恩師様の正体《リズベット side》
「ああ、確かに私はハイエルフだ」
おもむろにフードを取り払い、恩師様は初めて素顔を露わにする。
その瞬間、私は息を呑んだ。
だって、あまりにも……美しすぎて。
光に透けるような緑がかった銀髪、オーロラを彷彿とさせる虹色の瞳、見たもの全てを魅了するような端整な顔立ち。
そして、極めつけは────羽根のような形をした長い耳だ。
ただ、長くて先の尖ったエルフの耳とは似ても似つかない。
「綺麗……」
思わず感嘆の息を漏らす私は、見入ってしまう。
が、恩師様がまた直ぐにフードを被ってしまったので、じっくり拝めなかった。
認識阻害の魔法もしっかり掛け直す彼女を前に、私は『嗚呼……』と項垂れる。
「どうして、隠すんですか?すっごく綺麗なのに」
「だからだ、愚か者。無駄に周りから注目されるだろ。それにハイエルフだと知られれば、頭のイカれた研究者や収集家に目をつけられるかもしれない。まあ、たとえそうなっても排除するだけだが、トラブルを回避するに越したことはないだろう」
『いちいち相手するのも面倒なんだ』とボヤき、恩師様は大きく息を吐く。
多分、過去にそういう経験があったんだと思う。
「でも、だからって……弟子の私にまで隠す必要はないじゃないですか」
プクッと頬を膨らませて文句を言うと、恩師様はやれやれと頭を振る。
「そのうち巣立つ奴に言って、どうする」
「ですから、私はずっと恩師様の傍に……」
「リズベット、貴様はもっと世界を知るべきだ。そして、私じゃない誰かと家族になれ」
「なっ……!」
あくまで他人であることを強要してくる恩師様に、私は言葉を失った。
単純にショックということもあるが、それ以上に謎で……。
恩師様は何故、ここまで家族になることを拒むのだろう?
もしかして、ハイエルフだから?自分は誰とも分かり合えないと思って?
でも、恩師様って基本細かいことは気にしないよね?
繊細よりも豪胆という言葉が似合う恩師様の性格を思い浮かべ、私は再び悶々とする。
『結局、恩師様にとって家族とはどういう存在感なんだろう?』と自問し、眉尻を下げた。
それを理解する日は、永遠に来ない気がして。
寂寥感とも疎外感とも言える痛みが胸を締め付ける中、恩師様はさっさと家の中に入る。
『この話は終わりだ』と態度で示す彼女を前に、私はそっと目を伏せた。
「恩師様、私は貴方がなんと言おうと一生お傍に居ますからね」
────というセリフを最後に、私は現実へ引き戻された。
チンチクリンの淹れた紅茶を眺めながら嘆息し、額に手を当てる。
『本当に私、何も知らないな』と自虐しながら。
ハイエルフということを知ったのも、あくまでたまたま。
恩師様自ら明かした訳じゃない。
あの方とはもう二百年の付き合いになるのに。
『なんだか、情けないなぁ……』と考えていると、チンチクリンが向かい側の席へ腰を下ろした。
「────俺はそれでも、リズベット様のことを羨ましく思いますよ」
迷いのない口調でそう言い、チンチクリンは真っ直ぐにこちらを見据える。
「確かにイザベラ様の出自や年齢は、知らないかもしれない……でも────あの方との思い出はたくさんあるでしょう?」
「!!」
「これは持論ですが、相手を知る上で経歴の把握はそこまで重要じゃありません。出自や年齢はあくまで、イザベラ様を形作る一つの要素に過ぎませんから。それを上回るほどの情報を、リズベット様は既にお持ちです。共に過ごした長い年月を通して」
チンチクリンはふわりと柔らかい笑みを零し、黄金の瞳に穏やかな光を宿した。
「イザベラ様の好物、趣味、ちょっとした癖。これらは経歴からじゃ、得られない……共に過ごさないと、分からないことです」
諭すような口調でありながらどこか力強く、チンチクリンは私の間違いを指摘する。
『もっと、ちゃんと自信を持ってほしい』とでも言うように。
「断言します。リズベット様は────イザベラ様の一番の理解者です。少なくとも、俺はそう思います」
グッと手を握り締め、チンチクリンはそう言い切った。
私のことなんて、ほとんど知らないくせに……。
『どこをどう見て判断したのよ』と思うものの、直ぐに謎は解ける。
だって、彼の目は常に真っ直ぐ恩師様を見ているから。
恐らく、恩師様の態度や発言を見て先程のように解釈したのだろう。
つまり、私より察しがいいってこと?それはそれでムカつくわね。
『チンチクリンの分際で……』と憤り、私は歯を食いしばる。
先程までの自己嫌悪はどこへやら……闘志に燃えていた。
これでもかというほど眉間に皺を寄せる私の前で、チンチクリンは小首を傾げる。
『何で怒って……?』と困惑し、パチパチと瞬きを繰り返した。
────と、ここで銀髪の少女が姿を現す。
「ジーク、少し城を空けるから留守を……ん?おい、リズベット。またジークに言い掛かりをつけに来たのか?」
執務机の前で仁王立ちする恩師様は、『全く、何度言えば……』と溜め息を零した。
と同時に、チンチクリンが慌てて席を立つ。
「いえ、今回はただお話ししていただけで……暴言などは吐かれていません」
『ちょっとお茶していただけです』と弁解し、チンチクリンは胸の前で手を振った。
すると、恩師様は少しばかり目を剥く。
まさか、仲良くお茶をするような関係になっているとは思わなかったらしい。
「……まあ、それならいいが」
怪訝そうな表情を浮かべながらも引き下がり、恩師様は手で髪を払った。
かと思えば、両腕を組んでふわりと宙に浮く。
「じゃあ、私は少し出掛けてくるから留守を頼むぞ、ジーク」
『北部の様子を見てくる』と告げた恩師様に、チンチクリンはコクリと頷く。
「はい。行ってらっしゃいませ」
「ああ、行ってくる。いい子で待っていろ」
ポンポンとチンチクリンの頭を撫で、恩師様は軽くターンした。
と同時に、姿を消す。
多分、目的地まで転移したんだと思う。
元々恩師様の居た場所を見つめ、私は
「あぁ、そっか……だから、恩師様は……」
と、呟いた。
なんてことない日常のやり取りを見て、ようやく理解したから。
何故、チンチクリンが……ジーク・ザラーム・アルバートが伴侶として選ばれたのか、を。
彼は────恩師様の居場所なんだ。帰る家、とも言う。
黒髪金眼の少年をじっと見つめ、私は膝から崩れ落ちるような衝撃を受けた。
と同時に、自分がどれほど浅はかだったのか……独りよがりだったのか、痛感する。
これまで、私は恩師様に“自分の居場所であること”を強要してばかりだった。
自分がソレになろうとは、しなかったのだ。
だから、家族として選ばれなかった……認められなかった。
相手に甘え切っていた事実を悟り、私は大きく深呼吸した。
そうしないと、泣いてしまいそうで……。
『私って、凄くワガママなんだなぁ』と再度自覚しながら、手で顔を覆い隠す。
私には家族になることを申し込む権利も、チンチクリンに文句を言える資格もなかった……それがただただ悔しいし、恥ずかしい。
でも────これでやっと気持ちに……執着に踏ん切りをつけられる。
「自立……真剣に考えないとな」
自分にしか聞こえないほど小さな声で呟き、『恩師様にこれ以上甘えてはいけない』と心に決める。
と同時に、自室として宛てがわれた部屋へ転移した。
涙で歪む視界を前に、私はベッドへ寝転ぶ。
「自立の第一歩として、まずは与えられた仕事を完璧にこなそう」
ベッド脇のタンスに置かれた学校の資料を眺め、私はキュッと唇に力を入れた。




