戦場に現れたのは《リズベット side》
「恩師様の弟子ともあろう者が、このような最期を迎えるなんて……みっともない」
『まさに恥だわ』と吐き捨て、私はグニャリと顔を歪める。
このどうしようもない現実に打ちのめされる中、敵達は構わず剣を振り下ろした。
その瞬間、
「────何を言っている、愚か者」
目の前が開ける。物理的に。
『えっ……?』と思わず声を上げる私は、宙を舞う敵と突如現れた銀髪少女に釘付けとなった。
「リズベット、私は貴様を『鬱陶しい』と思ったことはあるが、『みっともない』と思ったことは一度もないぞ」
銀髪少女は腰に手を当ててこちらを見下ろし、不敵に笑う。
戦場に居るとは思えないほど堂々とした佇まいの彼女を前に、私は反射的に身を乗り出した。
「────恩師様……!」
会いたくて堪らなかった人物の名前を叫び、私は彼女に抱きつく。
滂沱の涙を流しながら。
「嗚呼……恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様、恩師様!」
目の前に居る彼女の存在を確かめるように、私は何度も何度も呼び続けた。
すると、恩師様は呆れたように肩を竦めて────私の頭を撫でる。
いつもなら、迷わず引き剥がしているのに。
「よく頑張ったな、リズベット」
『褒めて遣わす』と言い、恩師様はふと視線を上げた。
「セザールとリカルドもな」
地面に倒れたままの二人を見やり、恩師様は指を鳴らす。
その途端、セザールとリカルドの傷が時間を巻き戻すかのように癒えた。
「面目ありません……」
「イザベラ皇帝陛下の任務を遂行出来ぬどころか、お手を煩わせてしまいました」
即座に跪くセザールとリカルドは、『なんたる不覚……』と悔いる。
相変わらず生真面目な性格の二人を前に、恩師様は一つ息を吐いた。
「苦労をねぎらってやっているのに、暗い表情をするな。第一、私から言わせれば貴様らの仕事は上出来だ。きちんと私の留守を守ったのだからな」
『三年もよく耐えた』と述べ、恩師様は二人の前に転移した。
かと思えば、ポンッと彼らの肩を叩く。
「貴様らはもう休んでいろ」
そう言うが早いか、恩師様は頭上に大きな結界を展開した。
と同時に────浮遊魔法を解く。
なので、宙を舞っていた敵達は一斉に落下した。
「ぐぁ……!」
「いっ……!」
「あがっ……!」
半透明の壁に体を打ち付け、敵達は一様に身を強ばらせる。
大した高さじゃなかったため、致命傷を負った者は居ないが……それでも、かなり痛い筈だ。
『中には、手足が折れている人も居るし』と思案する中、恩師様は横髪を手で払う。
「私の部下や弟子が、随分と世話になったようだな」
おもむろに腕を組み、恩師様は血だらけの敵を見つめた。
ビクッと大きく肩を震わせる彼らの前で、恩師様は自身の顎を撫でる。
「出来ればその礼をしたいところだが、飼い犬共にしても意味がない。だから、貴様らの飼い主にこう伝えろ」
そう前置きしてから、恩師様は自身の胸元に手を添えた。
「────皇帝イザベラ・アルバートは未だ健在である、と」
「「「!?」」」
敵達はハッと息を呑んで固まり、恩師様のことを凝視する。
『この方が、あの……!?』と驚愕する彼らを前に、恩師様は指を三本立てた。
「三日だけ、猶予をやる。降伏か、戦争継続か好きな方を選べ。まあ、どちらにせよ貴様らの敗北は決まっているがな」
『私の勝利は揺るがない』と宣言し、恩師様はゆっくりと手を下ろす。
それを合図に、結界が解けて上に乗っていた敵達は真っ逆さま。
「さっさと飼い主のところへ戻れ、犬共」
地面に体を打ち付けた敵達に向かって、恩師様はヒラヒラと手を振った。
その瞬間、動ける者達は一目散に逃げ出す。
怪我のせいで歩けない者や気絶している者など、目に入っていないようだ。
「────おい」
恩師様は脱兎の如く走り去る一部の敵を見据え、一歩前へ出る。
と同時に、彼らが足を止めてこちらを振り返った。
「そっちの飼い犬を置いていくな。ここが誰の庭だと思っている」
『持ってきたものは全て持ち帰れ』と命令する恩師様に対し、一部の敵はコクコクと頷く。
恐怖に足が竦みながらも来た道を引き返し、味方を回収していった。
今度こそ撤退していく彼らを前に、恩師様はトントンと足の爪先で地面を突く。
すると、彼女を中心にして緑が広がった。
先程まで一面焼け野原だったのが、嘘のようだ。
「とりあえず、私達も一度帰還するか」
『恐らく、当分追撃はないだろうし』と語り、恩師様はこちらを向く。
転移魔法の発動準備に入る彼女の前で、リカルドとセザールは顔を上げた。
「イザベラ皇帝陛下、我々は念のためここに残ります」
「一応まだ戦争の最中ですし、見張りは必要でしょう」
『全員帰還はさすがに不味い』と主張するリカルドとセザールに、恩師様は少し考え込むような素振りを見せる。
「まあ、念には念を入れておくべきか」
独り言のようにそう呟き、恩師様は自身の腰に手を当てた。
「残留を許可しよう」
「「ありがとうございます」」
深々と頭を下げて感謝を表し、リカルドとセザールは凛とした面持ちになる。
『もう二度と無様は晒さない』と決意する二人を前に、恩師様は
「では、そろそろ移動しよう」
パンッと大きく手を叩いた。
その刹那、目の前の景色がガラッと変わり、皇城の正門を視界に入れる。
「貴様らは先に中へ入って、帰還の報告やらなんやらして来い」
『ジーク達に話は通してある』と述べる恩師様に対し、私は少しばかり目を剥いた。
「恩師様は城に入らないんですか?」
「ああ、今はな。最後にもう一つだけ、やることがあるんだ」
そう言うが早いか、恩師様は浮遊魔法を使って上昇した。
ちょうど皇城と同じくらいの高度まで来て、彼女はスッと目を細める。
身の内に秘める魔力を練り上げながら。
『恩師様は一体、何を……?』と思案する私を他所に、彼女はパチンッと指を鳴らした。
と同時に、帝都の方から喧騒が巻き起こる。
この感じ……まさか、視界共有を?
任意の場所にプレートを作り出し、そこに自分の姿や近隣の様子を映し出すという魔法で、結構技術が要る。
あと、魔力消費も大きい。
わざわざこの場でソレを使ったということは、国全体にプレートを出しているのね。
帝都だけなら、ここまで大掛かりなことしなくていいから。
『それこそ、広場なんかに出向けばいい話』と考える中、恩師様は口を開いた。
「アルバート帝国に居る全ての者へ、告ぐ────私は今日、この地に舞い戻ってきた」
『皇帝イザベラ・アルバート』の帰還を宣言し、恩師様はおもむろに両手を広げる。
「分を弁えぬ者達が、のさばる時間は終わった。これより、私は帝国の再生に入る」
国の建て直しについて言及し、恩師様は横髪を耳に掛けた。
「そこでまず愚か者共の粛清を行うつもりだが、私の不在期間に起きた出来事に関しては情状酌量の余地ありと判断している。不安になるあまり、疑心暗鬼になったり自暴自棄になったりした者も多いだろうからな」
『無罪放免とまでは行かないが』と話しつつ、恩師様は自身の顎を撫でる。
「なので、三日以内に自白した者については多少の便宜を図ることにする」
『無論、期限を過ぎれば規定通りの罰を与えることになる』と説明し、恩師様は不意に手を伸ばした。
かと思えば、フッと笑みを漏らす。
「それから、私の意に従い続けてきた者達よ────この三年間、よく耐えた。さすがは我が民だ」
珍しく手放しで誰かを褒める恩師様は、グッと手を握り締めた。
「私は貴様らを誇りに思う」
その言葉を合図に、どこからともなく歓声が上がる。
────イザベラ皇帝陛下、万歳!アルバート帝国、万歳!と。
つい先日まで、異様なほど静かだった帝都が……いや、帝国が息を吹き返したようね。
恩師様の帰還を本当の意味で実感し、私は頬を緩めた。




