ソラリス神殿の末路
「さて、話は聞いていた通りだ。これ以上痛い思いをしたくなかったから、大人しくしているように」
『自分で言うのもなんだが、私は結構容赦ないぞ』と警告し、少しばかり身を屈める。
そして、人差し指を教皇の胸元に押し当てると、ゆっくり動かした。
まるで、文字を書くかのように。
「ぁ……ぐっ……は……」
痛みのあまり上手く息を吸えないようで、教皇は悲鳴すらまともに上げられない。
ただただ、涙目で『やめてくれ!』と訴えかけてくるだけ。
そんなに痛いか?やっていることは、タトゥーを入れる作業とあまり変わらない筈なんだが。
皮膚を切ったり刺したりして文字や模様を入れる私は、『結構傷口が深いからか?』と頭を捻る。
────と、ここで若い神官が顔を上げた。
「誰かぁぁぁあああ!!!助けてくれぇぇぇえええ!!!」
教皇の苦しみようを見て恐れを成したのか、若い神官はなりふり構わず叫んだ。
が、音を遮断する結界が張られているため意味なし。
『無駄な悪足掻きだったな』と嘲笑い、私は最後の一文字まで刻み込む。
と同時に、魔法陣を発動させた。
本来これは両者の合意を得られなければ、成立しない魔法なんだが……幸い、教皇に逆らう意思はなさそうだ。
これなら、問題なく主従契約は結ばれるだろう。
『あの程度の痛みで降参とは、情けないな』と頭を振り、私はパチンッと指を鳴らす。
それを合図に、教皇の胸元から鎖が伸びてきて……私の手に繋がった。
所謂、手綱である。
これがある限り、教皇はずっと私の言いなりだ。
「まずは一人目……」
そう言うが早いか、私は残り二名の契約も済ませた。
まあ、小太りの男の方は少し手間取ったが。
なんせ、寝ているからな。しかも、幸せな夢を見ているため精神が安定しており、反発してきた。
なので、最終的に殴り起こして契約した。
『これで三人とも、私の下僕だな』と目を細め、執務机に腰掛ける。
「立て」
怪我など気にせず、私は『いつまで寝ているつもりだ?』と圧を掛けた。
すると、三人は痛みに呻きながら何とか立ち上がる。
ダラダラと汗や涙を流す彼らの前で、私は
「三回まわってワン」
と、命令を追加した。
鬼畜と言っても過言ではない所業だが、こいつらには皇城の一室を爆破されているため気にならない。
あのとき幸い、人的被害は出なかったものの……一歩間違えれば、大惨事になっていた。
『よって、こいつらに掛ける情けはない』と考える中、教皇達はヨロヨロと三回まわる。
そして、
「「「わ、ワン……」」」
と、不服そうに鳴いた。
『一生の恥だ』とでも言うように赤面する彼らの前で、私は手に持った三つの鎖を引っ張る。
その途端、三人はバランスを崩して床に倒れた。
呆然とした様子でこちらを見上げる彼らの姿に、私はゆるりと口角を上げる。
「くくくっ……!いい眺めだな」
『立たせておいてなんだが、貴様らには床が似合う』とほくそ笑み、プラプラと足を揺らす。
心底愉快そうに振る舞う私を前に、三人はプルプルと震えた。
が、体は私を主人と定めているため抵抗出来ない。
殴り掛かることはもちろん、暴言を吐くことも……。
「哀れだな?ソラリス神殿のトップ共」
「「「っ……」」」
ギシッと奥歯を噛み締めて俯く三人は、怒りに身を震わせた。
苦虫を噛み潰したような顔で床を睨みつける彼らに、私は失笑を漏らす。
『負け犬に相応しい醜態だな』と思いながら。
「さて、茶番はここら辺にして────本題へ入るか」
『貴様らにこれ以上、時間を割くのも馬鹿らしいし』と零し、私は一歩前へ出た。
「まず、主従契約のことは口外禁止だ。あぁ、先に言っておくが、魔法陣を他人に見せて訴えても無駄だぞ?認識阻害も組み込まれたタイプのやつだからな」
『他の奴らの目には見えない』と説明し、私は銀髪を手で払う。
「あと当然だが、アルバート帝国には今後一切手を出さないこと。他国については、まあ好きにしろ。問題があれば、その都度言う」
周辺諸国で問題を起こされるのは面倒だが、いきなり『あれもダメこれもダメ』と制限するのは良くない。
犬は環境の変化に弱いらしいからな。少しずつ調教していくことしよう。
『まあ、面倒になったら速攻で匙を投げるが』と思いつつ、私はじっと彼らの目を見つめる。
「それで、確認だが────アルバート帝国の乗っ取りを提案したのは、誰だ?」
発案者の存在を尋ねる私に、教皇達はビクッと肩を震わせた。
かと思えば、唇に力を入れて沈黙する────筈が、主従契約の効果で
「「「────アンヘル帝国の皇帝陛下です」」」
と、口走ってしまった。
全員慌てて口元を押さえるものの、時すでに遅し。
私もジークもアランも、バッチリ聞いてしまった。
「アンヘル帝国と言えば、ここ南大陸で一番大きい国だよな?」
書斎で見掛けた地図を思い出しながら、私は顎に手を当てる。
『あの馬鹿デカい国が絡んでいるのか』と思案する中、ジークは表情を硬くした。
「ええ、アンヘル帝国は国土・流通・人口……どれを取っても、一番の国です。そこに睨まれたらもうこの大陸ではやっていけない、と言われているほどに……」
『まさか、我が国を狙ってくるなんて……』と零し、ジークは額に手を当てる。
アンヘル帝国と事を構えた場合の損害でも考えているのか、顔色はとても悪かった。
『せっかく、軌道に乗ってきたところなのに……』と狼狽える彼を前に、アランがパチパチと瞬きを繰り返す。
「確かにそんな大国を敵に回すのは恐ろしいですけど、イザベラ様が居れば何とかなるのでは?少なくとも、武力で負けることはないと思いますよ」
『ウチの王様、最強なんだから』と茶化すように言い、アランはヘラリと笑う。
その瞬間、小太りの男が堪らず吹き出した。
おかしくてしょうがない、とでも言うように。
「な〜に笑ってんだよ、負け犬の分際で」
ガンッと相手の足を踏みつけ、アランは『あんま調子に乗んなよ』と脅す。
が、あちらは半泣き半笑いで彼を見据えていた。
「アンヘル帝国の本当の恐ろしさを、お前達は知らない。だから、そんな世迷言が吐けるんだ」
「はっ?」
怪訝そうに眉を顰め、アランは『本当の恐ろしさ?』と頭を捻る。
いまいち要領を得ない説明に悶々とする彼の前で、私はスッと目を細めた。
────どこか焦ったような表情を浮かべる教皇と若い神官を見て。
多分、これは何かあるな。ただの妄言では、なさそうだ。
「その話、もっと詳しく聞かせろ」
クイクイッと人差し指を動かし、私は『情報を寄越せ』と示す。
すると、主従契約の効果で小太りの男の口は軽くなり────
「アンヘル帝国には、常に優秀な技術者や腕の立つ実力者が居ます。これまでの歴史の中で、そういう者達が途絶えたことは一度もありません。だからこそ、アンヘル帝国は急激に成長出来たのです」
────アンヘル帝国の本当の恐ろしさ、とやらを教えてくれた。
『嗚呼……』と項垂れる他二名を前に、小太りの男はハッとする。
が、もう後の祭りだ。
「優秀な者が常に居る、か。アンヘル帝国は次世代の育成に余念がないのか……あるいは、若き天才を目敏く見つけてきているのか。どちらにせよ、違和感はあるが」
どこか腑に落ちないアンヘル帝国の歴史を思い浮かべ、私は教皇と若い神官にチラリと目を向ける。
「何故、アンヘル帝国は優秀な人材をキープ出来ているんだ?憶測でもいいから、答えてみろ」




