戦争と限界《ジーク side》
「恩師様なら、きっとそうするでしょうから。私はあの方の弟子として、その信念を引き継ぎたいのです」
『多分、恩師様のようにはいかないでしょうが』と述べつつ、リズベット様は居住まいを正す。
「無論、あなた方にまでその戦い方を強要する気はありません。あくまで、私はそうするというだけです」
『圧倒的力の差でもないと、殺さないなんて難しいでしょうから』と語り、リズベット様は我々の意思を尊重してくれた。
が、そんな風に言われてはこちらもイザベラ様の信念を無視など出来ない。したくない。
「俺は立場上、敵と直接対決することは多分ないので戦い方以前の話になりますが……それでも────イザベラ様の信念を大切にしたいです」
金の瞳に確かな意志を宿し、俺は僅かに表情を引き締めた。
「だから、俺に出来る範囲で敵国の民衆における被害を抑えます」
さすがにイザベラ様やリズベット様のように『殺さない』とは断言出来ず……言葉を濁す。
『これが俺の精一杯だ』と思案する中、リカルド団長が身を乗り出した。
「同じく、自分もイザベラ皇帝陛下の信念を大切にしたく思います」
「俺も俺も〜」
「私もです」
アランやアリシア大公も俺の想いに共感を示し、こちらを見つめる。
どこまでも真っ直ぐな青と緑の双眼を前に、俺は胸を反らした。
「では、やれるだけやってみましょう」
────と、意気込んだ二年後。
俺は終わりが見えない苦難の日々に、疲労と絶望を覚えていた。
「正直、もう限界が近いな……」
皇城の執務室でつい弱音を零してしまう俺は、目元に手を当てる。
と同時に、天井から黒い影が降ってきた。
「七回も立て続けに、戦争ですからね……兵も民も疲弊して、当然でしょう」
そう言って、あっさり俺の背後に回るのは護衛兼伝令役のアランだった。
俺の椅子の背もたれに肘を載せる彼は、おもむろに天井を見上げる。
「それでもまだ死者は出していない訳だし、俺達としちゃ上出来でしょ」
『充分よくやっている』と主張するアランに、俺……ではなく、アリシア大公が首を縦に振る。
「そうですね。決して油断ならない状況ではありますが、『まだ何一つ失っていない』というのは大きいと思います」
来客用のソファに座ったままこちらを向いて、アリシア大公は小さく笑った。
まるで、俺を元気づけるみたいに。
「それにイザベラ様が恩を売っていたおかげで、アンヘル帝国などから支援を受けられていますし。物資の行き来だって、ラッセル子爵領のトンネルを使えば楽々。悲観するのは、まだまだ早いですよ」
『最悪の状況からは程遠い』と説き、アリシア大公はこちらの不安を取り除く。
この場の誰よりも気丈に振る舞う彼女を前に、俺は内心苦笑を漏らした。
部下に励まされるなんて、情けないな。
しっかりしないと。俺は一応、イザベラ様の代理なんだから。
『その肩書きに恥じない働きを』と奮い立ち、俺は顔を上げる。
「アランやアリシア大公の言う通りだ、ありがとう」
『おかげで気持ちを切り替えられた』と言い、俺は少しばかり表情を和らげた。
その瞬間────アランがハッとしたように目を見開く。
「二人とも、立って!早くこっちへ!」
青い瞳に焦りを滲ませるアランは、懐から暗器を取り出した。
それだけで、どんなに不味い状況なのか分かる。
多分、敵が近くに居るんだと思う。
少なくとも、俺達に危機が迫っているのは間違いない。
などと考えつつ、俺は急いで席を立った。
その際、足元にあった剣を拾うことを忘れずに。
『ないよりはいいだろう』と思案する中、俺はアランの元へ駆け寄る。
アリシア大公も、同様に。
「絶対、俺より前に出ないでくださいね!」
アランは手に持った暗器を構え、扉や窓に意識を集中させた。
────と、ここで扉を蹴破られる音と窓ガラスの割れる音が木霊する。
と同時に、黒ずくめの者達が姿を現した。
数はおおよそ、二十と言ったところか……戦の方に人員を割くあまり城の警備が手薄になっているとはいえ、さすがに多すぎる。
だって、ここにはイザベラ様の張った結界があるのだから。
武力を用いて侵入するのは、ほぼ不可能。
となると────
「────内部の人間が手引きした可能性が高い……」
ついに出た味方の裏切りに、俺は頭を悩ませる。
恐らく、皇城勤務の騎士や使用人の仕業ではないだろう。
彼らは基本、ずっとここに居るため。
侵入者やその黒幕と連絡を取り、こちらへ手引きすることなど出来ない。
何より、イザベラ様のことをあんなに思っている者達が裏切るとは思えなかった。
可能性としては、皇城に出入りしている商人や貴族の方が高い。
従者や荷物に扮して送り込めば、騎士や使用人達の目も欺けるだろうし。
今の今まで侵入者に気づかなかったことや騒ぎになっていないことを思い浮かべ、俺はスッと目を細める。
『多分、この襲撃を他の者達は知らない』と確信する俺を他所に、アランは暗器を投げた。
無論、侵入者目掛けて。
「作戦変更!とにかく、俺が敵の注意を引くんで二人は逃げてください!」
『守り切れない』と判断したのか、アランは囮になることを申し出た。
死を覚悟して駆け出す彼の前で、俺とアリシア大公は青ざめる。
「「待って……!」」
堪らず声を上げる俺達に対し、アランは何の反応も示さなかった。
自分の意思を曲げる気はない、とでも言うように。
ただひたすら前を向いて走り、彼は懐から短剣を取り出した。
かと思えば、大きく振るう。その距離では、まだ敵に当たらないのに。
「「「!?」」」
侵入者達は一斉に後ろへ下がり、回避の姿勢を見せた。
何故なら────短剣の軌道をなぞるようにして、炎が吹き出したから。
『魔剣』という単語が脳裏を過ぎる中、侵入者の約半分は火傷を負った。
程度は様々だが、戦闘不能になるほど重傷な者は居ない。
これは……かなり不味いな。
魔剣はまだ使えそうだけど、不意討ちの一撃目と手の内がバレた二撃目では訳が違う。
多分、もうまともに食らうやつは居ないだろう。
『出来れば、先程の攻撃で何人か倒したかったところだ』と思いつつ、俺は部屋の扉を見やる。
このまま逃げるべきか、アランに加勢するべきか悩みながら。
出来れば、仲間を見捨てるような真似はしたくない。
けど、ほとんど戦闘経験のない僕が参戦して何になると言うんだ。
むしろ、お荷物になるんじゃないか。
『その結果、全滅なんてしたら……』と考え、俺は奥歯を噛み締めた。
自分のせいで状況を悪化させるのはダメだ、と己を律して。
「アリシア大公、今のうちに避難しよう」
隣に立つ茶髪の少女を見つめ、俺は扉へと足を向ける。
と同時に、侵入者達の過半数がこちらを振り返った。
嫌な予感を覚える俺の前で、彼らはナイフを取り出して投げる。
「させるか……!」
アランはまた魔剣を大きく振るって、炎を作り出した。
それでナイフを薙ぎ払い、続けざまに斬撃を繰り出す。
別の暗器を利用して。
「ありがとう、アラン」
舞い散る赤を一瞥し、俺はアリシア大公を連れて駆け出した。
出入り口の扉だけ見据えて足を動かす中、侵入者達は行く手を阻むように立ち塞がる。
が、魔剣の攻撃により上手くこちらの退路を断つことが出来ない。
このまま行けば、部屋を出られる……!
『そしたら、直ぐに騎士を呼んできてアランを……!』と思案し、俺は全員生存の道を模索した。
その刹那────アランの使っていた魔剣が、力を失う。
ただの剣と化したソレを前に、アランは『チッ!』と舌打ちした。
「あともうちょっと持ってほしかったんだけどな……!」




