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黒幕の正体

「リズベット、この三人を監視しろ」


 開口一番にそう言い、私はニコラス以外の者達を差し出す。

『一応、保護も兼ねている』と説明し、執務机で仕事しているリズベットを見据えた。


「了解です、恩師様」


 身分制度撤廃の関係者だと察したのか、リズベットは素直に応じる。

────と、ここで部屋の窓をノックされた。


「俺です、俺」


 そう言って、ヒラヒラと手を振るのは先程送り出したアラン。

どうやら、早速進展があったようだ。

『いい報告を聞けるといいんだが』と思いつつ、私は何かを薙ぎ払うような動作をする。

その瞬間、窓が開いた。


「どうも」


 アランは軽やかな身のこなしで中に入り、私の方へ向かってくる。

微かに血の匂いを漂わせる彼の前で、私はスッと目を細めた。


「経過は?」


「順調です。脅してきた連中の身柄は、先程確保しました。現在、移送と尋問を行っているところです」


 『騎士団とも連携して動いたんで、超楽でした』と語り、アランは小さく肩を竦める。

と同時に、例の三人が表情を和らげた。

家族の安全を確保出来てホッとする生徒達を他所に、彼は身を乗り出す。


「それで、黒幕の正体なんですが────」


 少しばかり声量を落とし、アランは私の耳元に唇を寄せた。


「────ケイラー侯爵でした」


 『詳細はこれから聞き出す予定ですが、一先ずこれだけ報告を』と言い、アランは姿勢を正す。

ニコラス達の方を見ながら。

恐らく、聞こえていないか警戒しているのだろう。

もし、生徒達……それも被害者の者達に知られれば、ここに通っているケイラー侯爵家の次期当主を恨むかもしれないため。


 あいつは間違いなく今回の件に無関係だから、余計な火の粉を被らなくていいよう配慮したんだと思う。

とはいえ、蚊帳の外に置いておくのもな。

あいつも一応、関係者ではあるし。


 などと考えていると、部屋の扉をノックされた。


「────セドリック・デューク・ケイラー(・・・・)です。理事長先生、今よろしいですか?」


 青年と呼ぶにはまだ幼い声が耳を掠め、私は顔を上げる。


「いいところに来たな」


 ニヤリと笑って指を鳴らし、私は風魔法で扉を開けた。

その刹那、セドリックが目を見開いて何か叫ぼうとする。

が、それよりも早く魔法で彼の体を引き寄せ、中に招き入れた。


「ぅお……!?」


 少し前のめりになって転倒しかけるセドリックは、慌てて上体を反らす。

何とか踏ん張って体勢を立て直す彼の前で、私はさっさと扉を閉めた。

もちろん、これも魔法を使って。


「アラン、仕事に戻れ。リズベットは、通常業務とこいつらのお守りだ」


 『しっかりやれよ』と釘を刺し、私はトントンと足の爪先で床を(つつ)く。

と同時に、景色が変わり青空と生い茂る雑草を目にした。

『ここからは空中飛行で移動するしかないな』と思案しながら、私はふわりと宙に浮く。


「貴様ら、じっとしていろよ」


 一緒に連れてきたセドリックとニコラスに声を掛け、私は彼らにも浮遊魔法を掛けた。

すると、二人は『のわっ……!?』と情けない声を上げて狼狽える。


「な、何を……!?」


「この状況は一体……!?」


「見れば、分かるだろ。空中に浮いているんだ」


 周囲に結界を張りつつそう答えると、私は手を叩いた。

その瞬間、風魔法が発動し、我々の体を押す。

目的地に向かってどんどん進んでいく状況を前に、私は腕を組んだ。


「この調子なら、直ぐに着きそうだな」


「『着きそう』って、一体どこに!?」


 思わずといった様子で疑問を呈するセドリックに、私はこう答える。


「貴様の実家だ」


「!」


 深緑の瞳にこれでもかというほど動揺を滲ませ、セドリックはこちらを凝視した。

かと思えば、口元に力を入れる。


「何故、ケイラー侯爵家に向かっているのですか……?」


「徹底的に叩き潰すためだ」


「た、叩き潰すって……家の者達が、何かやらかしたんですか?」


 若干表情を強ばらせ、セドリックはゆらゆらと瞳を揺らした。

戸惑いを隠し切れない様子の彼を前に、私は腕を組む。


「ああ、実はケイラー侯爵が一部の生徒達に身分制度撤廃を提唱するよう脅しを掛けてな」


「なっ……!?どうして、そんなことを……!?」


 身分制度撤廃など貴族の存在を真っ向から否定しているようなものなので、セドリックは困惑を示した。

衝撃のあまり目を白黒させる彼の前で、私は肩を竦める。


「さあな。貴様を学内で孤立させるためじゃないか?」


「孤立、ですか?」


「ああ。恐らく、学校で仲良くなった連中……主に平民がいつか大物となり、貴様の力になることを恐れたんだろう」


 『実力社会となった以上、充分に有り得る事態だからな』と説くと、セドリックは納得を示す。


「なるほど。だから、貴族と平民が対立するように仕向けて……」


 グッと強く手を握り締め、セドリックは不意に目を伏せた。


「ここで貴族の子供と仲良くなる可能性を微塵も考えないあたり、実にあの人らしい……きっと出自に問題のある俺では、貴族の輪に入れないと思ったんでしょうね」


 『まあ、その通りですが』と自虐し、セドリックは唇を噛み締める。

惨めな気持ちを堪えるように。

何とも子供っぽい反応を見せる彼に対し、私は


「だから、なんだと言うんだ」


 と、溜め息を零した。

だって、あまりにもくだらない悩みだったため。


「何度も言うように、これからは実力社会だ。出自の善し悪しなど、関係ない。そんなものを気にする連中は、近い未来淘汰される────今回のようにな」


 おもむろに風を止めて、私は真下にある屋敷を眺める。

と同時に、ゆるりと口角を上げた。


「だから、胸を張っておけ、セドリック・デューク・ケイラー」


 『こんなことでいちいち落ち込むな』と叱咤し、私はセドリックの額を指先で軽く弾く。

『いたっ……!?』と喚いて仰け反る彼を他所に、私はふとニコラスの方へ視線を向けた。


「あと、ニコラス・ジェンソン・ヒックス。貴様は────無能貴族の末路を目によく焼き付けておけ」

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