケモノ、私の子供じゃない!」


 これでもかというほど拒絶反応を示し、女は後退る。

その際、うっかりベッドから落ちそうになるものの、何とか耐えた。


 なるほど。この女が私を産み落とした存在か。


 彼女の言動やベッドについた血から、私はそう判断する。

と同時に、エルフ達が氷の矢や土の槍を生成した。


「言われなくても、そのつもりだ!」


 まだ生まれたばかりの赤子に向けて攻撃を放ち、彼らは殺意を露わにする。

────が、エルフ達の刃は赤子の私に届かなかった。

何故なら、一様に砕け散ったから。


「「「!?」」」


 一瞬にして粉々になった氷の矢や土の槍を前に、エルフ達はたじろぐ。


「まだ赤子なのに、もう魔法を使えるのか……!?」


「いや、違う!今のは、ただの魔力……エネルギーそのもので、我々の攻撃を押し潰したんだ!」


「恐らく生存本能に突き動かされるまま対抗したんだろうが、凄まじいな……!」


「『今のうちに消しておくべき』という判断は、正しかった!だから、全力で叩きのめすぞ!」


 『赤子だからと言って、遠慮はいらない!』と言い、エルフの一人は強力な攻撃魔法を展開した。

すると、他の者達もそれに続く。


「死ね、バケモノ!」


 その言葉を合図に、エルフ達は全てを凍らせる氷の息吹を、マグマにも匹敵する炎の雨を、瞬きの間に駆け抜ける風の刃を発動した。

かと思えば、彼らは全員────倒れる。

ある者は全身氷漬けにされて、またある者は炎に溶かされて、またある者は首を刎ねられて。


「ひっ……!全ての攻撃を跳ね返された(・・・・・・)……!?」


 唯一の生き残りである女は、目の前で起こった惨劇に震え上がった。


「こ、こんなの無理よ……!倒せない!」


 そう言うが早いか、女は産後間もない体に鞭を打って立ち上がる。

死んだ同族には目もくれず家を出て、他の者達に助けを乞うた。

そして、状況説明や話し合いを終えると────女は……エルフの一族は村を捨てる決断をする。

生まれたばかりの私から……バケモノから、逃げるために。

『急いで!』と言い合いながら去っていく彼らを前に、ジークは呆然と立ち尽くす。


「何でこんな……」


 言葉にならないといった様子で(かぶり)を振り、ジークは顔を歪めた。

『酷すぎる』と怒りを覚えている彼の前で、私は腕を組む。


「自分よりずっと強い存在を傍に置きたがるやつは、そうそう居ない。本気で牙を剥かれたら、危ないからな」


「それは……そうですけど、でもまだ赤子じゃないですか。危険因子として扱うのは、時期尚早だと思います」


 『ちゃんと育てれば、心強い味方にだってなる筈』と主張し、ジークはエルフの行動を非難した。

納得いかない心情を露わにする彼に、私は小さく肩を竦める。


「確かにエルフ達の行動は現時点じゃ、行き過ぎている。危険因子だと割り切るのは、もう少し様子を見てからでも遅くない。だがな────」


 そこで一度言葉を切り、私はおもむろに前髪を掻き上げた。


「────エルフは総じてプライドが高いんだ」


「は、はあ……?」


 曖昧に相槌を打つジークは、『それがどうしたと言うんだ?』と頭を捻る。

困ったように眉尻を下げる彼の前で、私は天井を見上げた。


「つまり、“自分より優れた存在”というのが許せないんだよ」


「!?」


 目を白黒させて驚き、ジークは小刻みに震える。

金の瞳に、確かな怒りを滲ませて。


「じゃあ、エルフ達はイザベラ様の才能を妬んでこんなことを……?」


「恐らくな。まあ、単純に『異物を消したかった』というのもあるだろうが」


 『得体の知れないものは怖いからな』と言い、私は過去の自分に視線を向ける。

その刹那────家の壁や天井が、音を立てて吹き飛んだ。

おかげで、とても開放的になる。


「い、一体何が……!?」


 ジークは自身の体を通り抜けていく家具や調度品に、ただひたすら驚いた。

かと思えば、勢いよく後ろを振り返る。


「まさか、またエルフが……!?」


「いや、それはない」


 間髪容れずに否定し、私は自身の顎を撫でた。


「あれほど徹底的に叩きのめされて、直ぐに報復を企てるような馬鹿共ではないからな。今はとにかく、逃げ切りを優先している筈だ」


「じゃあ、一体誰がこの現象を引き起こしているのですか?」


 自然災害と呼ぶにはあまりにも限定的すぎる被害に、ジークは疑問を抱く。

不安そうに辺りを見回す彼の前で、私は横髪を耳に掛けた。


「多分────過去の私だ」


「……はい!?」


 反射的に赤子の方へ視線を戻すジークは、パチパチと瞬きを繰り返す。

『訳が分からない』と困惑する彼を前に、私は肩を竦めた。


「見ろ、過去の私は全く傷ついていないだろ」


「それは……確かに。でも、過去のイザベラ様はどうしてこんなことを?」


「さあな。ガキの考えていることなど、知らん」


 『いくら同一人物と言えど』と溜め息を零し、私はスッと目を細める。


「ただ、強いて言うなら────『生きるため』じゃないか」


「!」


 ジークはピクッと僅かに反応を示し、『生きるため……?』と繰り返した。

いまいちピンと来ていない様子の彼を前に、私はこう説明する。


「どんなに力の強い子供でも食べなきゃ飢えるし、清潔じゃなきゃ病気になる。要するに死ぬ。それをこいつも本能的に理解しているから、現状を打破しようとしているんだろう」


「なる、ほど」


「まあ、対処法がトンチンカン且つ荒っぽいのはご愛嬌だがな」


 今もなお続いている破壊行為に、私は小さく(かぶり)を振った。

すると、ジークがすかさずフォローを入れる。


「それは仕方のないことですよ。過去のイザベラ様は飢えを凌ぐ方法も、清潔を保つ手段も……本当に何も知らないんですから」


 『的確に対処出来る訳ない』と主張し、ジークは繋いだ手をギュッと握り締めた。

────と、ここで凄まじい風の音を耳にする。


「どうやら、来たみたいだな」


 どんどん近づいてくる音を前に、私はゆるりと口角を上げた。

その瞬間、上空から大きな物体が降ってくる。

反射的に身構えるジークを他所に、私は懐かしい気持ちを噛み締めた。


「────レジーナ・プラータ・ツァールハイト」

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