戦場の最前線《リズベット side》
◇◆◇◆
────同時刻、戦場の最前線にて。
私は焼け野原と化した景色を前に、味方の治療を行っていた。
それも、一人や二人じゃない……何十何百という数を。
さっきの爆撃のせいで、騎士の大半が戦闘不能になってしまった。
今、攻め込まれたら非常に不味い。
多少無茶をしてでも、一気に回復させないと。
『出し惜しみしている場合ではない』と判断し、私は範囲魔法で味方を癒した。
と同時に、敵から爆弾を投げ込まれる。
なので、私は咄嗟に結界を張り、その反動に耐えた。
また味方を吹き飛ばされる訳には、いかなかったので。
嗚呼……どうしよう?魔力が、もう……。
すっからかんとまでは言わないものの、全快の十分の一もない残量に眉を顰める。
『少なくとも、範囲魔法はしばらく使えない』と苦悩する中────私はふと目眩を覚えた。
「リズベット様、大丈夫ですか……!」
そう言って、私の体を支えたのは騎士団長たるリカルド。
心配そうにこちらを覗き込んでくる彼は、僅かに眉尻を下げた。
サンストーンの瞳に焦りを滲ませるリカルドの前で、私は何とか体勢を立て直す。
「問題ありません。少しフラついただけです」
『大したことではない』と主張する私に、リカルドは厳しい目を向けた。
「とても、そうは見えません。一度、休まれた方が良いかと」
「いえ、それはちょっと……」
今、私が戦場を抜ければ最悪全滅も有り得るので渋る動作を見せる。
『せめて、もう少し戦況が落ち着いてから……』と考える私を前に、リカルドは表情を硬くした。
「リズベット様はここ二年、ほぼ不眠不休で敵との攻防と味方のフォローをされていました。これ以上、無茶させる訳にはいきません」
『体が持たないでしょう』と説得してくるリカルドに対し、私は小さく首を横に振る。
まだやれる、と示すように。
「私はハーフエルフなので、普通の人間より頑丈なんです。だから、これくらい何ともありません」
『お気になさらず』とリカルドの懸念を一蹴し、私は進軍してきた敵を見据えた。
その瞬間、またもや目眩を覚えて倒れそうになる。
「……やはり、もう限界でしょう」
再び私の体を支えるリカルドは、『顔色も悪いですよ』と指摘した。
かと思えば、顔を上げて大きく息を吸い込む。
「セザール!」
ここら一帯に響き渡るほどの大声で叫び、リカルドはふと右を向いた。
と同時に、一人の青年が姿を現す。
「お呼びでしょうか?」
我々の前で膝を折り返事する彼に、リカルドは
「リズベット様を連れて、拠点に下がってくれ」
と、頼んだ。
『無理が祟って体調を崩されている』と説明するリカルドの前で、セザールは居住まいを正す。
「承りました」
胸元に手を添えて一礼すると、セザールは立ち上がった。
そして、リカルドの腕から私の身柄を受け取る。
「じゃあ、リズベット様を送り届けてきます」
軽々と私を抱き上げて、セザールはクルリと身を翻した。
その刹那────ここだけピンポイントに、爆弾を投げ込まれる。
多分、先程のリカルドの大声を聞いて狙いを定めたのだろう。
不味い……早く結界を張らないと。
使命感に突き動かされるまま手を伸ばし、私は魔法を展開した。
が、残り少ない魔力ではここら一帯を覆えるほどの結界など張れる筈もなく……半透明の壁が目の前に一つあるだけ、という有り様。
まあ、盾と比べればマシだが……ハッキリ言って、心許ない。
「リズベット様、失礼します!」
セザールは私を抱いたまま蹲り、爆発の衝撃に備えた。
すると、リカルドが私達の前に立って両手を広げる。
恐らく、盾代わりになるつもりなのだろう。
二人とも、馬鹿なの?そんなことしたら、命が……。
私など置いて行けばいいのに守ろうとする彼らに、大きく瞳を揺らす。
────と、ここで爆弾が大きな音を立てて爆発した。
凄まじい衝撃と焼けるような熱気を前に、私は身を硬くする。
中途半端な結界になったからと言って、これは……!
思ったより酷い爆発の影響に、私は焦りと不安を覚える。
『私ですらこんなに辛いなら、前の二人はもっと……』と青ざめる中、衝撃や熱気は収まった。
と同時に、セザールが私から手を離して倒れる。
「し、しっかりしてください!」
背中にとんでもない火傷を負っているセザールを見下ろし、私は狼狽えた。
でも、『とにかく、手当てを……!』と思い立ち、治癒魔法を行使する。
「っ……!魔力が足りない……!」
『とてもじゃないけど、完治は不可能……!』と考え、私は唇を引き結んだ。
歯痒い気持ちを押し殺すように。
……仕方ない。一命を取り留めることだけに集中しよう。
『高望みして、命を取りこぼすことになったら大惨事だ』と思い、私は気持ちを切り替える。
その瞬間、数え切れないほど大勢の足音を耳にした。
爆発に巻き込まれた私達を助けようと、味方が駆けつけてくれたのかしら?
それとも────。
最悪の事態を想像して顔が強ばり、私は小さく深呼吸する。
『こういう時こそ、冷静にならないと』と自分に言い聞かせながら顔を上げ、血の気が引いた。
何故なら、足音の正体は────敵だったから。それも、大軍と呼ぶべき人数だ。
私には、もう攻撃に回せるだけの魔力が残っていない……セザールの治療をやめれば多少は戦えるけど、そんなの焼け石に水でしかない。
敵の殲滅はもちろん、逃亡だって出来ないだろう。
『今の私は、普通の女性と変わらない』という事実を重く受け止め、苦悩する。
────と、ここでリカルドがゆっくりと大剣を持ち上げた。
「リズベット様、セザールのことを頼みます」
『私は敵の排除を』と言い残し、リカルドは前を向く。
彼だって、セザールに負けないくらいの大怪我をしている筈なのに。
『全身、鎧で防護しているとはいえ……』と不安を募らせる私の前で、リカルドは大剣を振るった。
と同時に、目の前の敵が四・五人ほど吹っ飛ぶ。
比喩表現でも何でもなく、本当に。
「イザベラ皇帝陛下の剣、リカルド・ヴィール・ナイトレイ!推して参る!」
勇ましく宣言し、リカルドは大軍へ突っ込んだ。
かと思えば、次々と敵を斬り伏せていく。
単身突撃とは思えない猛攻を前に、私は『一体、どこからそんな力が……?』と目を見開いた。
火事場の馬鹿力にしても、これは……凄いわね。
もしかしたら、このまま敵を殲滅出来るかもしれないわ。
────そんな淡い希望を抱いた瞬間、リカルドは膝を折る。
やはり、無茶をしていたようだ。
「くっ……!ここで力尽きるのは、騎士の名折れ……!」
『まだ倒れる訳にはいかない!』と奮い立ち、リカルドは弱った体に鞭を打つ。
背に庇った私達を守るためだけに。
「リカルド……」
勇姿と言うにはあまりに悲惨で無様と言うにはあまりに力強い様子を前に、私は瞳を揺らした。
その刹那、リカルドの剣が敵を切り裂く。たった一太刀で、五人も。
だが、しかし……数の暴力には勝てず、他の敵からの斬撃で両腕を失った。
もはや剣を握ることも叶わない彼を前に、敵達は一斉にこちらを向く。
多分、リカルドにトドメを刺すことより私を無力化することを優先したんだと思う。
『紫髪の女が数々の戦争で活躍した』という話は、有名だから。
一先ず、セザールの応急処置は終わったけど……無駄骨に終わりそうね。
『私が殺られれば、次はセザール』と確信しているため、そっと眉尻を下げる。
別に治療したことに、後悔はない。
ただ、助けられなかったことが心残りなだけだ。
「……本当に情けないですね、私は」
人一人救えない現状を前に、私は乾いた笑みを浮かべる。
敵達が振り上げた剣を見据え、強く手を握り締めた。
「恩師様の弟子ともあろう者が、このような最期を迎えるなんて……みっともない」




